澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -444-
「政府活動報告」が示唆する中国経済の実態

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)5月22日、中国では例年より2ヵ月半以上も遅れて、全国人民代表大会が開催された。
 李克強首相が「政府活動報告」を行ったが、その中で、中国の消費状況について、さりげなく触れている。昨2019年の国内総生産(GDP)は99.1兆元(約1496兆円)で、消費(正確には、社会消費品<財>小売総額)は40兆元(約604兆円)だと述べた。しかし、その2つの数字に着目すると、GDPに占める消費の割合が40.4%とかなり小さい。
 教科書的に、GDPは(1)投資(2)消費(3)政府支出(4)貿易収入(輸出額から輸入額を差し引く)から構成される。
 中国の場合、中央政府や地方政府が民間企業へ補助金を出す事によって、投資を活発化できる。また、北京が政府支出を多くすれば、GDPを増やせる。更に、政府が民間企業へ奨励金(輸出還付金)を出せば、輸出を伸ばす事も可能となるだろう。
 けれども、社会全体の消費を増やすのは決して容易ではない。国民全体に、ある程度の豊かが求められる。そして、国民の欲しいモノが次々と出現しない限り、消費を喚起するのは難しい。
 ここで、ごく簡単に、近年の中国経済(GDPと消費の関係)を振り返ってみよう。
 2012年11月、習近平政権が誕生した。だが、同年に関する経済的数字は、胡錦濤前政権が責任を負う。同年、GDPに消費が占める割合は39.1%だった。
 実質的に、習政権は翌2013年から始動したと考えられる。同年、消費はGDPの40.6%を占めた。2014年には、中国のGDPに占める消費の割合が41.2%となり、中国もいよいよ「投資主導型経済」から日米のような「消費主導経済」(日本はGDPに占める消費の割合が約6割、米国は約7割)へとの移行が期待された。
 ところが、翌2015年、中国のGDPに占める消費の割合が38.0%と昔に逆戻りした。なぜなら、その年、中国では株バブルの崩壊があったからである。
 同年6月中旬、上海証券取引所では(ここ10年で)最高値の5,000ポイントを超えた。だが、翌7月には、株価が約30パーセントも下がり、バブルが崩壊した。
 実は、中国には「李克強3指標」と呼ばれる“物差し”がある。李克強首相が2007年、遼寧省トップだった頃、中国の数字で信用に足るのは(1)電力消費量(≒発電量)(2)貨物輸送量(3)銀行の貸付残高くらいだと米外交官に語ったという(李首相は、それ以外の数字は「人工的」だと述べた)。
 中国当局が発表した2015年の数字を見てみると、(1)発電量と(2)貨物輸送量は、共に前年比マイナス(発電量は-3.0%、貨物輸送量は-5.0%)だった。
 他方、同年、消費のGDPに占める割合が3.2ポイントも下落している。この38.0%という数字は、2012年の39.1%よりも低い。GDPに占める消費の割合が急に小さくなったのは、GDPが大幅に減少したからではないか。
 この数字は、我々の主張する「2015年GDPマイナス説」を裏書きしている。おそらく、中国当局は同年のGDP(公式発表では6.9%成長)を水増ししたと考えられよう。
 さて、2016年、GDPに占める消費の割合は44.6%と大幅に伸張した。しかし、翌2017年には、それが44.3%と伸び悩んだ。更に、2018年、2019年、GDPに占める消費の割合が42.3%、40.4%と右肩下がりになっている。
 特に、昨2019年の場合、その数字が習近平政権の発足した2013年当時に逆戻りした。これはGDPが必ずしも、中国共産党の思惑通りに伸びていない事を示すのではないか。
 前述の如く、政府や民間の投資に関しては、中国共産党指導の下、増やす事が可能である。しかし、消費に関しては、政府が中国人民に強制するのは難しい。大半の中国人民が、一定程度の豊かを享受していない限り、そう簡単に消費は増やせないだろう。なお、最新のデータでは、5.6億人(人口の4割)は銀行預金がゼロだという。
 実際、中国には、未だ膨大な数の貧困層が存在する。習近平政権は、2019年末、全国農村貧困人口は551万人となり、前年比1,109万人減少したと胸を張る。しかし、北京政府の定義する貧困層とは、(不変価格で)年収2,300元(約3万4,500円)以下である。
 一般に、貧困には「絶対的貧困」と「相対的貧困」とに分けられる。
 中国の場合、「相対的貧困」層を入れずに「絶対的貧困」層だけを貧困人口としている。だが、2015年10月、世界銀行は、国際貧困ラインを1日1.25米ドル(約135円)から1.90米ドル(約205円)へと改定した。年収では、7万5,000円程度となるだろう。
 いくら中国農村では物価が安いからと言って、国際貧困ラインと比べて年収が半分にも満たない。中国農村の貧しさが窺えよう。この40年間で、中国は鄧小平の掲げた「先富」は達成できた。けれども、豊かさから取り残された人々が、真の豊かを享受できるのは、まだまだ先の話ではないか。