消費税の8%への引上げについて、安倍晋三首相と財務省の攻防は熾烈を極めた。安倍首相はつい2、3ヵ月前まで、8%への引上げを見送ってもよいと考えていた。首相の頭には引上げによって、せっかく上向いたデフレ脱却の勢いを止めてしまうのではないかということだった。もともと消費税上げの必要性は認めているから、引上げはタイミングの問題だった。GDPの伸びが予想よりよいということで、このタイミングで引上げようという腹が決まったが、景気が腰折れする懸念もある。そこで首相は3%上げのうちの2%分、金額にして5兆円分を景気浮揚に充てようと決意した。
この5兆円を法人税減税、投資減税などに使って企業に元気を出させる。日本の企業を日本に留め置くために、25%ほどの円安に持ち込んだ。
次に法人税の軽減、投資減税を加えれば企業は国内に留まる。企業が貯め込んでいる剰余金は280兆円とも云われる。企業が国内での生産を可能と踏んで、新規投資をする。加えて賃金増への減税措置も行えば、デフレは脱却する。最近の首相の経済講演を聞いていると、首相の考え方は一般人でもわかる。
首相は投資の増加、賃金の引上げに政治生命を懸けている。
これに対して財務省は消費税上げは国際公約のようなものだから、ぜひ予定通り上げて貰いたいの一点張りである。それで景気が腰折れし、元のデフレ状態に転落したら、安倍内閣は責任をとらなければならない。しかし闇雲にけしかけて失敗したら財務省は誰がどう責任をとるのか。政治家なら施政の結果について、常時国民の評価を受けなければならない。一方の官僚は政治の結果について、そもそも国民の信を問う仕組みがない。
8%から10%への消費税2段階引き上げ路線は、確かに野田佳彦前首相と自民党の谷垣禎一前総裁が合意して決めたものだが、これは財務省の勝栄二郎事務次官が二人に決めさせたということは、天下公知の事実である。日本の官僚、就中財務省は与野党の党首に言うことを聞かせることなど朝飯前の容易いことなのだ。戦前の官僚内閣制は、官僚が国会議員より優位に立っていたから、失敗したら辞めるのは大臣、つまり政治家だった。
しかし新憲法は「国権の最高機関は国会である」(41条)とあり、国会は行政府の上位に位置する。ところが官僚が下知して失敗すると政治家が責任を問われる。官僚とは政治家を動かす腹話術師のものだ。
安倍首相は自らの政治主導で難局を切り抜ける決意を披歴している。財務省の決めた2段階引上げ論は官僚の発想で決めたもので、安倍氏の決断は政治家としての決断だ。異なる情勢分析、発想で決めた路線を「すでに決めた官僚路線に乗れ」というのは暴論だ。この暴論を触れ歩いたのは麻生副総理と野田毅税制調査会長だ。
(平成25年9月25日付静岡新聞『論壇』より転載)
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