環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉は日米が激突して大筋合意にも至らなかった。それを記者団に報告する甘利明TPP担当相の脇で、農水族のボス・西川公也自民党TPP担当はご満悦の表情であった。今回の合意見送りは安倍政権の根幹を揺るがすものと認識すべきだ。今後についても安倍首相は「守るべきものは守る」と述べ、交渉継続の意志を示している。
日米で衝突した最大の項目は米が自動車を、日本が農産物(コメ・酪農品など5項目)をビタ一文負けなかったということだろう。米側は常々日本に米車が入らないのは非関税障壁のせいだと難クセをつけているが、ドイツ車は増えている。日本人がボロ車だから買わないだけの話だが、オバマ大統領には米側の言い分はゴリ押しだと自動車業界を説得する力はないだろう。
米の自動車も日本の農産物も関税額ではそれぞれ4兆5000億円程度の規模だ。日米両国とも額が吊りあっていることを口実にして、ビタ一文負けないと突っ張っているが、この考え方は正しくない。米車は売れなくても消費者は他の安い車を買う、あるいは車なしも選択できるが、主食や肉は否応なく高いものを買わざるを得ない。どう転んでも「この値段でしか生産できない」というなら我慢するしかないが、生産コストの差は著しいものがある。現実には1俵(60キロ)1万2000円だが、50ヘクタールも耕作している農家集団では5000円でもいいと言う。コメ農家の平均収入は450万円で年金、農外所得が各200万円。コメ所得は50万円に過ぎない。農政の焦点をこの50万円農家に当てて、生産性を上げるのはどだい無理である。
私が30年も前から取材を続けてきた秋田県大潟村の「あきたこまち生産者協会」を主導する涌井徹氏は、近辺の田んぼを譲り受けて経営面積を75ヘクタールまで増やし、資本金9060万円、売上高45億円(平成25年9月期)に増やした。生産、加工で130人を雇用している。涌井氏が15ヘクタールから一大生産会社に育てるまでには、農業委員会と闘い、農協と闘い、国とも県とも闘った。コメ農家がこの“涌井レベル”を追求できるように道を拓くことは不可能ではない。
安倍首相は1月のダボス会議で“岩盤規制”をドリルで砕くと宣言した。首相はまず「国家戦略特区」で、農協、農業委員会、生産法人の農地取得自由などを実現してみたい意向だ。しかし担当の新藤義孝総務相などは及び腰で「特区は今国会ではやりません」などと逃げを打っている。
「岩盤規制をドリルで砕く」と宣言した日本の首相は安倍首相だけで、30年来、日本の動向に手をやいていたWTO関係者の関心は一挙に高まっている。失敗すれば成長戦略の柱である農業改革が頓挫する。党内の集団的自衛権の見直しに反対する勢力、古手の“中国派”や各業界の族議員が双手を上げて喜ぶだろう。
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