印豪関係における新たな動きと日本

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マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー ジャガンナート・パンダ

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 コロナウイルスのパンデミックの下、インド太平洋地域に新しい趨勢が生まれつつある。米国の主導する反中の動きは勢いを増しており、中国から撤退する外国企業が出るなど、サプライチェーンにおける対中依存に対する圧力は強くなっている。
 対中関係の見直しを始めている国が多くなっている。例えば日本では、生産拠点を中国から日本に移す場合に補助金(総額22億ドル(約2,400億円))を支給している。また、オーストラリア前首相内閣省マーティン・パーキンソン大臣は、オーストラリアのパンデミック発生時の調査を中国に要求にした際、中国が恫喝を行ったことで目が覚めたと述べており、同国のスコット・モリソン首相も、最大貿易相手国である中国の脅しに屈してはならないと発言している。不安定なパワーバランスにある印中関係にも、両国間の領土紛争によって陰りが見えてきている。
 同時に、中国政府による「戦狼外交」や「マスク外交」により、中国はアメリカに対して弱い存在ではないとの声も上がっている。インド太平洋地域を見据えた中国の動きは着実に進展しており、パンデミックが続く中でも、独断的な振る舞いや台湾、南シナ海、東シナ海(尖閣諸島)で領有権の主張を止めていない。このような中国の戦略的な姿勢は、インドとオーストラリアの関係を新たな段階に進めるものである。さらに重要なことは、インドとオーストラリアの関係における地域性の高まりは、もう一つのインド太平洋大国である日本にとっても大きな意味を持つことである。
 インドとオーストラリアの結びつきは、両大国がインド太平洋、ひいては国際的な自由主義秩序にとって不可欠なものであるに関わらず、地域性を醸成するには不十分であった。インドとオーストラリアは先日のオンライン首脳会談で、両国の関係を「包括的戦略パートナーシップ」に格上げし、後方支援に関する相互取り決め(MLSA)を締結して防衛協力を強化した。
 急速に台頭しつつある世界的な反中国の動きを考えると、これはインド太平洋地域において戦略的に意義深く、さらに、オーストラリアの最近の政治姿勢が中国に対して批判的であるという点において重要である。インドにとって、後方支援分野での協力を進めるためにオーストラリアと包括的なパートナーシップを結ぶことは、インドを米国が好む地域的な「同盟の枠組み」に近づけることになるので、重要な動きである。
 また、戦略的・軍事的にも一致しており、インドの軍事大国としてのイメージを向上させ、米国、フランス、韓国と肩を並べる存在に格上げする可能性がある。この協定により、東京とニューデリーが交渉の最終段階にある物品役務相互提供協定(ACSA)を締結することを後押しすることになるだろう。
 ACSAを含む日印軍事協定は、インドと日本が二国間・地域間で推進しようとしているインド太平洋における協力関係を確実に強化するだろう。これは豪日印、豪日印米間の安全保障協定を補完し、強化するものである。
 さらに、MLSAは現在、インド、日本、米国が参加している日米印共同訓練(マラバール)に豪州が招待される可能性を確実に高める。マラバールの4ヵ国化の背景にある論理を、各国共に強く認識している。中国は妥協することなく、他の国からの譲歩を引き出すことのみ考えているため、中国を宥めることは逆効果となっている。マラバールにオーストラリアを含めることで、4ヵ国がインド太平洋地域への働きかけをより強く行うことが出来るようになるだろう。日米豪印戦略対話加盟国が海上における協力を強めれば、軍事作戦を強化し、積極的に展開することで、中国の海洋攻撃に対する大きな抑止力となり得る。
 印豪関係の「包括的」な性質は、民主主義と法の支配に関する共通の利益と共通の価値観に基づいた新たなモメンタムを構築しようとするものであり、コロナウイルスへの協力関係に相乗効果を生み出すことを想定している。
 インドのインド太平洋地域の展望とオーストラリアの「太平洋ステップアップ政策」が掲げている戦略を促進し、ルールに基づいたインド太平洋地域を構築する。また、両国はインド太平洋における海洋協力の共通ビジョンに関する共同宣言を発表し、東南アジア諸国連合(ASEAN)の重要性を改めて強調した。
 両者は、ナレンドラ・モディ首相のインド太平洋海洋イニシアチブ(IPOI)を発展させ、海軍間協力を強化し、共有ビジョンを推進するために共同で作成したアクションプランを実施するために協力していく予定である。
 さらに、インド・オーストラリアの包括的戦略パートナーシップは、安全保障協力に関する日豪共同宣言、日印戦略的グローバル・パートナーシップとともに、三国間の枠組みを強化し、それぞれの国際的地位を向上させるものである。二国間での係わり合いの中には、日本の対豪経済協力強化として、2015年にスタートした日豪経済連携協定(JAEPA)、交渉中の豪印包括的経済協力協定(CECA)、アジア・アフリカ地域におけるインド企業と日本企業のビジネス協力を強化するという野心的なプロジェクト「日印ビジネス協力プラットフォーム(Platform for Japan-India Business Cooperation in Asia-Africa Region)」などがあり、オーストラリアを取り込むことで恩恵を受けることが出来る。
 日豪印の3ヵ国は、中国の一帯一路構想(BRI)の一時的な失速を活用し、二国間の経済メカニズムを構築して、新たな統一されたポストコロナ地域貿易の枠組みを構築すべきである。
 この分野におけるもう一つの重要な枠組みは、一帯一路に対抗するために米国、日本、オーストラリアが共同で立ち上げたブルードットネットワーク(BDN)である。インドは未だこの枠組みに参加していない。中国向け投資の移転を望む日米豪3ヵ国にとって、移転にかかる費用を負担する余裕はない。BDNは、インフラのニーズに基づいて投資することを可能とし、産業拠点誘致の根拠となり、国内成長を加速させるだろう。BDNは、大規模な投資を誘致するために、日米豪3ヵ国のビジネス環境ランキングを向上させることが出来る。
 ポストコロナの世界経済とネットワークの枠組みは大きく変化するだろう。中国に対して行動様式を変えるよう求める国際的な圧力が高まっており、ドナルド・トランプ米大統領がG7を拡大してインドとオーストラリアを加えようとしていることは、「志を同じくする」国々の相乗効果をただ単に拡大したに過ぎない。このようなシナリオの中で、インド太平洋地域とその沿岸国、特にインド、オーストラリア、日本は、外交戦略を再考し、経済的、政治的、外交的な関係を再構築し、進化する地域秩序の中で新たな相乗効果を生み出していかなければならない。
 

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ジャガンナート・パンダ(Jagannath Panda)
 マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー。専門は、中国とインド太平洋安全保障関係、特に東アジア、日本、中国、朝鮮半島。イギリスの出版社ラウトリッジのRoutledge Studies on Think Asiaの編集者でもある。2018—2019年にかけて日本財団と韓国財団フェロー。日中韓シンクタンクダイアローグのthe Track-II、Track 1.5にも参加。インド国際法外交学会より、2000年にV. K. Krishna Menon Memorial Gold Medalを授与される。