澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -5-
習政権による「反腐敗運動」の行き詰まり
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 周知のように、現在、習近平国家主席(「太子党」出身)が同志の王岐山(同)と共に“恣意的に政敵を打倒”する「反腐敗運動」を展開している。
 だが、習・王以外の政治局常務委員(「チャイナ・セブン」)は、「共青団」出身の李克強首相を除けば、ほぼ江沢民系の「上海閥」に属する。当然、「上海閥」の抵抗は凄まじい。失脚すれば一巻の終わりだからである。
 そのため「反腐敗運動」は既に行き詰まりの様相を呈している。特に江沢民元国家主席とその元側近である曾慶紅がスクラムを組んで、「反腐敗運動」に対し頑強に反抗しているという。
 さて、胡錦濤前国家主席の側近である令計劃の弟、令完成が、約2700点にのぼる中国国家機密を持ってアメリカへ逃走した。その上、令完成は党最高幹部(おそらく習近平や王岐山等)のふしだらな“セックス・ビデオ”を隠匿していると見られる。
 令完成が自らの身の安全(中国公安へ身柄を引き渡さない等)を条件に、米国側に国家機密と最高幹部の“セックス・ビデオ”を提出したとしよう。するとオバマ政権は習近平政権対し、決定的な外交カード(「切り札」)を握る。“セックス・ビデオ”については、かりにYouTube等を使って、ネットで全世界に流されれば、習近平政権は1日として持たない。
 また米国在住の郭文貴という中国大富豪は、「反腐敗運動」の先頭に立つ王岐山(北京五輪前には北京市長に就任)と自らの深い関係を暴露した。同時に郭は王岐山と「中国で最も危険な女性」と言われるジャーナリスト胡舒立女史(私生児がいる)の親密な関係も漏洩している。
 さらに今年4月下旬、米「ニューヨーク・タイムズ」紙は、政商・王健林が「太子党」等、党最高幹部の子弟ら多数に利益供与していたことを報じた。これら一連の出来事は、「反腐敗運動」の行き詰まりと関係していると思われる。
 一方、習近平政権は中国から米国へ逃走した汚職官僚100人以上のリストを作成し、オバマ政権に逮捕協力を依頼(「キツネ狩り」)している。けれども、その中の多くはカナダ等へ再逃亡して捕まる気配がない。無論、米中間には「犯罪者引き渡し条約」が締結されていないこともその理由の一つだろう。
 ただし中国汚職官僚らが既に米国籍を取得していれば、彼らは米国人である。米国政府としても中国公安が逮捕に至るだけの確証がなければ、彼らを簡単に中国側へ引き渡すわけにはいかない。
 実は習近平主席は「キツネ狩り」を徹底するため、今年7月、王岐山を訪米させる予定だった。だが最近になって王の訪米はキャンセルされたという。これ一つとっても、「反腐敗運動」が行き詰っている証だろう。習近平は「トラもハエも一緒に叩く」と意気込んで「反腐敗運動」を始めた。だが同運動をどこまで展開すれば終息するのだろうか。終わりが見えないのである。
 当初、習近平は敵を「上海閥」に絞っていたが次第にその範囲を「共青団」にまで拡大していった。李源潮・現国家副主席もそのターゲットの一人となっている。そのため、習近平と王岐山の周りは「太子党」以外、敵だらけになってしまった。今までに、腐敗・汚職を摘発する党中央紀律検査委員会の検察官は少なくても60人以上が失踪し、30人以上殺害されたという。また、そのトップである王岐山は何度も暗殺の危機に瀕している。
 習・王連合は、このままでは進退きわまると思ったのか、(胡錦濤時代末期と同じように)「共青団」と再び連携して、主敵を「上海閥」に絞り込んだ節がある。ただ前述の如く、政治局常務委員は「上海閥」が過半数を占める。また、習・王連合が事実上の軍トップ「上海閥」の徐才厚(今年3月病院で死亡)と郭伯雄を逮捕しても、その部下の大半は彼ら2人の息がかかった軍人らである。2人の部下達は、「反腐敗運動」に対して陰に陽に抵抗するだろう。
 そもそも、「太子党」自体が、「上海閥」と並んで、腐敗・汚職の双璧だった。一方、クリーンだと思われていた「共青団」さえも腐敗・汚職に染まっている。その好例が、2012年3月に起きた「黒いフェラーリ事件」だろう。令計劃の息子、令谷が北京でフェラーリに乗っていて事故を起こし死亡したのである。この事件を令計劃はもみ消そうとして、失脚した。
 つまり、中国社会全体がトップから庶民に至るまで腐敗・汚職まみれである。自ら腐敗している習近平や王岐山が今さら「反腐敗運動」を展開しても、その効果は限定的にならざるを得ない。結局、習近平が政敵を叩けば叩くほど、回りまわって自分の身に跳ね返って来る。元々が恣意的な政敵打倒のための「反腐敗運動」なので、当然の帰結だろう。中国では、未だ共産党内で生き残りを賭けた戦いが密かに行われている。




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