2015年12月12日、訪印していた安倍晋三首相とモディ首相が会談し、インド側は我が国の高速鉄道採用に合意した(安倍政権は、インドへ1兆4600億円の円借款を供与する)。日本の新幹線が、インド最大の都市ムンバイから、北部のアーメダバード間、約500キロを走る。
今回、中国の習近平主席はインドへ同国の高速鉄道を売り込みに必死だった。
現在、中国経済の低迷は誰の眼にも明らかである。2008年9月の「リーマン・ショック」後、当時の胡錦濤政権は巨額の財政出動を行い、景気をV字回復させた。
だが、そのために中央政府の財政赤字が膨らみ、目下、財政支出もままならない(たとえ財政出動したとしても、景気浮揚が期待できるとは限らない)。そこで、2014年8月、習近平政権は「新常態」(「ニューノーマル」)を打ち出した。
北京政府としては、「投資主導型」から「消費主導型」へと経済構造を転換させたいところだろう。しかし、消費を伸ばすのは難しい。
その理由として
@習近平主席の「贅沢禁止令」で消費が萎縮
Aアッパーミドル(中流上位)の海外での“爆買い”(背景には、中国人の中国製商品への不信感)
B富裕層は海外へ不動産投資
C貧困層(1日約150円で暮らす「絶対的貧困層」はもとより、1日約600円で生活する「相対的貧困層」を含め、約10億
人)は消費にまわすカネの余裕がない
等が考えられる。
中国共産党が今の経済的苦境を克服するには、どうしても外需に頼らざるを得ない。そこで、北京は何が何でもインドへの高速鉄道売却を成功させたかっただろう。インドへの売り込み失敗は、習近平政権にとって痛手となったに違いない。
周知のように、日中はインドネシアでも高速鉄道売り込み競争を行った。だが、2015年9月、日本は中国に敗れている。なぜなら、北京が丸抱えでインドネシアのインフラ整備をすると約束したからである。ジョコ政府は財政負担や財務保証も必要ない。習政権の寛大なオファーには、たとえインドネシアでなくとも飛びつくだろう。
今の中国は、なり振り構わず採算を度外視した売り込みを行っている。まるで“自転車操業”の観がある。
結局、インドは日本の高速鉄道採用に踏み切った。それはなぜか。日本と“思惑”が一致したからだろう。現代の世界では、経済と安全保障とは密接に関わるからである。両者はコインの裏表とも言えよう。
中印は未だにインド東部、アルナーチャル・プラデーシュ州や同北部、アクサイチン等の国境問題を抱え、時には戦闘さえ起きている。
また、中国はインドに対し「真珠の首飾り」戦略(中国大陸から南シナ海、マラッカ海峡、インド洋、ペルシャ湾、そしてポートスーダンに至るまで、軍事拠点となる港を結ぶ)を展開している。
インドの東側のバングラデシュのチッタゴン港(中国が深海港の整備協力)、同南側のスリランカのハンバントタ港(中国資本による深水港建設)、同西側のパキスタンのグワダール港(中国が43年“租借”し、経済特区を運営)の3湾に、中国の影響力が拡大しつつある。北京によるインド「封じ込め」作戦と考えられよう。
一方、印パは両国の独立達成以来「カシミール帰属問題」等で、今なお、対立関係にある。中国は、そのパキスタンに軍事援助・核製造支援を行っている。だから、インドは中国を快く思っていない。
翻って、日印関係はどうか。伝統的に、両国は良好な関係を保つ。したがって、インドが日本の高速鉄道を選択するのは、ある意味“当然の帰結”だったかもしれない。日印両国で中国による「真珠の首飾り」を打破するチャンスでもある。
ところで、安倍晋三首相が、就任当初から「セキュリティ・ダイヤモンド」構想を目指していたことは意外と知られていない。安倍総理が英文で発表したためか、ほとんど注目されなかった。
同構想は、自由と民主主義の国家、日本・米ハワイ・オーストラリア・インドを結び、特に中国の東シナ海・南シナ海での“膨張”を抑える目的がある。いわば「中国封じ込め」戦略と言えよう。
それに対抗するかのように、習近平政権は「一帯一路」(海と陸の「新シルクロード」)構想を打ち出した。北京としては、安全保障と一体化した経済政策で活路を見出したいところだろう。
安倍政権が、この度、インドへの高速鉄道売却で中国の「一帯一路」に“楔”を打った成果は決して小さくない。
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