澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -435-
なぜ台湾は「新型コロナ」対策に成功したのか?

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 周知の如く、我が国では今年(2020年)4月の習近平主席訪日を控えていた。だから、安倍晋三首相が中国人観光客をシャットアウトできなかった。3月5日、日中間の合意で、習主席訪日が延期となり、その後、安倍首相はようやく中国人の受け入れを拒否したのである。
 他方、小池百合子都知事は、今年夏の東京五輪を控えていた。そこで、都民に対し「緊急事態宣言」が出せなかった。だが、3月24日、東京五輪の1年延期が決定した後、小池都知事は、急に、都民に対し、不要不急の外出を控えるよう要請している。
 以上のように、日本の「新型コロナウイルス」(いわゆる「武漢肺炎」。以下、「新型コロナ」)への対応には疑問符が付く。
 我が国と比べ、台湾政府の対策は目を見張る。なぜ台湾は「新型コロナ」対策に成功したのだろうか。
 第1に、民進党の蔡英文政権は、馬英九政権時代(2008年〜2016年)とは異なり、習近平政権と鋭く“対峙”していた。「独立派」と目される民進党は、中国共産党の提唱する「一国両制」(1国家、2制度)での「中台統一」をほとんど考えていない。
 また、今年(2020年)1月11日、台湾の総統選挙・立法委員選挙で、民進党は勝利した。台湾有権者が、政治的に中国大陸との距離を置く選択をしている。そのため、中国武漢市で「新型コロナ」が発祥すると、すぐさま中国人の渡台を厳しく制限した。これが結果的に良かった。
 第2に、台湾は世界保健機関(WHO)に加盟していない。これも幸いした。中国共産党の反対で、今なお、台湾はオブザーバーとしてもWHOに参加できない。皮肉にも、今回、台湾がWHOに加盟していなかったので、蔡英文政権は素早い動きが取れた。
 今年に入ると早々に、台湾は、中国人の入国を拒否した。蔡英文政権は「新型コロナ」の台湾島内拡大を敢然と阻止したのである。同時に、蔡政権は、WHOのテドロス事務局長の勧告を無視した。
 中国への“忖度”が止まないテドロス事務局長ですら、「新型コロナ」に対して「行動すべき時期は実際、1ヶ月余りまたは2ヶ月前だった」告白している。同事務局長は、世界への警告が遅すぎた。
 実は、2002年から翌03年に東アジアで流行したSARS蔓延の際には、台湾では、73人が犠牲になった。台湾では、今回、この苦い教訓が活かされている。
 また、台湾は、2018年夏、中国遼寧省で発祥した「アフリカ豚コレラ」(ASF)の時にも、SARSの時の教訓が活きている。中国を中心に発祥したASFも、依然、台湾には侵入していない。台湾防疫当局が、見事にASF感染をシャットアウトしている。
 我が国では、SARS拡大の際、水際で食い止めた。ASFも防いでいる。そのため、感染症専門家を含め、「新型コロナ」を軽く考えていたふしがある。
 第3に、現在、台湾の蔡英文政権に2人の優秀な大臣がいる。IT担当大臣の唐鳳は、薬局におけるマスクの在庫状況が一目で分かるアプリを導入した。また、早くからマスクの記名購入制度を導入している。
 もう1人の陳時中衛生福利部(厚生省)大臣は、毎日、「新型コロナ」に関して、丁寧に島民へ説明している。また、記者の質問がなくなるまで会見を行う。
 3月26日に発表されたTVBSの世論調査では、陳時中への支持率(正確には満足度)は、91%にものぼった。そこで、蔡英文総統は、60%という高い支持率(同)を得ている。
 第4に、台湾は、習近平政権の「一帯一路」と“無縁”だった。
 EUの中では中国の「一帯一路」に深く関わったイタリアとスペインが悲惨な状況に陥っている。中東では、中国との関係が密接なイランが大変な事態となっている。韓国も然りである。換言すれば、「新型コロナ」が「一帯一路」で運ばれたとも言えよう。
 なお、米国は「一帯一路」に参加していない。だが、「新型コロナ」が蔓延している。なぜか。例えば、北京の工作は、名門、ハーバード大学にも深く浸透している。同大学は、中国共産党の「第2党校」とまで、揶揄されている(学長夫妻が「新型コロナ」に感染した)。
 一方、我が国にも、一部に、習近平政権の推し進める「一帯一路」礼賛者がいる。中国共産党の同政策が、相手国との「ウィン・ウィン」となる経済関係だけにとどまれば何の問題はない。ところが、北京の真の狙いは、世界的な軍事覇権である。
 米国の「パクス・アメリカーナ」(米国による平和)に代わり、「パクス・シニカ」(中国による平和)を打ち立てる戦略の下、「一帯一路」が遂行されている。日本の「一帯一路」礼賛者は、その事に目をつむって、経済的利益しか見ていない。このように、バランスを欠いた視点では、中国共産党の術中を嵌ってしまうだろう。