「斬首作戦」に慌てる北の独裁者、核発射の危険性も
−次々処刑される側近は効果の証だが、実行のチャンスは一度きり−

政策提言委員・元航空支援集団司令官  織田 邦男

orita 朝鮮の核実験、事実上の長距離弾道弾ミサイル発射を受け、国連安全保障理事会は、3月3日、対北制裁決議案を全会一致で採択した。翌日、金正恩第一書記は「新型大口径放射砲」の試験発射を現地指導し、激しくこれに反発した。

 3月7日、米韓将兵約32万人が参加する米韓合同軍事演習が韓国で始まった。北朝鮮は6日の外務省報道官談話に続き、7日には国防委員会が演習を厳しく非難している。

 「朴槿恵がアメリカのやつらと相槌を打って、無謀な武力増強劇を繰り広げ、『先制攻撃』まで云々しているが、これは誰が見ても馬鹿げていて愚かなことだ」「朴槿恵の狂気は、最終的に自滅の道を促すことになるだけだ」

 北朝鮮の激しい非難は今にはじまったことではない。だが今回の特徴は、「核弾頭」「斬首作戦」に言及したことだ。

 「国の防衛のため、実戦配備した核弾頭をいつでも打ち上げられるよう、常に準備しなければならない」「今、敵がわれわれの尊厳と自主権、生存権を傷つけようと発狂し、いわゆる『斬首作戦』と『体制崩壊』のような最後の賭けに出ていることからして、情勢はもはや傍観できない険悪な状況に至った」

 日本では「斬首作戦」は未だ人口に膾炙した言葉ではない。別に刀で首を切ることではなく、独裁者やテロ指導者を直接攻撃し、排除する作戦をいう。“Decapitation Attack”の英訳であり、日本では「断頭作戦」と訳す場合もある。この作戦は2003年のイラク戦争、2011年のリビア内戦、あるいはシリア、イラクでのIS(イスラム国)空爆などで、米軍が既に実施している。

 クラウゼウィッツを出すまでもなく、戦争とは意思を敵に強要するための暴力行為である。あくまで暴力行為は手段であり、目的は意思の強要である。意思の強要さえできれば、暴力行為は必ずしも必要ではない。外交が血を流さない戦争と言われる所以である。

 戦争の勝敗は、どちらか一方が相手の意思に屈服した瞬間に決まる。屈服するかどうかを決定できる者、つまり国家意思決定者が相手の意思を受け入れることを決した時、戦争は終わる。

 独裁国家の場合、戦争の開始も終結も、独裁者の一存で決まる。であれば独裁者の意思さえ挫くことができれば、独裁国家との戦争は勝利できる。端的に言えば、独裁者の「首」さえ取れば、余計な暴力行為を採らずとも、無用な流血をさけて勝利できる。これが「Decapitation(断頭、斬首)」作戦である。

 北朝鮮の激しい反発の背景には、今回の米韓合同演習に「斬首作戦」が入っており、攻撃目標に金正恩第1書記が含まれている事情があるからだろう。

 昨年8月、ソウルの戦争記念館で開かれた「韓国国防安全保障フォーラム」で韓国国防省のチョ・ソンホ軍構造改革推進官は、韓国軍が金正恩氏に対する「斬首作戦」を計画していることを明らかにした。北朝鮮軍による核兵器使用の兆候をつかんだ場合、金正恩第一書記をはじめ北朝鮮主要幹部に対する「斬首作戦」を実行する計画だという。

 チョ・ソンホ氏は「韓国軍は北朝鮮軍より相対的に優位に立つ非対称戦略として、心理戦、斬首作戦、情報優位、精密攻撃能力などを開発し活用する」とも述べている。

 これまでの戦争では、為政者の継戦意思を砕くため、先ずは敵軍隊を殲滅して軍隊の無力化を企図した。奉天会戦や日本海海戦、あるいはバトル・オブ・ブリテンがこれだ。

 それでも屈服しない場合、国民や国家のインフラに対する戦略爆撃により継戦能力破砕を目論む。広島、長崎への原爆投下、あるいは東京大空襲やベルリン空襲がこれだ。

 最後には国家の指揮中枢を物理的に破壊して政治権力を麻痺、停止させ敗戦を受け入れさせる。これが従来型の戦争だった。これでは犠牲が大き過ぎるし、時間もかかりすぎる。まして核武装している独裁国家に対しては、こんな悠長なことをやっている余裕はない。

 北朝鮮は今回、「核の小型化に成功」「核による先制攻撃も辞さず」と公言した。韓国国防省は9日、「まだ北朝鮮は小型化した核弾頭は確保できていない」との見解を明らかにした。今回の「先制攻撃」も北朝鮮独特のブラフに違いない。だが、「小型化」は時間の問題だろう。

 核攻撃を未然に防ぎ、無用な流血を避けるため、北朝鮮の独裁者たる金正恩第一書記に焦点を絞り、彼個人を直接攻撃する「斬首作戦」が近い将来本当に必要になるかもしれない。

 だが、この作戦はそう簡単ではない。独裁者の居場所は国家の最高機密である。当然、居場所は隠匿され、時には影武者が使われることもある。しかも頻繁に移動すれば、リアルタイムで移動場所を追跡することは不可能に近い。

 イラク戦争中の2003年4月8日、サダム・フセインに対し「斬首作戦」が敢行された。フセインがバグダッド市内のレストランで食事中という情報を得た米空軍司令官は攻撃を決断した。別の作戦に参加中の攻撃機を急遽指向させ、11分後にレストランを攻撃した。だが結果はフセインが既に移動した直後であり作戦は失敗に終わった。2011年のカダフィ大佐に対する「斬首作戦」も同様に失敗している。

 2006年6月に実施されたアブ・ムサブ・ザルカウィ容疑者に対する「斬首作戦」は成功した例である。ザルカウィ容疑者はウサーマ・ビン・ラーディン率いるアル=カーイダの有力な組織の領袖であり、テロリストとして国際指名手配を受けていた。彼の潜伏先を突き止めた米軍はF16戦闘機による精密誘導爆撃で死亡させた。

 精密誘導兵器はピンポイントで攻撃ができる。だが、そのためには精密な位置情報が必要となる。誤差が数メートル単位の精密誘導兵器には、数メートル単位の目標情報が必要である。

 また精密誘導兵器は、入力された目標情報を精密に攻撃する。コソボ紛争では入力情報の誤りにより中国大使館を誤爆した。入力情報を誤れば、「精密な誤爆」をするということだ。

 「斬首作戦」で鍵になるのはリアルタイムの精密な位置情報である。目標が移動できる人間の場合、HUMINT(Human Intelligence)、つまり人からの情報が欠かせない。先進技術を駆使した偵察衛星や無人偵察機などの情報ツールを使っても、HUMINT情報を代替できるには至っていない。影武者と本人とが区別できるほど、未だ偵察技術は成熟していないのだ。

 では、金正恩に対する「斬首作戦」に必要なHUMINT情報はどうやって得るのか。盗聴などの手段もあるが、信頼性に乏しい。最終的には、金正恩の側近から情報を得るしかない。それには側近に裏切者かスパイ、通報者を置くことが必要条件となる。韓国国防省は「斬首作戦を開発し活用する」と述べているが、最大の課題はHUMINT情報の入手であろう。

 「斬首作戦」の困難性は、もう一つある。金正恩が思慮分別の乏しい若者だけに、一度作戦に失敗すれば何を仕出かすか分からない。失敗した攻撃が自分を標的にした「斬首作戦」だったと分かれば、核による「先制攻撃」だってやりかねない。「斬首作戦」を実施するのであれば、必ず成功させねばならない。失敗は許されず、チャンスは一度だということだ。

 別な視点として、独裁者を除けば当該国家は安定した民主国家になるのかという根本的な問題がある。現実は決してそうでないことを、イラクやリビアが証明している。この問題は紙幅の関係上、別稿に譲りたい。

 韓国軍は非対称戦略として、「斬首作戦」以外に「心理戦、情報優位、精密攻撃能力」を挙げている。今回、「斬首作戦」を巡る北朝鮮のヒステリックな反応を見ると、ある程度「心理戦」は効を奏しているのかもしれない。

 過去、金正恩は側近を次々に粛清してきた。2013年12月、叔父に当たる張成沢を処刑した。2015年5月には玄永哲人民武力部長が処刑された。2016年2月には李永吉軍総参謀長が処刑されたと報道されている。

 独裁者は往々にして、身内しか信用できず、猜疑心が高じた結果、恐怖政治を敷く。ヒトラーやスターリンもそうだった。「斬首作戦」には側近の裏切りが前提である。この「斬首作戦」を韓国軍が公言したため、金正恩の猜疑心は益々膨らみ、新たな疑心暗鬼が生じているに違いない。

 今後さらに粛清者が増えることが予想される。次は自分の番だと恐れる側近による暗殺事態も考えられよう。いずれにしろ、金王朝を内部から自壊させる「心理戦」となり得る。

 現段階では、核による「先制攻撃」はブラフだが、「斬首作戦」もブラフだろう。「心理戦」の応酬である。だが、「斬首作戦」の方が、間違いなく「心理戦」としては効果をあげている。

 核弾頭の小型化は時間の問題である。「心理戦」による「体制崩壊」が現実のものとならない場合、「弾頭の小型化」や「先制攻撃」が現実になる前に、韓国軍は「斬首作戦」能力を確実なものにする必要がある。残された時間はそう長くないかもしれない。

2016年3月14日付『JB press』より転載

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