澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -7-
米国は習政権を揺さぶる1枚目の「対中カード」を切ったか?(続)
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 前回の小コラムで、米証券取引委員会(U.S. Securities and Exchange Commission:SEC)が賄賂による人事採用の疑いがあるとして、JPモルガン・チェース(JPMorgan Chase & Co.以下、JPモルガン)に中国政府関係者35人の召喚リストを送付し、その召喚状のトップに王岐山の名が記載されていると紹介した。それ故に、王岐山訪米による(米国に逃亡した中国汚職官僚の)「キツネ狩り」が突然キャンセルされたのかもしれない。

 これには続報がある。米証券取引委員会はここ数ヶ月、JPモルガンだけでなく、ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)、モーガン・スタンレー(Morgan Stanley)、UBS(UBS Group AG)、クレディ・スイス銀行(Credit Suisse)、ドイツ銀行(Deutsche Bank)、シティ・グループ(Citigroup)等にも採用に関して情報提供するよう要求していたのである。
 実際、ゴールドマン・サックスは江沢民・元国家主席の孫、江志成を雇用している。他方、JP・モルガンは光大集団理事長・唐双寧(中国銀行業監督管理委員会副主席を務める)の息子、唐暁寧を採用した。同社はかつて鉄道省(2013年に解体)運輸局長だった張曙光の娘、張西西(音訳)も入社させている。
 以前JPモルガンは(当時首相だった)温家宝の娘、温如春(仮名:常麗麗Lily Chang)の会社(従業員2人)に毎月7万5000米ドル(約900万円超)を支払っている。年額にすると90万米ドル(約1億8000万円以上)に上る。また、同社は高虎城・現商務大臣の息子、高珏を縁故採用している。採用面接で成績が悪かったにもかかわらず雇用した。
 この不適切な人事には、当時の同社幹部、ウィリアム・ディリー(William M. Daley オバマ政権で大統領首席補佐官や商務長官等を歴任)が関与していたという。つまり、中国共産党の「紅二代」(新中国建国に功績のあった党幹部の二代目)・「官二代」(党・政府等の高級幹部の二代目)らは、一部の米財界と中国共産党をつなぐ“架け橋”の役目を担っていると考えられよう。
 これらの事実から推察すれば、ホワイトハウスの一部と中国共産党が癒着している可能性を排除できない。また、米巨大銀行・証券会社は中国共産党最高幹部と浅からぬ関係があると言えよう。前者が後者から、何らかの利益供与を受けていると疑われても仕方ない。ひょっとすると、米中両エリートは表面的な米中“政治的対立”とは裏腹に、陰ではお互い親密な関係にあるかもしれないと考えられる。

 さて、前回の小コラムで、中国海軍が南シナ海で実効支配を固めつつあるとも指摘した。フィリピンなどのASEAN関係諸国ばかりか米国さえもが、中国による同環礁の人口島構築に対して神経を尖らせている。
 米政府としても、これ以上中国軍の勝手な行動を許すわけにはいかない。そこでオバマ政権は中国共産党に揺さぶりをかけようとして、米証券取引委員会(SEC)を通じて1枚目の「対中カード」を切った公算が大きい。もしこれ以上中国が南シナ海で好き勝手をすれば、米政府は次々と「対中カード」を切るというサインである。
 ただ問題は、習近平政権がしっかりと人民解放軍を掌握しているか否かだろう。もし習政権が軍を掌握できていれば、米政府のSECを通じての“警告”に耳を傾け、南シナ海の“膨張政策”をある程度抑制するかもしれない。その場合は同海域の「現状維持」が保たれる。
 けれども習政権の意図とは関係なく、軍が独自に行動しているとなれば事態は厄介である。中国軍は米国の“警告”を軽視し、今まで通り“膨張政策”を継続するに違いない。そして、中国軍は(習近平が掲げた「中国の夢」)「偉大なる中華民族の復興」―「中国的世界秩序」の復活―の実現化を試みようとするのではないか。
 果たして「現状維持」勢力である日本・米国・インド・オーストラリア等が連帯し、「現状打破」勢力である中国の“野望”を打ち砕くことができるのだろうか。南シナ海で米国がその関与を減少させ、我が国が「集団的自衛権」の行使を自粛するなど、日米が一部のASEAN諸国に対し“非協力態度”が明白になるとしよう。その時中国軍は嵩に懸って、同海域で“膨張”するに違いない。



 Ø バックナンバー  

  こちらをご覧ください
  

ホームへ戻る