澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -75-
北朝鮮の「人工衛星」打ち上げ“成功”

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 去る2月7日(旧正月<春節>直前の大みそか)午前9時30分過ぎ、北朝鮮が東倉里(トンチャンリ)からの「人工衛星」の打ち上げに“成功”した。当初、北は発射時期を2月8日から25日としていたが、急に、同月7日から14日に変更している。そして、その初日に発射された。
 北の衛星打ち上げ場所から、真南へ「人工衛星」は向かい、5段階の切り離しを経て、宇宙空間に突入したという。
 言うまでもなく、基本的に人工衛星とミサイル技術は同じである。同衛星は、実質的に長距離弾道ミサイル「光明星(クァンミョンソン)4号」であり、射程距離1万2000キロから1万3000キロだと推測される。
 そのミサイルは、北朝鮮から米ニューヨークやワシントンDCに届く。ついに北が核を搭載したミサイルを米東海岸まで打ち込むことが可能になったことを意味する。
 日本政府は不測の事態に備え、迎撃ミサイル「PAC3」を東京(市ヶ谷駐屯地)や沖縄へ配備した。また、我が国周辺にイージス艦も展開させている。
 早速、安部晋三首相は、北朝鮮による(「人工衛星」と称する)ミサイル試射を非難する声明を出した。オバマ政権も、北朝鮮の“暴挙”を国連安全保障理事会に諮り、北に対し厳しい措置を採る予定である。また、韓国の朴槿恵政権も北の挑発を批判した。
 他方、中国外務省の華春瑩・副報道局長も北のミサイル発射に対し「遺憾の意」を表明している。因みに、ミサイル発射5日前の2月2日、中国の武大偉・朝鮮半島問題特別代表が平壌入りしたが、北朝鮮当局とどんな話し合いをしたのかは不明である。
 日米韓が協力して国際的圧力をかけ、北朝鮮へ更なる経済制裁を行うと言う。けれども、残念ながら効果は殆ど期待できないだろう。
 今までの歴史を振り返ればわかる通り、北朝鮮を支えてきたのは「上海閥」の瀋陽軍区(「太子党」北京政府と関係が悪い)である。瀋陽軍区が率先して北に核やミサイルを開発させてきたと思われる。
 但し、ごく最近、習近平政権下で軍の編成替えがあり、瀋陽軍区は北京軍区の一部と合併され「北部戦区」となった。だからと言って、すぐに旧瀋陽軍区が北朝鮮支援を止(や)めるはずもない。そのため、国際社会がいくら北朝鮮に経済制裁を行っても、金正恩政権は“蛙の面へ水”である。
 実際、北京政府としても、金正恩体制が崩壊して北朝鮮難民が中国東北部(特に朝鮮族が多い吉林省延辺朝鮮族自治州)に溢れ出されても困る。
 他方、北朝鮮崩壊は、韓国指導の「統一コリア」を誕生させるかもしれない。その場合、中朝国境である鴨緑江を挟み、中国と在韓米軍が直接対峙する公算が大きい。中国共産党は、それだけは阻止したいだろう。
 地政学的に、依然、北朝鮮は中国と在韓米軍の間のバッファー・ゾーン(緩衝地帯)として存在意義がある。

 さて、我が国の一部報道機関は、北のミサイル発射を受けて、早速、一般の日本人や在日コリアンに対し、今回の北朝鮮による「人工衛星」打ち上げに関して質問をしている。当然、北朝鮮の「人工衛星」発射に対して「怖い」とか「やめて欲しい」と否定的な答えが返ってきた。このような質問自体に何の意味があるのだろう。
 問題の本質は別のところにある。日本の一部メディアは、金正恩が“クレージー”なため、我が国をターゲットとしてミサイルを打ち込んでくると、本当に考えているのだろうか。だとしたら、とんでもない“思い違い”である。
 金正恩の狙いは、日本や米国と“戦争”するのではなく、対中東“ビジネス”にあると考えるべきだろう。北朝鮮は金体制維持のため、核やミサイルを開発している。そして、北はイラン(あるいは、イランと敵対関係にあるサウジアラビア)に核・ミサイルを売却しようと目論んでいるのではないか。
 周知のように、最近、米国では大統領選挙の予備選が始まった。今年11月には、新大統領が誕生する(就任は来年1月)。
 来年以降、金正恩は対中東“ビジネス”以外、米新大統領との駆け引きに核やミサイルを“外交カード”として利用するかもしれない。所謂「弱者の恫喝」である。恐らく北朝鮮は、未だ北主導で朝鮮半島統一を成し遂げるつもりだろう。
 だからと言って、北朝鮮が直接、対日・対米戦争を覚悟しているとは到底思えない。従って、日朝戦争・米朝戦争が起こる確率はゼロに近いのではないか。しかし、「戦争が絶対に起こらない」とは言い切れないので、我が国も北に対してしっかり守りを備えるべきだろう。
 金正恩がこの核・ミサイル開発の“ビジネス”は儲かると踏んでいる限り、今後も、北朝鮮は核実験やミサイル試射を止(や)めることはない。国際社会は難しい対応を迫られている。


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