今年9月9日、湖北省十堰市中級人民法院(裁判所)で、原告だった胡慶剛(42歳)が持っていた刀を振り回した。1人の裁判官は重傷を負い、他の3人も負傷した。幸い、3人の裁判官は命に別状はないようである。ただし、重傷を負った裁判官は未だ生命の危機に瀕しているという。
胡慶剛は裁判所に対し労働争議に関する調停を求めていたが、その調停が上手くいかなかったのである。原告は、働いていた十堰方鼎公司(自動車部品メーカー)の賃金未払い(6.6万元と社会保障費)を主張した。
2014年5月、1審の十堰市茅箭区人民法院は、原告と会社の間に労使関係を示す契約書がないので、胡慶剛の訴訟請求を棄却した。判決を不服とした胡は、十堰市の中級人民法院に控訴したが、2審でも胡慶剛の主張は受け入れられなかった(中国は3審制ではなく2審制なので、これで裁判は終了)。そこで胡は、裁判官を襲うという犯行に及んだのである。
ただし、中国の内情を知れば原告側にも同情の余地がある。
一般的に中国では、裁判官と検察官(公安)及び地方政府はすべて繋がっている。場合によっては会社やマフィアともグルである。一党独裁制の弊害だろう。最近、中国の弁護士は、ようやく力を持ってきたが、依然として孤軍奮闘の観がある。
周知の如く、中国では共産党が三権(行政・立法・司法)の上に君臨している。そのため、裁判所は法律によって裁くのではない。多く場合、党の恣意的判断で判決が出される。あらかじめ判決が決まっているので、超スピード裁判となる。かつ、死刑執行も早い。
共産党は、いざという時(検察や裁判所に不利な場合)には、弁護士を逮捕・拘束してしまう。今年5月に起きた黒竜江省の「慶安事件」(徐純合という陳情者が慶安駅で警官に射殺)の際には、担当弁護士らが共産党に不当に弾圧されている。
直接、警察署を襲う者もいる。すでに旧聞に属するが、ここで「楊佳事件」(「楊佳警察襲撃事件」)を紹介したい。
2008年7月、警察に恨みを持った楊佳という若者(28歳)が、上海の警察署を襲い、ナイフで6名の警官を殺害し、4人の警官と1人の警備員を負傷させるという凄惨な事件が起きた。同年8月に開催された北京五輪直前である。
前年の10月、北京に住む楊佳が上海市芷江西路付近で自転車に乗っていた時、自転車に登録証がないので警察官に呼び止められた。警官は派出所へ楊佳を連行し身体検査を行い、ようやく楊佳の身分と自転車は借り物である事が確認された。
その際、楊佳は警官に暴力を振るわれたという(一説には生殖機能がダメになったとも伝えられる)。楊佳は、上海の警察署へ手紙や電子メールを送り、当局に警官の不当な扱いについて訴えたが、当局は「警官は規則に従い業務を行っている」と説明した。そこで、楊佳は警察署を襲うことを決意し、凶行に及んだのである。
2008年9月1日、楊佳は上海市第二中級人民法院で死刑判決を受けた直後、すぐに控訴した。同年10月、2審が上海市高級人民法院で行われたが死刑判決は覆ることはなかった。そして同年11月、楊佳の死刑が執行されている。
「楊佳事件」が発生するやいなや、北京在住の楊佳の母親 王静梅が拉致・誘拐された。そして、精神病を発症しているとして、北京市安康医院(北京市公安局強制治療管理処)という病院へ送致されたのである。共産党は母親が騒ぐのを阻止したかったに違いない。
ネット上で、楊佳は“英雄”と崇められ、賞賛されている。ごく普通の若者が、1人で理不尽な警察に立ち向かったからである。「楊佳事件」でわかるように、中国には必ずしも社会的正義は存在しない。
この事件は、2012年4月、應亮監督によって韓国で映画化された(撮影は大塚龍治)。題名は《我還有話説》(“When Night Falls”)(仮訳『私には話すべき話がある』)である。この映画がスイス・ノカルノ映画際で、最優秀監督賞や最優秀女優賞を受賞している。
韓国で映画が封切られたが、共産党は5000万元(約9.5億円)で、映画の版権を買い取ろうとした。その際、應亮監督は、この作品が間違っているならば、中国政府に真実を公開して欲しいと頼んでいる。
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