平成27年11月17日

パリ同時テロ
世界と日本はどう対応するのか

一般社団法人日本戦略研究フォーラム会長  平林 博

 11月13日夜、パリ市内及び北郊外で起きた連続テロ事件は、世界を震撼させた。
 死者129人、負傷者99人(11月16日現在)という犠牲者の多さもさることながら、ISとされる実行犯7人が3部隊に分かれて8件の襲撃を行ったその規模と「手際の良さ」は、国際テロ事件に慣れてしまった我々の感性への大きな一撃であった。パリの官庁や公共施設など警備が厳重なところを避け、一般庶民の出入りするサッカー場、カフェやレストラン、劇場など、あえてソフトターゲットに絞った卑劣な行為であった。

1.フランス国内の動き
 フランスにおいては、1月にパリで起こった風刺週刊誌シャルリー・エブド(エブドはエブドマデールの略で週刊誌の意)襲撃以来の衝撃である。
 直ちにオランド大統領はISとの「戦争」を宣言し、憲法に基づく非常事態を宣言した。観光立国の看板もかなぐり捨て、かなりの観光施設や公共機関が閉鎖された。大統領は、非常事態を3か月まで延期できるよう、議会に対し法改正も提案した。フランスは、かねてよりイラク次いでシリアのIS基地の空爆を散発的におこなっていたが、このテロ事件後、その規模を一挙に拡大した。フランスの誇るラファール多用途戦闘機12機が、ISの中心地ラッカにある指令施設や訓練施設を破壊した。米国がこれらの行動に呼応し、空爆を強化しつつある。
 フランス国内においては、168か所の一斉捜査が行われ、23人を逮捕、ロケット砲などの武器を押収した。フランスは、情報機関、警察組織が発達しており、イスラム教徒指導者との連携やヒューミントの利用などにより、過激派を含めたイスラム教徒の動向は比較的よく把握している。今回は、その目をまんまとかいくぐられた。事後になってしまったが、関係者の逮捕や摘発は、かねて目をつけていたアジトや人間などで、完璧な対応とはいえないまでも迅速であった。フランスは、予防検挙や盗聴、ヒューミントの利用など、日本よりはるかに進んだ「警察国家」なのだ。

2.欧州への影響
 同時に、フランスの近隣国を中心に大規模なテロ対策が導入されつつある。シリア他からの難民や不法移民で悩まされている欧州全体が、この事件を自分の問題として深刻に考えている。けだし、犯人の一部はシリアからギリシャに上陸した難民を装っていたことが、襲撃現場で自爆した犯人のそばにあったパスポートから判明したからだ。
 特に問題なのは、ベルギーである。EUの中心地、国際都市ブラッセルには、欧州内外から多くの外国人が居住する。特にブラッセル西部に位置するモレンベーグ地区は人口9万人中イスラム教徒が80%を占め、テロリストが潜伏しやすい場所として知られる。過激なイスラムの欧州におけるゆりかごW、イラクやシリアと欧州を結ぶISの有力な接触点でもある。今回の犯人の過半数はフランス国籍をもついわゆるホームグロウン・テロリストであるが、犯人の一部はモレンベーグ出身といわれる。
 蛇足になるが、筆者が1980年代の前半に在ベルギー大使館公使として在勤した頃には、すでにこの地域はブラッセルの中でも特にイスラム教徒が多く、公用語であるフランス語もフラマン語もわからない児童や父兄が多すぎるとの理由で、公立学校が閉鎖されたことを記憶している。

3.国際社会の反応
 時あたかも15日と16日にトルコで開催されたG20首脳会議には、オバマ大統領、プーチン大統領、習近平国家主席など5大陸の主要国首脳が参集したが、G20の首脳は一致してISのテロと戦う意思を宣明し、各種の対策を盛り込んだ「G20対テロ声明」を発出した。全加盟国が危機感を共有した結果である。ISとの戦いの先頭に立つ米国、国内でクルド人やISのテロ行為にさらされる主催国トルコはもとより、シナイ半島で墜落したロシア機で多くの死者を出したロシア、ウイグル族弾圧の対価として過激派による国内テロに脅かされる中国など、他人ごとではないのである。
 今後は、G20のみならず、国際社会が一致して、「テロ声明」にあるような具体的な措置の導入と国際協力を促進する必要がある。G20声明においては、テロ資金供与に対する処罰や金融制裁の強化、直接間接のテロの奨励・扇動の禁止、情報共有・国境管理・航空安全の協力強化などが合意されたが、具体的な協力が急がれる。

4.我が国への影響
 キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の3宗教は、同じ中東の砂漠地帯で生まれた厳しい戒律の一神教であり、正統性を巡って歴史上幾多の対立を経てきた。イスラム教徒の間には、十字軍以来癒しがたいヨーロッパ人への感情的しこりがある。日本は、神道、仏教ともに多神教であり、宗教的寛容度が高い。イスラム教に対しても、多少の違和感を持つ者はいても敵視する日本人は少ないであろう。日本は中東地域で「悪いこと」をしたことは全くなく、むしろ経済援助、難民支援そして及ばずながら中東和平への日本なりの努力を行ってきた。中東において、さらにはアフリカ、アジアのイスラム社会において、日本は極めて高く評価されている。
 しかし、イスラムの異端者ISは、日本をそのようには見ない。昨年から本年にかけてのISによる日本人人質2名の殺害以来、ISは日本や日本人も攻撃の対象と宣言している。世界の主要国としてG8やG20に名を連ねる我が国として、その団結や連帯を乱すことはできない。また、ISの考えや行動は、我が国が守る基本的価値観に正面からチャレンジし、我が国が大切にする国際の平和と安全を乱すものである。

 我が国は、来年には伊勢志摩でのG7首脳会議はじめ、日本各地においてG7関係の多くの閣僚会議を主催することになっている。2019年にはラグビーのワールド・カップ、2020年にはオリンピック・パラリンピックを主催する。インバウンド観光客の急増など、外国人の日本訪問や滞在も急増中だ。我が国は今後、ISをはじめ国際テロリストにとっては、格好のターゲットになる。
 我が国の警察も自衛隊も、質的には世界に引けを取らない。問題は、その人員や装備が十分でないことだ。また、フランスのように、一定の制約のもとで盗聴やヒューミントの活動を合法化する必要があるが、国民世論には抵抗があろう。
 何よりも、日本国民が平和と繁栄の中で安逸に流れて危機感を持たず、抑止力の向上やその行使につき、とかく消極的批判的であることがネックとなる。安保法制における反対は結局実らなかったが、お決まりの左翼勢力やいわゆるリベラル勢力(政党、マスコミ、文化人・有識者)のみならず、学生や主婦にも広がった。彼らは、十分な知識や国際情勢についての認識もないままに参加した面が大きい。彼らといえども、「世界の敵」ISについては多少なりとも正しい認識を持っていると期待するが、警察さらには自衛隊の出動が必要になる場合には、相変わらず「平和ボケ」的な反応が表面化することを覚悟しなければならない。
 安全安心な社会(他国と比べての相対化であるが)に生活する日本人は、世界中にはびこる犯罪者の「よきカモ」であるが、そのような心構えで海外に出向く場合には、今後、国際テロリストの直接の餌食になったり、無警戒に危険地域に踏み込んで流れ弾に当たったりする可能性もあることを覚悟すべきであろう。安全安心も水も、ただではないのである。
 筆者が何度も指摘していることであるが、要するに、日本人は、世界は危険(と悪意に)あふれたところだと認識し、自ら身を守る覚悟と心身の準備を怠るべきではないのである。そして国家が日本国民の身体や財産の保護に万全を期そうとする場合、いわれのない障害になってはならないのである。

 今回のパリのテロ事件を機に団結・連帯を強め、「ラ・マルセイエーズ」を合唱し、ISへの空爆などテロとの戦いにあえて異を唱えないフランス人。その在り方は、日本人も学ぶ必要があるのではないか。ちなみに、「ラ・マルセイエーズ」は、フランス革命軍が欧州諸国軍と戦うにあたり彼らを鼓舞する軍歌として生まれたので、ISへの戦いを決意したフランス人が歌うにふさわしい。これに加わって歌う日本人は、その意味をどこまで理解しているだろうか。

 日本政府としては、国内においては警備に万全を期し、十分な体制を組むべきことは当然である。しかし、国際場裏におけるテロとの戦いにおいては、国際的連帯は必要であるが、日本の態勢や国民のヤワな心理を十分に勘案しなければならない。改定された安保法制の許す範囲と能力の及ぶ限界をわきまえ、「イケイケドンドン」で強靭な国家・国民に追従してテロ対策行動を国際的に拡大することには慎重であるべきだろう。
(了)
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