澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -55-
北京を襲うPM2.5

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 2015年11月30日、国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)がフランス・パリで開催された(12月11日まで)。中国の習近平国家主席もCOP21に参加した。
 ところが、皮肉にも習近平主席が外遊している間(11月29日〜12月5日)に、北京はPM2.5に悩まされている。
 北京市環境保護観測センターの発表によれば、同市のPM2.5の値は11月30日に1000マイクログラム近くまで上昇した。あくる12月1日も多くの地域で500〜1000マイクログラムを超えている。
 そして同月8日、北京には4段階中、最高警戒レベルの「赤色警報」が発令された。3日間、小中学校は休校になり、一部工場の操業が停止され、車の走行も規制される。
 日本の環境省の基準値で言えば、PM2.5が70マイクログラム以下ならば、特に行動を制限する必要はない。70マイクログラムを超えると、不要不急の外出や屋外での長時間の激しい運動をできるだけ減らすようにする。その基準値からすれば、北京のPM2.5の値は異常だろう。

 中国では、深刻な大気汚染で肺や呼吸器系疾患のため、年間約160万人が死亡していると推測されている。
 中国のPM2.5は、主に@工場の排煙 A車の排気ガス B粗悪な石炭を使用した暖房からの煙 C工事現場から出る塵などである。
 更に大気汚染は、水質汚染や土壌汚染につながる。雨が降れば、河川に有害物質が流れ込む。また、土壌もその有害物質で覆われる。そこで育った作物には多くの危険物質が含まれ、食の安全が脅かされている。
 2014年11月、中国でAPECが開催された。その際、北京の空は青く澄んでいた。「APECブルー」と呼ばれる。また、2015年9月、中国では「9・3大閲兵」(「抗日勝利70周年」記念式典)が行われたが、その時も北京の空は「パレードブルー」が演出された。
 北京の青空を取り戻すためには、まず、北京市とその周辺にある工場の操業を約1〜2週間ほど停止させる(北京市と天津市を囲むように河北省が存在。特に、河北省には、鉄鋼関係の工場が多い)。
 次に、北京市内を走る車の量を規制する。今日、奇数ナンバーの車が走るならば、明日は偶数ナンバーの車という具合である。これなら、走行車数をおよそ半分に減らことができよう。更に、北京とその周辺部での建設工事を全てストップさせ、少しでも塵が出ないようにする。
 今回、北京の大気汚染が深刻化したのは、おそらく寒さが原因だと思われる。だが、この時期、いくら中国共産党といえども市民に対し「暖房を控えろ」とは言えないだろう。
 それでは、どうすれば北京の大気汚染が解決されるだろうか。
 第1案として、北京市やその周辺にある工場を引っ越しさせる。しかし、これは根本的な解決にはならない。大気汚染発生場所が別の所へ移るだけである。
 第2案として、工場の煤煙に対して厳しい規制をかける(工場に排煙脱硫装置を設置させる)。すると、企業は設備にコストがかかるため、利潤が出なくなる。最悪の場合、倒産するおそれもあるだろう。
 民間企業であっても、大企業の場合、地方税収の大口収入源である。地方政府は、工場の排煙に眼をつぶるしかないだろう。一方、国有企業の場合には更に厄介かもしれない。共産党とトップや解放軍との関わりが強いからである。
 第3案として、車のガソリンに対し、厳格な排出ガス規制を行う。これも、党内の石油利権に絡むグループ(「石油閥」)の反対で、厳しい規制導入は容易ではないだろう。
 第4案として、安い粗悪な石炭使用を規制し、市民にガスや電気で暖房を行うように奨励する。だが、たとえ市民が電気を使用するようになっても発電量が足らず、火力発電所がやはり粗悪な石炭を使用すれば、各家庭が出す排煙量と変わらなくなるに違いない。
 北京のPM2.5がこれ以上ひどくなれば、“遷都”も視野に入れる必要がある。現実問題として、大気汚染が最も軽微な海南島かチベット自治区への“遷都”が考えられよう。だが、さすがに、チベットへは“遷都”は考えにくい。海南島が無難かもしれない。万が一、「中台統一」ともなれば、かつての国民党同様に、中国共産党が台北へ“遷都”することもあり得る。
 ところで、中国のPM2.5は偏西風に乗って、日本列島にもやって来る。我が国としても看過できない。だが、日本が中国に対し支援できる事と言えば、高性能の空気清浄機や工場の排煙脱硫装置を売却するくらいだろうか。
 結局、中国の大気汚染問題は、共産党が本腰を入れなければ解決できないだろう。だが、既に“既得利権集団”と化した共産党にその解決は不可能かもしれない。



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