澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -448-
3つの米空母が集結したインド・太平洋地域

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)6月15日付『ヴォイス・オブ・アメリカ』は「米3空母打撃群のインド・太平洋集結は、中国への警告と見られる」という記事を掲載した。それによれば、トランプ政権は3つの空母打撃群をインド・太平洋地域へ派遣したという。「ポスト・新型コロナ」を見据え、中国軍の海洋進出を押さえるためだろう。
 原子力空母「ルーズベルト」がグアム島付近のフィリピン海を遊弋している。また、同空母「ニミッツ」が米西海岸から移動し、西太平洋地域に姿を現した。更に、同空母「ロナルド・レーガン」が日本を離れ、フィリピン海に展開している。米国の3つの空母打撃群がインド・太平洋地域に集結した。
 よく知られているように、1995年夏から96年春にかけて、中国が台湾に軍事圧力をかけた。「第3次台湾海峡危機」である。
 1995年6月、李登輝総統が米国の母校、コーネル大学を訪問した。李総統はそこで講演し、台湾の「民主化」を強調している。その後、中国共産党は李総統を「隠れ台湾独立派」と決めつけ、台湾の対岸で波状的に軍事演習を行った。
 翌96年3月、台湾で初の総統民選が行われた。現職の国民党李登輝・連戦ペア、野党・民進党の彭明敏・謝長廷ペア他、無所属ペア2組(共に国民党系)が出馬している。
 選挙直前、北京は、李ペアの票をできるだけ減らそうとし、北の基隆沖と南の高雄沖へミサイルを打ち込んだ。台湾海峡で緊張が高まった瞬間だった。
 クリントン政権は、2つの空母打撃群を台湾周辺へ急派した。空母「インディペンデンス」と空母「ニミッツ」である。当時、米中の軍事力格差、特に海軍力は歴然としていた。2つの米空母打撃群のプレゼンス下で、台湾総統選挙は無事行われ、李登輝ペアが54%を得票し勝利している。
 北京政府は、屈辱を味わった「第3次台湾海峡危機」を契機に、海軍力増強を図った。現在、中国には「遼寧」、「山東」の2隻の空母が就役(目下、原子力空母を建造中)しているが、これでは米空母打撃群にまだ対抗できない。
 問題は「大陸国家」である中国がいくら海軍力拡充を目指しても、果たして「海洋国家」の米国を凌駕する海軍力を持てるかどうかだろう。
 ここで、第2次世界大戦“以前”と“以後”の地政学的失敗例を概略しよう。
 大戦前、「海洋国家」の大日本帝国は、中国大陸へ進出した。確かに、帝国陸軍は強かったが、決定的な勝利を得られなかった。大陸では点(都市)しか押さえられなかったからである。結局、我が国は敗戦に至った。
 同じく大戦前、「大陸国家」ドイツが英国に対抗し制海権を得るため、Uボート(潜水艦)製造にこだわった。しかし、ナチス・ドイツがいくら頑張っても、所詮、二流の海軍力しか持てず、やはり敗北した。
 大戦後、「海洋国家」の米国は、まず朝鮮半島で戦った。初め、米軍が主力とする国連軍は、鮮やかな戦果をあげている。だが、中国人民志願軍(という名の正規軍)が参戦すると、戦闘が膠着状態に陥った。おそらく米海兵隊は世界最強かもしれないが、米陸軍は必ずしも強くない。
 次に、米国はベトナム戦争に介入する。当時、米国は圧倒的な軍事力を有していた。それにもかかわらず、米国はベトナムに勝利できなかった。このように、米陸軍にはどうしても疑問符が付く。
 一方、冷戦時、「大陸国家」のソ連は米国に対抗して、原子力潜水艦の製造を開始する。ソ連はそれに多額の国家予算を注ぎ込んだ。一時、ソ連は「海洋国家」を目指したが、最終的に米国に敗れた。
 目下、「大陸国家」中国が米国に対抗して、原子力空母製造を目指している。いくら中国が、不得手な海という分野で米国を凌駕しようとしても難しいのではないか。
 かつて、アルフレッド・マハンが「いかなる国家も『大陸国家』と『海洋国家』を兼ねる事はできない」と喝破した。現在でも、この“金言”は活きていると思われる。
 最近、李克強首相がリークしたように、昨2019年、中国のGDPは約630兆円(我が国の1.14倍)に過ぎない。習近平政権は、「新型コロナ」で経済的に大打撃を受けた。だが、軍事費予算だけは前年比6.6%増である。
 他方、「新型コロナ」が世界的に流行したため、北京は77ヵ国からの中国への債務返済を猶予した。しかし、アフリカ諸国から北京に対し、440億米ドル(約4.7兆円)の債務帳消し要求が出されたという(貸し倒れも十分あり得る)。
 かつてのソ連邦と同様、いくら中国が財政的に無理を重ねても、所詮、「大陸国家」は「海洋国家」を兼ねる事はできないのではないか。習近平主席の米国に取って代わるという世界制覇の“夢”は、儚く潰れるだろう。