今年7月12日、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は、中国が南シナ海に設定した「九段線」(「中国の赤い舌」。1947年、国民党が定めた「十一段線」を中国共産党が引き継ぐ)には法的根拠がないという判決を公表した。画期的な判断である。
最初、仲裁裁判所は「九段線」の審理を留保していた。だが、同裁判所は南シナ海に関しても「管轄権を有する」との結論を出した。そして、以下の判決を下している。
第1に、裁判所は中国の主張する「九段線」内の海域について、同国が歴史上、排他的に支配してきた客観的な証拠はないと判断した。
第2に、裁判所は、南沙諸島(英語名:スプラトリー諸島)の岩礁はすべて「島」ではなく、200カイリの排他的経済水域(EEZ)を持たない「岩」(=岩礁)、あるいは、高潮時には水没して12カイリの領海も発生しない「低潮高地」(=暗礁)だとした。
第3に、裁判所は、フィリピンのEEZ内で、中国が人工島造成するなどし、同国がフィリピンの主権を侵害していると断定した。
第4に、裁判所は、中国による埋め立てがサンゴ礁の生態系を損なっていると認定し、同国の環境保護に対する義務違反だとした。
今度の裁定は法的な拘束力は持つが、罰則などの強制を伴わない。裁定を執行する機関が存在しないからである。
そのため、中国は一貫して、その裁定を無視しようとしている。つまり、習近平政権は、中国が米国と共に、世界を二分する大国なので、「法の支配」を尊重する必要はないと考えているに違いない。
歴史的に見れば、1995年、中国は、南沙諸島のミスチーフ礁(中国名:美済礁)に建築物を建て、実効支配を開始した。これは、米軍がフィリピンのクラーク空軍基地(1991年)、スービック海軍基地(1992年)から撤退した後である。南シナ海での米国のプレゼンスが低下した隙を突いた形となった。
2013年1月、フィリピン政府は、ついに南シナ海における中国の主張や行動は「国連海洋法条約」違反だとして仲裁裁判所に訴えた。
同年6月、フィリピン・ルソン島西方沖にあるスカボロー礁(中国名:黄岩島)をめぐっても、中国とフィリピンは対立している。
ちなみに、その前年の12年7月、中国は、海南島の南東に位置する西沙諸島の永興島(英語名:ウッディ島)に「三沙市」を設立した。そして、「三沙市」は中沙、南沙諸島をも管轄すると発表した。この島には軍用空港があり、中国人観光客が島々を訪れている。
言うまでもなく、南シナ海は、戦略上重要な水域である。2011年11月、オバマ米大統領が「リバランス政策」を打ち出した。しかし、オバマ政権は南シナ海問題では、腰が引けていた。そのため、中国が同海域へ積極的に進出してきている。
ところで、昨2015年来、中国は、今回の仲裁裁判所の判決を盛んに牽制してきた。
今年7月5日、戴秉国・前国務委員(胡錦濤政権下で外交担当トップ)は米ワシントンで講演した。その際、南シナ海問題をめぐる判決を「ただの紙くずだ」と批判している。
翌6日、ケリー米国務長官は王毅外相と電話協議した。その際、王外相は、南シナ海問題の仲裁裁判について、判決を受け入れないと改めて主張している。
そして、王外相は「結果がどうであろうと中国は自らの領土や海洋権益を守る。米国が領土問題で言行を慎み、中国の主権を損ねるいかなる行動も取らないよう求める」とケリー長官に伝えた。
だが、ケリー長官は「関係国が自制を保つよう期待する」と述べたにとどまっている。
習近平政権は、7月5日から11日まで南シナ海で軍事演習を行った。仲裁裁判の判断が12日に示されるのを前に、領有権を主張する思惑が透けて見えるだろう。
中国は、「国連海洋法条約」を批准している。本来ならば、裁判所の裁定を遵守しなければならない。ところが、判決当日、習近平国家主席は「中国は仲裁判断のいかなる主張も動きも受け入れない」と公言した。
周知の如く、目下、中国経済は落ち込んで、その回復はきわめて困難である。そこで、習近平政権は、「核心的利益」を守るためと称し、(東シナ海を含め)南シナ海で軍事行動を起こす機会を狙っている公算が大きい。
実際、判決前日の7月11日、「国防法」の規定に基づき一部の退役軍人を部隊に呼び戻していると伝えられている。
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