澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -14-
2016年5月20日に至るまでの台湾危機
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年7月25日、香港共同が半分冗談のようなニュースを報じた。
 「中国軍が内モンゴル自治区の軍事演習場に、台湾総統府や周辺道路を実物大で模した建物などを昨年から造り始め、ほぼ完成している・・・。中国軍はこの建物を使って既に演習を行っている」という。
 このニュースは、我々に対する"啓示的警告"と見るべきだろう。
 2016年1月、台湾では総統選挙と立法委員選挙が同時に実施される。今年4月、最大野党・民進党主席 蔡英文(本省人)の総統選出馬が早々と決定した。蔡主席は、前回2012年の総統選で馬英九総統の再選を阻止できなかった。
 他方、与党・国民党は最有力候補と目された朱立倫主席が総統選への出馬を辞退した。さらには、立法院長の王金平、副総統の呉敦義が不出馬を表明し、一時、国民党は総統選びで迷走した。しかし、突然、立法院副院長の洪秀柱(外省人)が総統選への立候補を表明した。ただ、洪秀柱は知名度が低いので、国民党の総統候補条件である30%以上の世論支持をクリアできるかどうか微妙だった。
 結果、今年6月、洪秀柱は見事に46%以上の支持を獲得している。おそらく、民進党支持者がわざと洪支持にまわったに違いない。蔡英文の勝利がぐっと近付くからである。
 翌7月、洪秀柱候補は、国民党大会で総統選出馬が了承された。与野党共に女性候補となったため、韓国同様、ついに台湾からも女性総統(大統領)が誕生することになる。
 さて、洪秀柱は「92年コンセンサス」(国共間で合意されたと言われる)に関して、「一中各表」(「一つの中国」。ただし、その中国については、国民党は中華民国、共産党は中華人民共和国とする)ではなく、「一中同表」(「一つの中国」、その中国とは中華人民共和国)という中国寄りの発言を行い、国民党幹部を慌てさせた。
 すぐ洪秀柱は「一中各表」へと訂正しているが、洪のスタンスが「新党」(1993年、「本土派」の李登輝・国民党に不満を持つ「中台統一派」の一部が、国民党から分かれた)に近いことが知れたのである。
 次期総統選の行方だが、何のアクシデント(例えば、蔡英文狙撃のような)もなく、普通に選挙が行われるならば、蔡英文の優位は不動である。驚くべきことに、親民党の宋楚瑜も出馬の構えを見せている。もし、宋が出馬するようならば、国民党系の票が割れて、さらに洪秀柱は苦しくなるだろう(立法委員選挙では、国民党系が過半数を取る勢いと伝えられている。したがって、蔡英文が総統選に勝利しても、陳水扁政権時同様、少数与党となる公算が大きい)。
 ところで、馬英九総統の任期は、来年5月19日までである。今からあと9ヶ月あまりしかない。実は、台湾にとって、この期間が非常に危険である。
 次期総統選で蔡英文が当選すれば、2020年まで民進党政権が続く。そして、同年、仮に蔡英文が再選されれば、2024年まで民進党政権が継続する。だが、習近平政権は、2022年で交代期を迎えてしまう。
 周知のように、現在、北京は東シナ海・南シナ海で露骨な「膨張主義」政策を採っている。習政権は、国内の矛盾――「反腐敗運動」の行き詰まりやここ約20年で最悪の経済状況等――から民衆の眼をそらすため、馬総統の在任期間中、人民解放軍を海峡対岸に送り、台湾を侵略・併合しないとも限らない。もし、台湾併合に成功すれば、習近平の名は後世まで残るだろう。
 これに対処しようと言うのが、安倍政権の「安保法制」である。この法律で、米軍と自衛隊が共同して中国の台湾侵攻に立ち向かおうとしている。けれども、人民解放軍が台湾へ侵攻してきた際、馬英九政権が台湾軍を動かさず(解放軍と戦わず)に、中国軍を台湾へ導き入れる可能性がある。これが最大の問題だろう。
 その時、米オバマ政権はどう動くのか。米国の「台湾関係法」は、台湾が中国に抗戦することを前提にしている。ところが、馬政権が中国軍を“歓迎”して共産党に台湾を黙って“売り渡す”と、米軍は手出しできないだろう。最悪の場合、馬英九指令の下、台湾軍が中国軍と共に、米軍・自衛隊を敵にまわす恐れがないとも限らないのである。
 以上のように、「香港共同」のニュースは冗談では済まされない、真実味を帯びている。この点をわれわれは忘れるべきではないだろう。
 来年1月の台湾総統選で蔡英文が当選し、無事、5月20日を迎える事ができるのだろうか。台湾の平穏な政権移行(「第三次政権交代」)を祈るばかりである。



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