日本のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加は軍拡を猛スピードで進める中国への牽制にもなるに違いない。もともとTPPには全く軍事的負担も義務もない。しかし経済的関係が重層的に固まることは、日米軍事同盟を強固にすることに繋がる。
これまで日本は「東アジア共同体」構想という妄想に悩まされ続けてきた。2002年に小泉純一郎首相(当時)が東南アジア歴訪で提唱、翌年のASEAN特別首脳会議の「東京宣言」に構想を盛り込んだ。ASEAN(10ヵ国)に日中韓を加えた13ヵ国に絞りたい中国に対して、安倍晋三氏らの中国警戒論が高まった。13ヵ国に加えてインド、オーストラリア、ニュージーランドを加えた16ヵ国にする案が急浮上し、安倍氏は総理時代にインドに飛んで日印関係の強化を図った。
この思惑に対してシンガポールの重鎮リー・クアンユー氏(初代首相)らは「日印でも軍事的に中国には対抗できない」と評した。
16ヵ国では力不足との認識が日本政界の底流にもあったが、ここにアメリカを加えようというのは露骨すぎて、13ヵ所論者を刺激しすぎる懸念もあった。
ここに降って涌いたようなTPP構想である。当初、中国との共存共栄の思惑だったオバマ大統領は中国がインド洋への進出、空母の建造と本気で軍拡を推進する様を見て、日本に急接近してきた。太平洋を巡ってアメリカと中国が日本を味方に入れようと綱引き状態になったわけだが、日本が東アジア共同体構想を捨てる絶好の口実となった。
ASEANのうちでもベトナム、マレーシアは中国との間で南沙、西沙諸島問題を抱える。日本も尖閣諸島を脅かす中国を跳ね返すのにアメリカの後ろ盾は不可欠だ。
アメリカは最近、オーストラリアに海兵隊の一部を駐留させることを決めたが、中国膨張とそれを“封じ込め”る思惑はここ10数年来、国際政治に共通した潜在認識となっていた。ところが民主党の鳩山由紀夫首相、小沢一郎幹事長コンビが、いきなり反米親中路線に歩み出した。国民の信頼が一気に失墜したのは当然だった。
野田政権に至って、再び国際的潮流を捉えてTPP参加を表明したのは賢明だった。ハワイでのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議を機会にカナダ、メキシコも参加意志をオバマ大統領に伝えたという。
政治的側面だけを捉えれば、中国かアメリカかという選択肢はあるが、自由貿易という側面から見れば中国という選択はあり得ない。TPPで協議対象になっているのは21項目と云われているが、知的財産の保護は主要項目である。新幹線も中国の独自技術でアメリカで特許を申請するというような国と知的財産保護のルール作りなどは到底できない。中国は自国の“政策”と称してレアアースを禁輸したが、これについてもWTO(世界貿易機関)が明確にルール違反だと指摘している。
TPP参加反対論者は提唱したのがアメリカで参加国はシンガポール、マレーシア、ブルネイ、ベトナムなど弱小国ばかり。アメリカの国益のみを追求するシステムと罵倒していたが、ハワイ会議を契機に日本、カナダ、メキシコの大国が加わる。カナダ、メキシコはアメリカとNAFTA(北米自由貿易協定)を結んでいる国で、TPPがNAFTAを包含する形となった。こうした環太平洋を網羅した貿易網を最大限利用して日本は経済成長を図らなければ将来はないと知るべきだ。
(11月16日付静岡新聞『論壇』より転載)
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