澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -124-

もし中国に「3つの懸念材料」が起きたら?


政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年2016年6月12日付『人民日報』に、鄭秉文(中国社会科学院「中国の特色ある社会主義理論体系研究センター」研究員、米国研究所所長)の「国際的経験の観点から、長期間いかに成長の原動力を維持するか」という一文が掲載された。概略は以下の通りである。
 習近平総書記(兼国家主席)が登場して以来、中国共産党結党100周年(2021年)では「小康社会」(割合ゆとりのある社会)を、中華人民共和国建国100周年(2049年)では「社会主義で現代化された国家」を建設するという「2つの百年」の実現を目標に掲げた。同時に、習総書記(同)は「中華民族の偉大なる復興」も掲げている。

 第2次大戦後、一部の経済体は、「中進国」の段階を経て、「先進国」となった。次に、「アジアの4小竜」(韓国・台湾・香港・シンガポール)は、60年代から経済的に飛躍を遂げ、80年代から90年代初頭にかけて「先進国」と同列となった。

 その後、中欧・東欧の新興市場経済体や南米大陸の“優等生”らも、「中進国の罠」を超えて、「先進国」となった。南米の一部の国家は「中進国の罠」に陥っていたが、2011年、チリとウルグアイは、「先進国」の仲間入りを果たした。

 これらの経済体は、それぞれ歴史的条件が違い、発展の道のりが異なり、様々な経験を経て「先進国」となっている。

 しかし、総じて3つの経験に帰納できるだろう。

 第1に、「先進国」はあらゆる点で生産性を高めた。老舗の資本主義国家あらゆる点で生産性を上げたことが、重要な成長の原動力となっている。技術の進歩を促進し、創造性を高め、60年代から70年代にかけて、すでに「先進国」へと到達した。

 第2に、「先進国」は対外開放を堅持した。「アジアの4小竜」に代表されるように、海外へ向かって発展戦略を採り、国際的分業に参加し、世界経済の発展に乗って、「中進国の罠」を超えた。

 第3に、「先進国」は市場経済を導入している。もともと中欧・東欧のファンダメンタルズは良かった。初めから、一人当たりの収入が2000米ドル〜3000米ドルもあった。市場経済を導入して、生産力は高まった。記述のように、南米ではチリとウルグアイが「中進国の罠」から抜け出し、南米のモデル的市場経済国家となっている。

 翻って、著者は、中国には「中進国の罠」を超えられるだけの条件を備えているという。

 1978年12月の「改革・開放」以来、中国は4つの段階を踏んできた。

 第1は、「発展途上国」段階(1978—1998年)である。この期間、一人当たりのGDPが190米ドルから820米ドルに達している。20年の時間を費やし、「途上国」段階を抜け出した。

 第2は、下位「中進国」段階(1999—2009年)である。労働集約型輸出品が対外貿易成長の牽引役を担った。

 第3は、上位「中進国」段階(2010—2023年頃)である。成長が鈍化し「新常態」となった。

 第4は、「先進国」入り(予測では2024年頃から)である。2035年前後から中国の一人当たりの収入は2.6万米ドル〜3.0万米ドル(2015年が基準)になるという。

 最後に、著者は中国が「中進国の罠」に陥らず、「先進国」へ移行するためには、(1)新機軸を打ち出す創造性、(2)対外開放の堅持と市場経済の導入、(3)ソフト・パワーの充実等が必要だと説いている。

 論文中、もしも、今後、中国に「3つの懸念材料」(政治上の破壊的過ち、経済上の破滅的な打撃、制度上の断層的変動)が起こらなければ、6、7年後には「中進国の罠」に陥る心配がなくなるという。

 しかし、米国在住の中国研究者、何清漣が喝破したように、「3つの懸念材料」の存在を前提条件にしている時点で、「先進国」到達の可能性は半分しかない。逆に言えば、「3つの懸念材料」が起こる可能性が半分もある。したがって、何清漣は、“バラ色の未来”の実現はきわめて困難だと指摘した。

 さて、われわれが以前から主張している通り、今の中国はすでに「中進国の罠」に陥っている。

 具体的には、(1)人件費が上昇し、(2)後進国から猛追を受け、(3)「先進国」と比べ、絶対的な技術力格差がある。そのため、世界的に、競争力を失い、成長が減速した。

 ましてや、中国では、ほとんど民主主義が作動していない。いわば“制度的欠陥”を抱えている。今後、中国が「中進国の罠」から抜け出すのは、かなり難しいのではないだろうか。




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