「年金・マイナンバー管理の不備顕著」
―国民は役人を信用できない―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 50年程前から企業や官僚制度の構造改革が叫ばれながら、掛け声だけに終わってきた。それが新型コロナという疫病によって、変化することを強いられた。テレワークと呼ばれる働き方は何十年も前から叫ばれてきたが、事業が存続するかどうかの岐路に立つと、企業はエイ・ヤッと実行してしまう。
 内閣府の調査では就業者の3割以上が「テレワークを行った」という。朝日新聞が100社を対象にしたアンケート調査で事業内容や体制を見直す企業が9割近くにのぼった。反面、事業に悪影響が出た企業も9割近くあった。企業は最も効率の良い形態を追及していくだろう。残念なのはこういう掛け声をかけた経営者や社長が、今まで何百人もいたのに世の中は1ミリも動かなかった。コロナに横面を張られて動き出したのである。
 50年ほど前にスイスに特派員として赴任した時のこと。空港に着いて、パスポートの労働ビザを見せるとその場で自動車免許証、生命保険の登録ができた。この労働ビザ番号はスイス人の登録ナンバーと同格で、あらゆる手続きもこの番号さえ示せば完了である。
 帰国して随分経ってから、日本も住民基本台帳システムを作るという。私は意見を言う場に招かれた際「運転免許も保険も統一した方が良い」と熱心に説いたつもりだが、免許証の話は途中で消えてしまった。
 私は現在、運転免許証を返上してしまったが、先日役所で「身分証明書」を請求されて、何も持っていなかったら、「保険証」を持って来いと言う。この保険証には写真も何も貼っていない。本人かどうか分からないのにそれを示したらオッケーだった。
 コロナ被害で一人当たり10万円配給するという。マイナンバー制度があるから2、3日中に10万円が行き渡るのかと思ったら、銀行の口座番号が届けられていないから、給付を翌日受け取りなどという早業ができない。どうして役所間の番号が繋がらないのか。役所間の信頼関係が全くないからだ。国民も役人を信用していない。
 2007年、第一次安倍内閣の時、年金記録問題が噴出した。一生掛けてきた年金が、退職後、本人の手に渡らないというのである。内閣で「年金記録問題検証委員会」が作られ、私も手伝うことになったが、こんな滅茶苦茶なことが公の組織の中で行われていることに驚いた。たまたま私の実父も無年金だったので名前を探して貰ったところ、名は出てきたが、就職先から勤務年数も全く別人のもの。コンピューターが全くの虚構を示しているのは係員が嘘を打ち込んだからだ。その年金記録調査は7年後に打ち切りになったが、持ち主不明とされた年金記録は5千万件を超す。「完全な回復不可能」は2,115万件。
 日本郵政グループのかんぽ生命保険では先日、22万件の不正販売を行ったその社長のクビが飛んだ。郵政省も信用できない役所だったのだろう。
(令和2年7月1日付静岡新聞『論壇』より転載)