澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -82-
毛沢東型「皇帝」を目指す習近平主席

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年2月19日、習近平主席は、突然、(「党の舌」と呼ばれる)人民日報・新華社・中央電視台(CCTV)を次々と訪問した。そして、習主席はそれら官製メディアに対して、共産党の指導を堅持し、党に忠誠を誓うよう指示を出した。
 今年1月以降、習近平主席は自らを中核的指導者(「習核心」)として、各省市で習氏への「忠誠心」を競わせようとしている。この試みは、江沢民元主席(「江核心」)以来だが、習主席は江元主席を歴史的舞台から葬ろうという意図があるのかもしれない。
 習近平政権が成立して以来、自由な言論空間が徐々に狭められている。同時に、習主席は自身以外、人々が讃える像に対しても容赦なく攻撃を加えている。

 例えば、昨2015年7月、香港在住のカリスマ香具師 王林が自分の弟子(鄒勇)を殺すという事件が起きた(正確には依頼殺人)。その事件を調べていた『南方都市報』記者 劉偉が、3ヶ月後の10月、山西省当局に逮捕・拘束されている(逮捕理由は「国家機密違法取得罪」)。だが、幸いにも劉偉はしばらくしてから釈放された。
 また、昨年12月暮れ、甘粛省金昌市永昌県で中1女子が、近所の「華東スーパー」からチョコレートを盗んだと疑われ、近くのビルから投身自殺するという痛ましい事件が起きた。その後まもなく、彼女に同情した地域住民1万人以上が同ス−パーを襲い、金昌市長まで殴打される事態となっている。最終的に、公安や武装警察が出動して大騒動を鎮圧した。
 さらに、その事件を調べていた地方紙の記者3人が、翌年1月、失踪した。その後、当局に「政府への恐喝」容疑で逮捕・拘束されている。

 さて、中国共産党への批判的な本を出版・販売していた香港・銅羅湾書店の株主・店主・従業員ら5人が、昨年来、中国公安に拉致された事件は記憶に新しい。株主の李波はイギリス国籍、店主の桂民海はスウェーデン国籍を所持している。その他の書店員は「一国二制度」下の香港籍である。
 いくら彼らが中国系だと言っても、断じて中国国籍ではない。しかし、彼らは皆、中国大陸内で裁かれようとしている。

 一方、昨年12月、中国河南省開封市で、黄金に輝く36メートル余りの高さの巨大な毛沢東像が建立された。だが、当局はこの建造物に対し手続きが不備だとして、建造後、1週間で取り壊している。篤志家がおカネ(約300万元=約5100万円)を出して作った像だった。さぞかし無念だったろう。
 また、今年1月17日、山西省呂梁市交城県の広場に、高さ約10mの華国鋒元主席(1976年、毛沢東死去後に登場し、「4人組」を逮捕。2008年死亡)の像が建設された。華国鋒生誕95周年を記念して建てられたものである。
 けれども、この像が当局によって撤去されようとした。同地方住民にとって華国鋒は“英雄”である。翌2月17・18日、数万の住民と公安が衝突した。結局、像の撤去は“凍結”されたという(だが、いつまた当局によって撤去されるかはわからない)。
 恐らく、習近平主席は、自らは崇拝されたいようだが、(既に死んでいる人物であっても)他の“英雄”が崇拝されることが、よほど気に入らないのだろう。だから“難癖”をつけて、毛沢東像や華国鋒像の解体や撤去を求めたに違いない。
 或いは、習近平主席に対し、ゴマをすろうとした(=習主席に「忠誠心」を見せようとした)党幹部によって、像の解体や撤去作業が行われた可能性もある。

 ところで、中国共産党は過去の反省(「文革大革命」等)から、2度と毛沢東のような“独裁者”を出さないよう新しいルールを導入した。政治局常務委員会(現在では原則7人)という“民主的システム”である。その中では、序列は関係なく、1人1票の多数決で物事を決定する。
 しかし、習近平主席は毛沢東以後の共産党の新ルールを完全に無視した。「反腐敗運動」に名を借りて政敵を打倒し、事実上「皇帝」のように振る舞っている。そして、習主席は権力を一身に集中させた。これでは、習氏が「第2の文革」を起こしたと言われるのも仕方がない。
 中国共産党内で唯一の“民主的システム”が機能しないのでは、今後、習近平体制の政権運営が危ぶまれよう。


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