毅然とした態度を示した安倍首相
「イスラム国」(ISIL: Islamic State in Iraq and the Levant、以後ISILと記述する)の人質になっていた2人の日本人が殺害され、その後ヨルダンのパイロットも惨殺された。多くの日本人は、ISILの野蛮な行為にショックを受けると共に、その残虐非道さを認識したと思う。ISILは、彼らが主張するようなイスラム教の集団ではなく、宗教を隠れ蓑にした殺人集団であり、全世界の敬虔なイスラム教徒は、ISILをイスラム教徒の組織と認めていない。今やISILへの対処が国際社会にとって喫緊の課題となっている。
日本人人質事案において、殺人集団ISILに対する安倍政権の姿勢は適切なものであった。我が国にとって最も大切なことは、この種の卑劣な犯罪行為に対しては、国際社会と協調して毅然たる態度を取ることである。決して身代金を支払うべきではなく、断固拒否すべきである。何故なら、一度人質に対し身代金を支払ってしまうと、日本はテロに弱い国であると思われ、世界中で日本人が人質になる事案が多発するからである。この点で安倍首相は毅然たる姿勢を貫いた。立派である。世界中が日本政府の動向を注目していたのであり、ここでISILの要求に屈してしまえば、我が国は世界の嘲笑の的になっていたであろう。絶対にISILの思い通りになってはいけない。
安倍首相は、2月1日の内閣総理大臣声明において、「日本が、テロに屈することは、決してありません。中東への食糧、医療などの人道支援を、更に拡充してまいります。テロと戦う国際社会において、日本としての責任を、毅然として、果たしてまいります。」と力強く宣言している。今後も、残虐な行為を繰り返し、多くの人々を不幸にしているISILなどのテロ殺人集団に対し、国際社会と協調した毅然たる態度を取り続けてもらいたい。
非論理的な言動を繰り返す反安倍勢力
一方、我が国には物事を論理ではなく、感情の赴くままに非論理的な主張を繰り広げる人達もいる。反安倍首相の集会でみられるプラカードが、それを如実に表現している。例えば、「人質事件は安倍の失政。安倍退陣!」、「湯川さん後藤さんの命を返せ」、「積極的戦争主義やめろ!」、「武力で平和はつくれない」、「ダメ!!有志連合追従」、「在外邦人全ての命を危険にさらした安倍首相は辞任せよ」、「日本が紛争解決などに深く関われば、日本人がテロなどの犠牲になる」、「敵を作らない外交こそが日本人を守る」などであるが、その多くは安倍首相に向けられるべきものではなく、ISILにこそ向けられるべきものである。
この種の批判がいかに国際社会において非常識であるかを理解すべきである。例えば、「在外邦人全ての命を危険にさらした安倍首相は辞任せよ」という言い方はおかしい。日本人2人を殺害したのはISILであり、安倍首相ではない。安倍首相が中東地域を訪問し、2億ドルの人道支援を公表したために2人が殺害されたのではない。安倍首相が中東を訪問する以前に2人は自己都合でシリアに入り、ISILの人質となり、家族に身代金の要求があったのである。ISILの目的はあくまでも身代金の獲得であり、身代金のためであれば国籍を問わずISILの勢力圏に入ってくる者を人質にするであろう。そして、ISILは身代金を要求し、身代金を獲得できないと判断すると例外なく人質を殺害しているのである。
また、「敵を作らない外交」などという八方美人外交は、厳しい現実の前では妄想であるし、有害ですらある。例えば、ISILは残忍な犯罪者集団であり、国際社会共通の敵なのである。共通の敵であるISILを排除しないと、さらに多くの人々が殺害され、故郷を追われ避難民とならざるを得ないであろう。ISILを打倒しようという国際社会の努力を、我が国が支持していくことが、世界の平和と安定にとって極めて重要である。別の例を挙げるとロシアである。ウクライナで軍事侵攻し多くの市民を犠牲にしているロシアに対しては、欧米諸国と協調して制裁を含めた厳しい態度を取らざるを得ない。
日本には日本の国益があり、他国に対して日本の国益上絶対に譲れない一線がある。敵を作りたくないから自らの国益を曲げてまで、相手に媚を売ることは有害である。また、「敵を作らない外交」のためにいくら努力したとしても、日本に対して反感を持つ者、あるいは反感を持つ国をゼロにするのは不可能である。全ての人に愛される人がいないのと同様に、全ての国に愛される国などはない。もしも日本が中立であろうとすればするほど、コウモリの様な存在は尊敬されないし、かえって軽蔑されるだろう。
問われるのは「どのような国を目指すのか」である
我々はユートピアの世界ではなく、リスクの多い混沌とした世界を生きている。しかし、反安倍を唱える人達の言動を観察していると、彼らはユートピアの世界に生きているのだと思わざるを得ない。世界の至る所で紛争が発生し、極めて不安定で不幸な状況が続いている現実を直視しなければいけない。この不安定な国際情勢の中で、世界第3位の経済大国日本は、いかなる国家になろうとしているのかが問われているのだ。
米国のような経済・軍事大国になりたいと思う日本人は少数派であろう。世界の平和と安定のために経済大国に相応しい貢献をする国家、世界の中で一目置かれる存在感のある国家になるべきだと思う人が多いのではないだろうか。問題はその程度である。安倍首相の積極的平和主義の中身が重要なのである。積極的平和主義に基づいて、具体的にどこまでの活動を実施する国家になるのかが問われているのだ。
自衛隊は何でも出来る万能な組織ではない。その能力には限界があるし、法的な制約があり、出来ないことも多い。例えば、シリアで拘束されている日本人を救出する作戦は、現在の自衛隊の実力では難しく、国際法などに抵触する可能性もある。有志連合の空爆に参加するにも、ハードルが高すぎて難しい。努めて現実的に積極的平和主義の中身を詰めていくべきである。今回の人質事件に触発されて、短絡的かつ感情的に議論することは避けるべきである。
国際社会のISILへの対処
現在大きな脅威になっているISILの様な、自分達の考え以外は一切否定し、殺害を繰り返す残忍な集団を認めるわけにはいかない。排除すべきである。彼らが装備する武器、部隊運用の巧みさなどを考慮すると、こちらも武力で対処せざるを得ない。その際に、米国を中心として、米国を支える同盟国、友好国などの有志連合で対処することが不可欠である。
●喫緊の課題はISILを撃破すること
ISILの様に異なる考えを一切認めない寛容さに欠けた組織は、いずれは内部分裂する運命にあると思うが、当面の現実的脅威であり、国際社会がこの脅威を務めて早く排除することが重要である。その際には、現在米国を中心として結成されている有志連合で共同対処すべきである。ISILは、人質などを利用して有志連合の結束を弱体化させようとするであろうが、団結を強固にしてISILに決定的な打撃を加えるべきである。当然ながら日本は、引き続き避難民等に対する人道支援を実施する国家として、有志連合の一員として行動すべきである。
●米国を中心とする空爆をより効果的にする
オバマ大統領は、昨年9月10日に打ち出したISIL撃破宣言において以下の5本柱を明示した。つまり、@空爆をイラクのみならずシリア領内にも拡大する、A地上でISILと戦うイラク軍、クルド部隊(ペシュメルガ)、シリア国内のISIL以外の反政府勢力への支援(武器供与・情報・訓練支援)を拡大する、BISILの攻撃を防ぐために対テロ能力を強化する、CISILのために避難を余儀なくされた人々に対する人道援助を拡大する、D以上の4つの項目のために、広範な対ISIL有志連合(coalition)を形成する。
この際、欧米諸国のみならず、中東の当事国であるサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、ヨルダン、トルコ、エジプト、カタールなどとの連携が特に重要である。米国単独ではISIL問題を解決することはできないし、空爆のみでもISILを打倒することはできない。空爆の効果をより効果的にするためには、空爆のためのリアルタイム情報を空軍に提供する必要がある。だから地上部隊の作戦との連携、つまりイラク軍やクルド部隊などの地上作戦との連携が特に重要となる。
●米国の地上部隊の派遣が不可避
オバマ大統領の「米国の地上部隊を派遣しない」という決心は、いずれ変更しなければならないであろう。地上部隊の作戦と連携しない空爆のみに頼っていては、ISILの撃破は短期間では終わらない。米国の地上部隊の派遣は徐々に不可避な状況になっている。特に空爆のための目標情報の取得、目標情報の伝達、火力の誘導、爆撃の効果の判定などに任ずる特殊部隊の派遣は不可避である。そして、空爆と地上部隊の作戦を連携させることにより、ISIL撃破のための短期集中攻撃を実施することが重要である。
●ISILの資金源を断つ
ISILの資金源は原油の密売、身代金、寄付、略奪、税金の徴収などである。今まで米国を中心として実施してきた原油関連施設に対する空爆は、効果を発揮している。この作戦は継続すべきである。更に、ISILが支配している原油関連施設の奪回作戦を実施すべきである。そのためには地上軍の作戦が必須である。クルド人のペシャメルガは士気の高い部隊であり、これに対する様々な支援(資金・武器・情報・訓練の提供など)は費用対効果の高いものとなろう。
●新たなメンバーの加入を断つ
各国特に欧米諸国において、ISILのメンバーになるために出国を希望する者の管理を徹底し、出国させないことである。もしも出国したならば、再入国を認めないなどの処置をとる必要がある。
●避難民への人道的支援の継続は重要である
ハンチントンの「文明の衝突」を正しく読もう
安倍首相のカイロでの発言「地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に総額で2億ドル程度の支援を約束する」に対し、朝日新聞は「安倍首相の不用意なメッセージによって、日本は文明の衝突に巻き込まれてしまったわけである」と批判しているが、これは間違っている。ISILはイスラム教徒ではなく、宗教を隠れ蓑にした単なる殺人集団である。ISILとの衝突を文明の衝突と言いたいのだろうが、ほとんどのイスラム諸国は安倍首相の立場を支持しており、朝日の主張する「日本が巻き込まれた文明の衝突」はないのだ。ISILは単なる殺人集団であり、この殺人集団との対決は文明の衝突ではなく、犯罪者集団への対処である。
混乱を極める世界情勢の背景は何なのか。米国の対テロ戦争、特にイラク戦争開始以降の米国の不適切な対応にある。当時のジョージ・W・ブッシュ大統領の、傲慢さと独善に対するイスラム教徒を始めとした世界の怒りが背景にある。ブッシュ大統領は、イラク戦争を強行することによりパンドラの箱を開けてしまったのである。その箱からは、米国でさえ制御不可能な様々な厄介なものが出てきた。まず主要国(ドイツ、フランス、カナダなど)の信頼を失ってしまった。ブッシュ大統領は9・11以降、世界の指導者達に対して「あなたが我々の味方でないなら、あなたは私の敵である」と発言し、その傲慢で独善的な姿勢はひんしゅくを買うことになり、同盟国であるドイツ、フランス、カナダさえも明確にイラク進攻に反対した。
次いで、イスラム世界との決定的対立である。ブッシュ大統領がイラク戦争を十字軍の戦いであると言えば言うほど、全世界のイスラム教徒を激怒させ、イスラム社会との全面衝突を引き起こしてしまった。彼は、傲慢にも「イスラム教徒にキリスト教を源流とする自由と民主主義を教えてやる」という態度をとったのである。民主主義や自由の押しつけは、安定化をもたらすどころか、各国で社会内部の緊張を激化させた。
歴史にIF(イフ)はないといわれるが、もしもブッシュ大統領がサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」(1993年)を読み、その内容を深く理解していれば、世界はこれほどまでに混沌とした状況になっていなかったのではないだろうか。
冷戦終結直後、多くの学者等が冷戦終結後の世界は「グローバルな国際社会の一体化が進む」、「冷戦後の世界は、平和と協調の時代となり、軍事力や国家がその存在価値を失う時代となる」と論じていたが、ハンチントンは、「冷戦終結後の世界は、むしろ数多くの文明の単位に分裂してゆき、それらが相互に対立・衝突する流れが、新しい世界秩序の基調となる」と主張したのである。そして、今やハンチントンの主張の妥当性を多くの人達が認めるに至ったのである。
ハンチントンが最も言いたかったことは、「文明の衝突は世界平和の最大の脅威であり、文明に依拠した国際秩序こそが世界戦争を防ぐ最も確実な安全装置だ」ということである。以下に、その他の注目点4つを列挙する。
@歴史上初めて国際政治が多極化し、かつ多文明化している。近代化によって何か意味のある普遍的な文明が生み出されるわけではないし、非西欧社会が西欧化するわけではない。
Aアメリカ人は、世界が米国一極体制であるかのように行動し発言すべきではない。世界の重要な問題に対処するためには、米国はいくつかの大国の協力を必要とする。米国の指導者は慈悲深い覇権国という幻想を捨て、自国の利益や価値観が他の国々のそれと自ずから一致するという考えを捨てなければならない。
B西欧文明の指導者は、他の文明を西欧文明に染め上げようとしてはいけない。西欧文明の他の文明への干渉が最も危険な不安定の要因となり、グローバルな紛争の要因となる。
C西欧は普遍主義的な主張のため、しだいに他の文明と衝突するようになり、特にイスラム諸国や中国との衝突は極めて深刻である。
以上のようなハンチントンの主張を、完全に無視して行動したのがブッシュ大統領であった。その一国行動主義の典型例がイラク戦争である。
他の文明に対する寛容が今こそ重要である
世界の紛争の原因を追究していくと、二元論的な見方がその根源にあると私には思えてならない。我と彼、敵と味方、キリスト教とイスラム教、イスラム教の中でもスンニー派とシーア派など、二元論的な見方が充満している。二元論は、しばしば人を不寛容にし、無慈悲にし、不幸にする。ISILはその典型な例である。この観点からすると、テロリストに攻撃された仏風刺週刊紙シャルリーエブドも反省すべきである。特にテロ攻撃を受けた後も、イスラム教預言者ムハンマドの風刺画を掲載し、世界各地のイスラム教徒を激怒させたことは極めて遺憾である。この種の挑発行為は絶対に避けるべきである。
我々には自分と違うものに対し、他者への理解、他者を認める寛容さ・度量が求められる。特に、世界各国の指導者にはそれが必須である。視野の狭い独善的なナショナリズムや排外主義は紛争の原因であり、避けるべきである。違いを認め合いながら協調すること、共生することが大切である。特にフランス、ドイツ、イタリアなどの欧州諸国において吹き荒れる反イスラム運動は、憂慮すべき現象である。せめてもの救いは、反イスラム運動に反対し、「人種宗教などの違いに寛容であるべきだ」と主張する人々が各国に存在することである。
自衛隊のイラクでの活動は、多方面から高く評価された。その評価の大きな要因は、ハンチントンの「文明の衝突」の趣旨を結果的に実践したこと(ハンチントンの文明の衝突を知っていたかどうかは別にして)にある。イラクにおいて「郷に入っては郷に従え」を合言葉に、イラク人の民族・宗教・文化・風俗・習慣を尊重し、自らの価値観を押し付けなかった。
2004年1月16日付の現地サマーワ新聞は、「日本国陸上自衛隊が県内に到着して数週間の内に、サマーワの人々は彼らが古きニッポンの子孫として、愛情と倫理にあふれた人々であることを見出した。彼らは偉大なる文明を保持するとともに他の国を尊重し、他国民の家庭や職業に敬意を払う立派な伝統を持っていたのだ」と伝えている。
この自衛隊の他の文明に対する態度は、イラクにおける活動のみならず、海外における活動ではいつも重視されるべき態度である。
結言
最後に、ここまでの議論をまとめる。ISILの様な宗教を隠れ蓑にした殺人テロ集団には断固たる対応が不可欠で、その撃破を追求すべきである。我が国は、国際社会の対ISIL有志連合の一員として、テロに対する毅然たる態度を取り続けると共に、避難民等に対する人道支援は継続するべきであるが、いま我が国に問われているのは「どのような国家になりたいのか」という国家像に対する問いかけである。積極的平和主義に基づいて具体的に何をするのかは、その国家像から導き出される。
そして世界中で混沌とした状況が継続しているが、このような時こそ、異なる人種・宗教・風俗・習慣・価値観などの違いに対する寛容さが求められている。違いを認めない非寛容的な態度は、混沌とした状況を更に悪化させるだけであることを認識してもらいたいと思うのである。
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