澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -11-
中国の“呪縛”が解けないマスメディアと「安保法案」
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 2015年7月15日、「安全保障関連法案」が衆議院特別委員会を通過した。翌16日、同法案は衆議院を与党の賛成多数で通過したのである。これで、たとえ同案が参議院で否決されても、衆議院で再び3分の2以上の賛成があれば可決される。したがって同案は、ほぼ成立する見込みとなった。
 早速、日本のマスメディアは、衆議院特別委員会での与党・自民党と公明党による「安保法案」強行裁決(?)について、中国(と韓国)の反応を伝えた。
 中国中央テレビ(CCTV)は、我が国の「安保法案」を“危険な法案”と決めつけた。日米が協力して中国を“封じ込める”ことに対し、中国側が不快感を示したのである。
 ところで、なぜ日本のマスメディアは中国(と韓国)の反応ばかり気にして報道するのだろうか。
 もしかして、日本のマスコミは、(1964年に締結された「日中記者交換協定」をベースにした)1968年の「日中覚書貿易会談コミュニケ」に未だ“呪縛”されているのではないか。
 同コミュニケの付帯条項(「会談コミュニケに示された原則」)には、「@中国を敵視しない。A二つの中国を造る陰謀(=台湾独立)に加わらない。B日中国交正常化を妨げない」とある。つまり日本の大手マスメディアは「反中国的報道」は厳に慎まねばならないのである。
 一方、われわれの知る限り、日本メディアは(中国の海洋進出に悩まされている)ベトナムやフィリピンの反応について、ほとんど報道していない。おそらくベトナムやフィリピンは日本の「安保法案」成立を心から願っているのではないか。
 同様に、約60%の台湾人は中国の台湾侵略に対し、米軍が「台湾関係法」に従って出動した際、自衛隊の支援を期待している。だから、多くの台湾人は日本の「集団的自衛権」行使を歓迎しているだろう。
 日本のマスコミはこれらを“意図的”に無視し、その情報を我々に流そうとしない。あたかもアジアには中国と韓国しか存在しないかのように報道する。
 周知の如く、ベトナムやフィリピンは海上警察力や海軍力が弱く、中国の膨張を容易に阻止できない。
 2014年5月、西沙諸島でベトナム漁船が中国公船に体当たりされて沈没した。他方、2015年2月、南沙諸島・スカボロー礁で、フィリピン漁船3隻が中国公船の体当たりによって損傷を負った。また、同年4月頃から中国は南沙諸島・ファイアリークロス礁に人工島を構築し、3000メートルの滑走路を建設している。
 記憶に新しいところでは、今年6月、フィリピンのアキノ大統領は、訪日時に、中国をナチス・ドイツにたとえる演説を行った。同大統領は、暗に日本に対し中国膨張阻止の協力を求めたのである。
 南シナ海で中国軍に対抗できるのは、さしあたり米軍と我が自衛隊くらいだろう(あとは、インド軍とオーストラリア軍あたりか)。
 今回の「安保法案」の主眼は、誰が考えても中東での機雷掃海等ではない。朝鮮半島有事はもとより、東シナ海と南シナ海で膨張を続ける中国を“封じ込める”ための法案である。
 安倍晋三首相は「今そこにある危機」にどのように対応すべきか熟慮したのだろう。その結果、憲法改正をしていたら、その危機に間に合わないと判断したのではないか。
 我が国は大日本帝国憲法(1889年公布、翌年施行)以来、約125年間、1度も憲法改正をした事がない。日本人は、憲法を聖書やコーランのように「不磨の大典」の如く捉えているからである。
 さて、我が国には憲法9条の制約があるため、わざわざ自衛権を「個別的自衛権」と「集団的自衛権」に分けた。だが、世界で自衛権を「個別的自衛権」と「集団的自衛権」に分けている国は寡聞にして知らない。普通、セットで考えるべきものである。
 さらに、我が国は条約や国際法規よりも憲法が優位にあるという“憲法至上主義”に陥っている。今の国会の議論で、憲法98条(条約・国際法規遵守)に関しても議論が尽くされたのだろうか。
 ただし、問題の本質はそこにあるのではない。目下、膨張を続ける中国に如何に対応するかである。憲法論議に明け暮れていたら、「今そこにある危機」には対処できない。
 現在、米国の“衰退”(正確には、世界への“消極的関与”)は覆うべくもないだろう。したがって、東シナ海・南シナ海における中国の覇権に対し、米軍と自衛隊が協力して中国軍に対処する以外、方策はないのかもしれない。我が国は日米でフィリピン・ベトナム等と手を携え、中国に毅然と対処することが、今こそ求められているのではないだろうか。




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