澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -137-

中国の党内闘争に利用された趙薇と水原希子


政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年7月16日から台湾や香港ではFacebook上で「第1回対中国謝罪大会」が始まった。
 2日後の18日付BBC中文版によると、例えば、台湾のネットユーザーからは「台湾の空は青すぎて、中国に本当に申し訳ない」と大気汚染が深刻な中国を皮肉るコメントが寄せられた。
 一方、香港のネットユーザーからは、「香港人は海外ブランドの粉ミルクを中国人に売り過ぎてるね。中国ブランドの粉ミルクを飲まないと、中国の子どもの脳は発達しないのに。ごめんなさい」と、中国国内の現状を皮肉るコメントが寄せられたという(その後、まもなく中国では「第1回対台湾謝罪大会」が開始された)。

 なぜ、台湾・香港で「対中謝罪大会」が始まったのか。直接には、台湾の有名俳優、戴立忍(レオン・ダイ)が主演映画を降ろされたのに起因する。戴は中国から「台湾独立派」とのレッテルを貼られた。

 かつて戴立忍は、台湾「ひまわり運動」を支持したり、法輪功系メディアのインタビューに応じたりした。そのため、戴は「反中」的だと決めつけられている。

 そして、7月15日、中国版Twitter「微博」(ウェイボー)を通じて、戴立忍が映画を降ろされた事が発表された。

 実は、その前月(6月)27日、趙薇(ヴィッキー・チャオ)監督映画『没有別的愛』(仮訳:『他の誰も愛さない』)のクランクアップ後、趙薇と戴立忍の二人の写真が「微博」上にアップされた。

 趙薇は中国安徽省出身で『少林サッカー』(周星馳監督)や『レッド・クリフpart1・part2』(呉宇森監督)などに出演して、日本人にもお馴染みの女優である。

 翌7月6日、中国共産党の「共青団」中央は、突然、「微博」で、趙薇・戴立忍、および映画『没有別的愛』を厳しく批判した。後述の如く、これは中国人お得意の「指桑罵槐」(桑を指して、槐<えんじゅ>を罵る)の典型である。

 同15日、戴立忍は声明を発表し、公式に謝罪した。もともと、戴は外省人(1949年、蒋介石と共に渡台)を父親に、本省人(=台湾人)を母親に持つ。戴立忍は台湾の民進党を明確に支持したことはないと本人は弁明した。

 実際、『没有他的愛』は、すでに撮影が終了している。現時点で、撮り直しするかどうかは不明である。

 戴立忍同様、『没有別的愛』に出演した女優、水原希子に対しても、中国のネットユーザーは“難癖”をつけた。

 周知のように、水原希子は日本を中心に活躍している。父親はアメリカ人、母親は在日コリアンである。水原は米国テキサス州ダラスで生まれたので、米国籍を持つ。正式な名前は、オードリー・キコ・ダニエルという。

 昨2015年、水原希子は、マンガ・アニメを実写化した『進撃の巨人』(原作:諫山創)で、ヒロイン・ミカサ役を演じている。

 さて、数年前から、反骨の芸術家、艾未未(アイ・ウェイウェイ。北京オリンピックのメインスタジアム「鳥の巣」を製作)がInstagramで、天安門広場で、天安門に向かい中指を立てている自撮り写真をアップしていていた。

 最近、水原希子は、それに対しうっかり「いいね」を押した。水原は1時後にそれを削除した。けれども、中国ネット上で大炎上している。

 そのため、7月15日、水原希子は「微博」上で「中国人を侮辱して申し訳なかった」という英語での謝罪ビデオを公開した。その中で、水原は艾未未を励まそうとして「いいね」を押したと弁明している。

 今後、水原希子がこのまま『没有別的愛』に出演し続けることができるかどうか微妙である。

 ところで、「共青団」の中心的人物、李源潮・国家副主席が、目下「反腐敗運動」で失脚の危機に直面している。今年7月4日、失脚した令計劃(前中央弁公庁主任)の「無期懲役」が確定した。「共青団」二人目の大物の転落が間近に迫っている。

 そこで、「共青団」は、既述の「指桑罵槐」の手法を使った。ネット上で若者の「愛国主義」(中国ナショナリズム)を扇動し、習近平政権を攻撃しようとしたのである。「共青団」の本当の“攻撃相手”は、趙薇・戴立忍・水原希子ではなく、習近平主席に間違いないだろう。

 これに対し、同月17日、『人民日報』海外版で、習主席の側近が「共青団」を非難した。これは、習近平側からの反撃である。

 筆者は、今日、世界で起きている「フランス・ニースでのトラックによるテロ事件、トルコの軍事クーデター、中国南部の洪水、南シナ海問題は、いずれも『趙薇事件』よりも一万倍以上も重要である」と指摘した。

 そして、筆者は、いたずらにナショナリズムを煽るのは良くないと主張した。

 結局、趙薇・戴立忍・水原希子らは、中国共産党の党内闘争である「太子党」対「共青団」(プラス「上海閥」?)に利用されたに過ぎないと思われる。

 

 Ø バックナンバー  

  こちらをご覧ください
  

ホームへ戻る