澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -4-
政商・王健林と「太子党」の癒着
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 現在、王健林という中国一の大富豪が注目されている。王は、大連万達集団(Dalian Wanda Group)の創始者であり、董事長(会長)である。同社は、不動産・ショッピングモール・ホテル・映画産業・スペインのサッカークラブ(アトレチコ・マドリードに出資)など、幅広い分野で事業を展開している。2014年、大連万達の総資産は、861.5億米ドルに達した。
 昨年、馬雲(ジャック・マー)が、阿里巴巴集団(Alibaba Group:浙江省杭州の企業間電子商取引会社で、創立は1999年)を米ニューヨーク市場に上場して話題になった。その際、一時的に、王健林は馬雲に総資産第1位の座を明け渡した。
 しかし、今年1月、アリババの業績が芳しくなかった。そのため、3月に発表された2015年フォーブス(Forbes)の世界長者番付では、王健林が総資産第242億米ドルで第1位に返り咲いた。ただ、敗れた2位の馬雲も227億米ドルの資産を持つ。
 ちなみに、第3位は新エネルギー開発会社、漢能控股集団有限公司(Hanergy Holding Group:1994年北京市に創設)の創業者・会長の李河君(総資産211億米ドル)だった。
 万達総帥の王健林は、1954年、四川省綿陽市に生まれた。父親の王義全は、かつて中国共産党の長征に参加したことがある。王義全は四川省林業学校革命委員会副主任、副校長兼党総支部副書記等を務めた。
 1986年、王健林は遼寧大学を卒業し、同年、陸軍学院管理処(所)の副処長に就いた。1988年、王健林は遼寧省大連市西崗区の政府系不動産開発会社で働き始め、1992年、中国で初めての持ち株会社、大連万達集団有限公司を設立した。その後、王健林は全人代代表や全国政治協商会議常務委員まで務めている。
 さて、王健林は、立派な共産党員の息子である。ただし、父親の党内ランクが高くないので、「紅二代」(元党高級幹部の二代目)、あるいは「官二代」(元政府高官の二代目)とは言い難い。けれども、王健林は自らの力で、華麗な人脈を形成していく。一方、本物の「紅二代」・「官二代」(広義の「太子党」)は、王健林を利用して資産を築いた。以下は典型例である。
 第1に、習近平国家主席(父親は習仲勲元副総理)の実姉、齋橋橋とその夫、ケ家貴は、2009年、秦川大地公司(両名とも元持株人)を通じて万達株を2860万米ドル購入した。そして、2013年に商売仲間へ転売する。現在、その株価は、2.4億米ドルまでになっている。
 第2に、温家宝前首相の娘、温如春は、2009年、商売仲間の金怡を通じて万達株を購入した。現在の株価は、2.5億米ドルとなった。ただし、温如春がいくらでその株を購入したのか不明である。
 第3に、同じく温家宝の息子、温雲松は、2010年、自らが創立者である天域資本を通じて万達株を購入している。現在の株価は、5.2億米ドルまで達した。温如春同様、温雲松がいくらでその株を買ったのか不詳である。
 第4に、賈慶林前全国政治協商会議主席の娘婿、李伯潭は、2010年、万達株を900万米ドル購入した。現在、その株価は1.31億米ドルとなっている。
 第5に、賈慶林の娘婿、李伯潭の商売仲間に潘永斌という人物がいる。2007年、潘が自ら創設した五穀豊公司を通じて20万米ドル足らずの万達株を購入した。現在の株価は2.5億米ドルまで上昇している。
 第6に、王兆国前全人代常務委員会副委員長の息子、王新宇は、2007年、自らが大株主である銘豪ホールディングスを通じて、50万米ドル足らずの万達株を購入した。現在、その株価は6.4億米ドルにまで高騰している。
 これら、政商と広義の「太子党」の癒着・蓄財例は、氷山の一角だと推察できよう。

 ところで、2012年3月、有名な「黒いフェラーリ事件」が発生した。北京の街中、猛スピードで疾走した高級車が事故を起こしたのである。胡錦濤国家主席(当時。現在、“たたき上げ集団”「共青団」を率いる)の側近である令計劃中央弁公庁主任(当時)の息子、令谷が女子大学生(?)2人を黒いフェラーリに乗せていた。だが、令谷は運転を誤り、本人は即死している。2人の女子大生(?)は重傷を負い、そのうち1人が死亡したという。事故後、令計劃が周永康中央政法委員会書記(当時)に依頼して、この事件をもみ消そうとしたが、それに失敗して令計劃は失脚している。
 この事件を知った朱鎔基前首相(当時)が「(クリーンだと思われた)共青団さえ、これほどまでに腐敗しているのか」と嘆息したと伝えられる。親が腐敗していなければ、息子が一台数千万円もするフェラーリを乗り回すことは不可能だろう。




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