安倍首相が2月の訪米を控えて頭を悩ませているのがTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉に参加するかどうかを決断しなければならないことだろう。
オバマ米大統領はもともと日本に関心が薄いと言われたが、新任の国務長官も国防長官も日本に“初対面”のような人だと言われる。日本はこれまで貿易交渉の困難にぶつかると「国内の政治状況が許さない」「反米の政権ができると困るでしょ」といった言い訳で切り抜けてきたが、それが可能だったのも相手が知日派であったればこそである。
米国は壮大な対中戦略を描いているが、日本の重要性を軍事力と経済力に置いている。米国が当てにしている経済力は日本がTPPに参加することだ。日本は当初、経済連携地域を日中韓の3ヵ国プラス・ASEAN 10ヵ国で構想していたが、6年前の安倍政権の時、この13ヵ国では中国のいう「東亜共同体」になると懸念した。そこで安倍氏はこれにインド、豪州、ニュージーランドの3ヵ国を加えて16ヵ国体制に拡大した。しかしマレーシアの重鎮マハティール元首相は、日印と中国ではバランスが取れないと断じた。かといって中国を外すわけにはいかない。そこに降って湧いてきたのがTPP構想である。
当初、米国以外はシンガポール、チリなど小国ばかりだったから米国にとって日本の参加は大きな意味を持つ。@中国を除外して貿易交渉を行うことでより公正なルールが出来上がる A加えて日米同盟の強化に繋がる―などだ。
安倍首相が2月訪米の時、交渉参加を表明できれば、11月の締結までに交渉の余地はできる。日本は「例外なき関税化では参加できない」といってきたのだから、交渉に参加して日本主張を展開すればいい。
しかし7月21日と目される参院選の泣き所は1区で1人しか選ばない区が31あることだ。6年前安倍氏は29の一人区で6勝23敗と惨敗し、これが政権転落のきっかけになった。しかもこの31区は全て農業県である。JA全国農業協同組合中央会も、JA全国農業協同組合連合会もTPPには強く反対している。というのも国際的に通用する貿易ルールが出来上がれば、両JAとも大打撃を蒙るからだ。悪宣伝の限りを尽くせば、31の農業県で安倍氏惨敗の可能性がある。かといって7月参院選後に交渉参加の決意表明では、米国上院の承認に3ヵ月かかるから、交渉妥結の時期に間に合わない。
安倍首相に残された手段は、交渉がまとまったあとに参加するという手である。もともと貿易交渉に日本を参加させるとまとまらないというのが国際相場だ。米通商代表部大使が全権を持っているのに対して、日本は各省の利益代弁者が、ただ自由化、関税化を断るためだけにやってくる。TPPに入るとなれば農協の組織、農協の業務の慣行までも様変わりさせる必要がある。出来上がった条件に照らして、日本の特殊なシステムを矯正する方が、実は簡単なのではないか。
(平成25年1月30日付静岡新聞『論壇』より転載)
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