澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -8-
周永康裁判の“茶番”
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 中国の裁判は“政治ショー”である。もともと、共産党の書いたシナリオがあって、それに従って裁判が行われる。はじめから“できレース”なのである。検察・容疑者(弁護側)・裁判官はシナリオ通りに役を演ずる。普通1〜2日で審議が終了し、判決が言い渡される(2審制はあくまでも建前に過ぎない)。原則として容疑者は神妙に公判を受けねばならない。そうすれば刑は軽くなるだろう。
 2013年、元重慶市トップ薄熙来の裁判で、当初、薄の刑は懲役十数年が妥当と思われた。ところが薄熙来が徹底抗戦し、公判は日曜を挟み5日も続いた。その結果、裁判所は薄に対し「無期懲役」の判決を言い渡したのである(その後、薄は上告したが却下されている)。
 また、中国では共産党が裁判をどこで開廷するのかを決める。薄熙来裁判は、薄と無縁の山東省済南市の中級人民法院で行われた。もし、かつて薄熙来の勤務していた遼寧省大連市や重慶市で裁判が開廷されたら、薄を支持する当地住民が騒ぎを起こす可能性があった。
 周永康は胡錦濤時代(2002年〜2012年)後期、政治局常務委員(「チャイナ・ナイン」当時)の一人であった。周は政法委員会(中央規律検査委員会や武装警察の指揮を執る)のトップであり、絶大なる権力を誇っていた。
 今回、周は@収賄 A権力乱用 B国家機密漏洩の3つの罪に問われた。周の裁判は、天津市第一中級人民法院にて完全非公開で行われている(薄熙来裁判の場合、新聞・テレビ・中国版ツィッター「微博」によって一部公開された)。新中国成立以来、元政治局常務委員が裁判で裁かれたことはない。異例である。
 一時、周の収賄は約1.5兆円に上ると伝えられた。だが、裁判では収賄が約26億円(約1億3千万元)に減額されている。他方、周の職権乱用による国家への損失額は約297億円(約14億8600万元)だという。たとえ両者を合計しても約323億円にすぎない。
 また、国家機密漏洩罪に関しては、その1つが、2013年暮れに起きた北朝鮮の金正恩第一書記による叔父・張成沢処刑へと繋がるという。2012年夏に張成沢(親中国派)が胡錦濤主席と会談した際の内容を、周が金正恩第一書記に伝えたというのだ。三男の金正恩を排し、長男の金正男(親中国派)を北のトップに据えるという計画である。これは重大な国家秘密漏洩事件だろう。
 周は裁判で、素直に罪状を認め反省しているという。そこで、薄熙来と同じ無期懲役の判決となった。また、政治的権利は終身剥奪され、個人財産も全て没収されている。ただし、無期懲役といっても彼らのような元高級幹部は豪華な施設に入り、数年したら仮釈放される可能性もある。
 周は巨額の収賄や権力乱用だけでなく、6件の国家機密漏洩罪で起訴された。にもかかわらず、周の判決が死刑もしくは2年の執行猶予付き死刑(2年間特に問題がなければ自動的に無期懲役へ減刑)にならないのは不思議である。周永康の"減刑"は、「反腐敗運動」に邁進する習近平・王岐山連合(「太子党」出身)に対して、「上海閥」(と「共青団」)が"巻き返し"に出ている証左と見るべきかもしれない。
 よく知られているように、習近平は自らが党のトップになるまでじっと静かにしていた。だが、トップになるやいなや、「反腐敗運動」に名を借りて政敵打倒を開始したのである。
 はじめ、習近平は胡錦濤の「共青団」と仲良くしていた。父親の習仲勲は、中国人が尊敬してやまない胡耀邦と親密な関係だった(1989年春、胡耀邦の死が、後の「六・四天安門事件」の契機になったのはあまりにも有名だろう)。胡錦濤は胡耀邦の部下で、胡耀邦によって登用された人物である(ただし胡耀邦の失脚により、胡錦濤は一時チベットへ左遷されている)。つまり、習近平と胡錦濤は胡耀邦との繋がりで親しかったのである。
 ところが、習近平はそれを忘れて江沢民の「上海閥」ばかりか、胡錦濤の「共青団」まで攻撃対象とした。一例を挙げれば、現国家副主席・李源潮の部下である仇和(雲南省副書記)が既に失脚している。部下の失脚は、その上司がターゲットになっている証である。
 けれども、ごく最近、習・王連合は「反腐敗運動」に行き詰ったせいか、「共青団」と妥協し、政敵を江沢民の「上海閥」だけに絞った感がある。




 Ø バックナンバー  

  こちらをご覧ください
  

ホームへ戻る