JFSSボストン・レポート(2020年5月)
非常事態下の米国での研究生活と「新しい日常」へ向けた動き

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研究員・ハーバード大学アフリカ研究センター燕京客員研究員 佐藤裕視

 本稿は新型コロナウィルス(COVID-19)の蔓延に伴う非常事態宣言下の米国の状況と動向を紹介するものである。なお、本稿は筆者の個人的な経験に基づくものであり、米国全般の情勢を俯瞰する上ではより多角的な情報源を併せて参照することをお勧めする。本稿は筆者の勤務する(1)大学という視点(2)生活一般、そして(3)2020年5月現在の動向という3つの視点から構成されている。筆者は2019年8月末より米国ハーバード大学アフリカ研究センターに、燕京研究所と同センター共同のアフリカ地域研究プログラムに客員研究員として在籍し、西アフリカ地域と国際関係論に関する研究を行っている。筆者は米国東海岸北東部のニューイングランド地方マサチューセッツ州ケンブリッジという大学街に居住しており、エリアとしてはボストン広域圏(Greater Boston)と呼ばれる地域に位置する。
 
【写真1】東アジア・東南アジア研究で著名なハーバード燕京研究所
(2019年8月マサチューセッツ州ケンブリッジ市筆者撮影)
 
 米国では2020年3月15日に新型コロナウィルスの蔓延に伴う大統領非常事態宣言が発令されて早2ヵ月が経とうとしているが、約140万人を超える感染者数を出し、世界で最も感染者数の多い国となっている。ただ、5月16日付けのニューヨークタイムズ紙の報道によれば、4月30日から5月14日にかけて新規感染者数が減少傾向にあるという1。さらに今般のパンデミックが米国で深刻化して以来、日本で多くに報道されているニューヨーク州においても数字の上では感染の拡大が抑えられてきている兆候が垣間見える。とは言え、米国が今もなお非常事態下にあり、各州において異なるものの公共施設や商業施設の閉鎖といった措置がとられている非日常にあることは事実である。
 
【写真2】D.トランプ米大統領による非常事態宣言を伝えるCNNの報道番組
(2020年3月マサチューセッツ州ケンブリッジ市筆者撮影)
 
 筆者の住むマサチューセッツ州では2019年3月中旬より州知事による外出規制が発せられ、いわゆる「不要不急」の外出や200人以上の集会、その他人の集まりについて制限が課された。私の所属する大学も例外ではなく、ハーバード大学は3月15日より順次大学構内を閉鎖し、学部生などは居住する寮(House)を1-2週間程度で退去することが命ぜられた。米国の大学では3月第2〜3週にかけては短い春休み(Spring Break)とされた。この間に幸い多くの学生は円滑にキャンパスを離れることができたが、多くの留学生や遠方から就学している大学院生などは困難に直面した。結果的にこうした学生の大部分は引き続きキャンパス周辺に留まることが許可された。この間に筆者は充実した奨学金制度で改善されつつあるとはいえ、学生間の貧富の差、出身地域・国の差、滞在するための許可証(ビザ)の差といった米国社会における様々な格差を垣間見たように思う。
 このような中で、米国の大学では春休みがあけた新学期より、オンラインでの授業が開始された。私の知る限りでは、ハーバード大学は米国内でもいち早く授業をオンラインに切り替え、全ての正規課程に所属する学生及び非常勤講師から教授、事務職員にオンライン・ビデオ会議システムの有料アカウントが無償で割り当てられた。筆者もプログラム課程で必須とされるコースワークや演習、会議だけでなく、大小様々なセミナー(こちらでは「ウェビナー(Webinar)」という名称が定着しつつある)の出席のために利用している。さらには日本の大学の内外で行われている演習や読書会等も時差さえ除けば、ほぼ不自由なく参加できる状況にある。かつてオンライン化、デジタル化を中心に多面的な教授方法の導入が盛んに叫ばれつつもなかなか導入に至らなかった日本の高等教育研究環境であるが、ここに来て新しい局面を迎えているということは間違いないだろう。
 
 
【写真3】大学構内に貼り出されたコロナウィルス防疫のためのポスター
(2020年3月マサチューセッツ州ケンブリッジ市筆者撮影)
 
 
【写真4】COVID-19の影響で閉鎖されたハーバード・ビジネス・スクールの建物
(2020年3月マサチューセッツ州ボストン市筆者撮影)
 
 生活一般に関しては、ボストン近郊では米国内でも相対的に落ち着いた状況にある。品薄の商品棚、日用品を買い求めるためにスーパーマーケットに押し寄せる客、不況によって解雇を免れなかった失業者が役所に詰めかける列、こうした画は日本でもセンセーショナルに報道されていたが、多くはN Y市を中心とする米国の一例に過ぎない。日本で報道が少ない話題としては、米国人の衛生観念の大転換がある。日本では当たり前とされてきた手洗いやうがい、こまめな消毒や清掃、外出時のマスク(こちらではより一般的なフェイスカバー(face cover)という表現が好まれる)の着用、これら全て連邦政府や州政府、自治体、会社、大学などあらゆるレベルで徹底して推奨されるようになった。これに伴い、多くの米国人が4月以降マスクをして外出し、人と人との距離を保つ社会的隔離(Social Distancing, この表現をめぐっては社会的な孤立(isolation)というニュアンスが伴うことから、「物理的隔離」と併用する声も少なく無い)を実践するなど2、変化が見受けられる。コロナウィルスが蔓延し始めた2、 3月にはアジア系住民が不当な暴力や罵声を受けるなど3、ヘイトクライムの対象とされてきたマスク姿も今やごく一般的な光景になりつつある。
 また、飲食店や百貨店が苦しむなかで活況を呈しているのが通販・運送業界である。そもそも米国では自動車などの移動手段の無い人向けに日用品や医薬品、衣料品などをスマートフォンのアプリで購入し、その日のうちに自宅の玄関先まで配達してもらえるシステムが発達している。筆者自身、週に一度はこの宅配システムを利用しており、今回のコロナウィルス蔓延はこうした米国都市部に浸透していたサービスへの需要を急激に増加させている。
 
【写真5】社会的隔離を奨励する公園の掲示
(2020年4月マサチューセッツ州ケンブリッジ市筆者撮影)
 
 
【写真6】社会的隔離を維持しつつスーパーマーケットへの入店を待つ客
(2020年4月マサチューセッツ州ケンブリッジ市筆者撮影)
 
 
【写真7】医療従事者への謝意を記した張り紙
(2020年4月マサチューセッツ州ケンブリッジ市筆者撮影)
 
 このような米国ボストン広域圏にあって、今一番の人々の関心は「いかに安全に・いつ経済活動を再開するか」という問題にある。目下、明るいニュースとしてはマサチューセッツ州知事が段階的に、感染者数の推移など公共衛生の様子を見つつ、段階的に飲食店をはじめとする経済活動の再開を示唆したことである4。5月10日の記者会見でベイカー州知事は経済再開の道筋を4段階に分けた計画を発表した。5月16日現時点で具体的なセクターについては言及していないが、産業ごとに徐々に営業を再開し、その営業方法や能力に制限を設けるという出口戦略である。最終段階にはワクチンの開発・治療法の確立を伴った「新しい日常(New Normal)」が位置付けられている。ただし、こうした上からの経済活動再開のイニシアティブに対しては早速法律家や市民から拙速な再開はウィルスの蔓延へと逆戻りをしかねないという懸念が表明されている。
 今後こうした駆け引きは全米各地で繰り広げられてゆくだろう。連邦政府と州政府における経済再開への基準の違い、州政府と市民との間の意見の隔たり、経済的利益を追及する声と慎重な防疫措置に基づく安全を求める声、「新しい日常」に至るまでにはこうした価値観の衝突と向き合わなくてはならない。ただ一つ言えることは、経済利益と人々の健康・安全をめぐる議論が、米国の民主主義政治において新たな論争の軸を形成したことである。2021年には大統領選挙を迎える米国政治が、こうした「新しい日常」に向けた価値の衝突にどのように対処してゆくのか、注目する価値は大いにあるだろう。
 
【写真8】マサチューセッツ州知事の記者会見で示された「新しい日常」までの4段階
(2020年5月15日付NBC Boston Newsより)
 
 
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[1] “Coronavirus Cases Slow in U.S., but the Big Picture Remains Tenuous.” New York Times. May 16, 2020.
[2] Maragakis, Lisa Lockerd. “Coronavirus, Social and Physical Distancing and Self-Quarantine.” Johns Hopkins Medicine.
[3] “What's spreading faster than coronavirus in the US? Racist assaults and ignorant attacks against Asians.” CNN. February 21, 2020. 
[4] “Gov. Baker Reveals New Details About Reopening of Mass.” NBC Bosoton. May 15, 2020.