澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -20-
次期台湾総統選への宋楚瑜の出馬表明
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年8月6日、親民党主席の宋楚瑜が、来年1月の台湾総統選挙出馬を正式に表明した。
 すでに、最大野党・民進党の蔡英文主席と、与党・国民党の洪秀柱(立法院副院長)が次期総統選に名乗りを上げている。そのため、2人の女性候補の一騎打ちとなり、台湾にも女性総統が誕生するかと思われた。ところが突如、宋楚瑜が来年の総統選に立候補したので、女性総統の誕生は絶対確実とは言えなくなったのである。
 さて、この宋楚瑜について少し触れておこう。
 かつて宋楚瑜(外省人)と李登輝総統(本省人)は極めて親しかった。だが、李総統が宋楚瑜の台湾省長というポストをなくして以来、2人の関係は急速に冷え込んだ。
 2000年の総統選の際、李登輝総統が、連戦=宋楚瑜という国民党の正副総統コンビを認めなかった。そのため、宋楚瑜は国民党から飛び出し、無所属で立候補している。宋は民進党の陳水扁候補に得票数30万票あまりの僅差で敗れた(国民党候補の連戦は陳・宋2人に大差をつけられている)。
 まもなく、宋楚瑜は親民党を旗揚げした。そして、同党は、翌2001年の立法委員選挙では215議席中46議席を獲得し、台湾政界に一定の影響力を持ったのである。
 2004年の総統選で、宋楚瑜(副総統候補)は連戦(総統候補)と共に、現職の陳水扁総統に挑戦したが、わずか3万票足らずで敗れた(その後、宋楚瑜は2006年の台北市長選挙にも名乗りを上げているが、4.14%しか得票できなかった)。
 2008年の総統選の際、宋楚瑜は出馬を見送っている。しかし前回2012年の総統選には立候補し、得票率2.77%で惨敗した。
 以上のように、宋楚瑜は、すでに政治家としての“盛り”は過ぎている。とは言え、宋が次期総統選に出馬すれば、同じブルー陣営(国民党系)の洪秀柱の票を一部奪うのは間違いないだろう。当然、洪秀柱は宋楚瑜の出馬を歓迎していない。
 最近の世論調査を見る限り、宋の出馬に関係なく、洪秀柱は蔡英文に苦戦していた。例えば、今年6月29日に公表された台湾指標民調公司による世論調査では、蔡英文支持が47%で、洪秀柱の支持は27%しかない(ちなみに同調査では、宋楚瑜が参戦した場合、蔡英文に投票する人は37%、宋楚瑜が24%、洪秀柱が21%という結果だった)。
 宋の出馬により、更に洪秀柱の勝利は遠のくだろう。そこで、今後、国民党と親民党の間で候補者調整協議が行われ、宋楚瑜が総統候補をおりることも考えられなくはない。現時点では、来年1月16日、何事もなく総統選挙が実施されれば、蔡英文の勝利は間違いないだろう。

 思い起こせば、2004年の総統選前日、陳水扁総統と呂秀蓮副総統選が遊説先の台南市で狙撃され、銃弾が正副総統に命中した。幸いにも、正副総統ともに命には別状なかったが、一時は、翌日の総統選実施が危ぶまれたのである。
 前回の2012年には、総統選2日前、米在台協会(AIT)の元所長(実質的な駐台湾大使)ダグラス・パールが訪台した。そしてその日、パール元所長は中天テレビに出演し「馬英九支持、蔡英文不支持」を公言したのである。総統選前日、台湾のメディアがそれを一斉に伝えた。これは、オバマ政権による露骨な選挙干渉以外の何ものでもない。
 投票直前の世論調査では、蔡英文と馬英九の支持率は割と拮抗していた。結果はパール発言の影響か、蔡英文が馬英九に約80万票の大差で敗れている。もしこの発言がなければ、選挙結果が変わっていた可能性も否定できない。
 このように、台湾総統選挙では、投票直前に何が起こるのかわからないので、予断は禁物だろう。
 ちなみに、1996年の第1回台湾総統直接選挙(それ以前は、有権者から選ばれた国民大会代表が正副総統を選ぶ間接選挙)の際、中国共産党が大陸から台湾北部海上(基隆沖)と南部海上(高雄沖)に合計3発の地対地ミサイル(「M-9」)を発射した。「第3次台湾海峡危機」である。この時、米クリントン政権は、台湾周辺へ空母2隻(ニミッツとインディペンデンス)を派遣し、事なきを得た。
 また、2000年の台湾総統選の時には、選挙直前、朱鎔基中国首相が中国のテレビに登場し、「もし『台湾独立派』(=陳水扁)が勝ったら、中台間で戦争だ」と有権者を脅したのである。結局、陳水扁が勝利したが、幸い戦争には至らなかった。



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