中国のコロナウイルスを利用した「マスク外交」の失態

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 中国の武漢で発生した新型コロナウイルスは、今尚、全世界で猛威を振るっているが、中国政府は自国での感染を克服したとして、他国の防疫努力を支援するという言動を取り始めた。多数の被害諸国にマスクや人工呼吸器、医師団までを送るようになったのだ。この中国の対外活動は、欧米では「マスク外交」とも評される。では、その結果はどうなのか。
 
 中国外務省の3月末の発表によると、中国政府は欧米、日本、東南アジア、中東、アフリカなど合計120ヵ国に医療用のマスクや防護服、検査キット、人工呼吸器などを提供し、合計170人に及ぶ中国人医師団をも派遣したという。
 中国当局はこうした動きの背景として「新型コロナがアメリカの世紀を終わらせた。アメリカは世界の災難の前に他国を助けられない」(官営メディアの「環球時報」の評論)という強烈な政治宣伝を発信している。
 批判されるアメリカの側では、中国がコロナウイルス感染を当初、隠蔽し、虚偽の情報までを流したことが国際的な感染を広げたという反論が多く、中国の今の動きに対しては「放火犯が消防士のふりをしている」というような辛辣な批判も出たほどだ。
 さて、中国政府のこうしたコロナウイルスに関連する対外活動について、アメリカの大手紙ワシントン・ポストが世界各地の記者を動員した総合レポートを4月14日付の紙面に載せていた。
 この記事は中国政府が自国の国際的な印象や指導力を宣伝するために、コロナウイルス感染防止のマスクや検査キットを寄贈するだけでなく、諸外国のメディアなどを利用して、中国に有利な主張や情報を発信する活動を広げている実態を伝えていた。
 そして同記事は、結論として「中国がコロナウイルスの感染で傷ついた自国の対外イメージを修復するための試みはかえって逆の効果を招いた」という厳しい総合判断を下していた。
 この記事はその「逆の効果」、つまり中国のマスク外交の失態の証拠として以下のような実例を挙げていた。
 
 ・イギリスでは、下院の外交委員会が政府に対して、中国当局が発信しているコロナウイルスの発生や拡大についての情報は虚偽が多いとして、特別の調査を開始することを要求した。
 
 ・ドイツでは、駐在する中国政府外交官がドイツの議会の一部に働きかけて、中国政府のコロナウイルス対策を賞賛する声明を出させようと試みたことに対して、ドイツ議会の他の組織が抗議の声をあげて阻止した。
 
 ・スペイン、チェコ、オランダの各国では、それぞれの政府が中国が提供したコロナウイルス対策用の大量のマスクと検査キットに欠陥があるとして、返却する措置をとった。
 
 ・ナイジェリアでは、政府が中国人医師団をコロナウイルス対策のために招こうとしたのに対して民間の医師協会が反対し、「中国医師団はウイルスを持ちこむ恐れがある」とまで述べて、論議を招いた。
 
 ・ブラジルでは、教育大臣が「中国はコロナウイルス対策に必要な医療器具を国際的に独占することで世界制覇を図っている」と発言したのに対して、中国のブラジル駐在の外交官たちが激しく反論して、衝突した。
 
 ・イランでは、保健省報道官が中国のコロナウイルス感染者の発表は正確ではないと発言したことに対して、現地の中国人外交官が激しい反論と非難を表明した。
 
 ・スリランカでは、地元の実業家が中国政府の新型コロナウイルスへの対応を批判する発言をしたことに対して、現地の中国大使らが、「まったく根拠のない虚偽宣伝だ」と反撃して、論争となった。
 
 以上のような事例は、いずれも中国のマスク外交の失態の顕れというわけだった。