トランプ米大統領が国家安全保障上の懸念を理由として

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政策提言委員・(株)アシスト代表取締役 平井宏治

 アメリカ政府は、中国軍と密接な関係のある中国の軍事企業がアメリカの資本市場を通じ軍事技術開発資金などを調達していることに対し、適切な対策を講じている。しかし、わが国や欧州では法整備がアメリカなみに追いついていない。
 本稿では、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき発令された「共産主義中国の軍事企業に資金を供給することとなる証券投資の脅威に対応するための大統領令」(大統領令13959号)の概略を紹介し、アメリカ政府がとった金融市場対策を紹介する。
 2020年11月12日、当時のトランプ大統領は「共産主義中国の軍事企業に資金を供給することとなる証券投資の脅威に対応するための大統領令」(大統領令13959号)に署名し、この大統領令が2021年1月11日に発効した。国際緊急経済権限法(IEEPA)は、安全保障上の重大なリスクに対抗する措置を定めた法律だ。
 表1の「共産主義中国の軍事企業」(以下、「中国軍関連企業」という)とは、アメリカ国防総省が認定した中国共産党人民解放軍と関係が深いとされる中国企業を指す。確かに、リストアップされた44社の中には、軍事企業集団(中国版軍産複合体)や軍民融合政策の中核企業の名前がならんでいる。
 
 アメリカの資本市場を経由した資金調達を簡単な例を使い説明する。中国軍関連企業X社がアメリカの証券取引所に上場しているとしよう。投資家は、X社の株式をアメリカの証券取引所を通じて自由に売買できる。X社はアメリカの資本市場でエクイティファイナンスやデットファイナンスを行うことができる。エクイティファイナンスとは、企業が新株の発行、新株予約権付社債の発行のように、純資産の増加をもたらす資金調達をおこない、事業に必要な資金を調達する行為である。X社が新株の発行を決めアメリカで売り出すとする。投資家は、X社の新株と引き換えに対価を払うので、X社はアメリカの資本市場から資金調達ができる。一般的なエクイティファイナンス自体は何の問題もないが、アメリカの資本市場で調達された資金が、アメリカから覇権を奪うための中国軍の兵器の近代化に使われるのであれば、話が変わる。つまり、大統領令13959号は、中国がアメリカの資本市場から資金を吸い上げ、市場から吸い上げられた資金を軍拡に使う行為を阻止するものだ。
 2021年1月11日以降、アメリカでは、アメリカの個人や法人が中国軍関連企業によって発行された上場証券やその関連デリバティブ商品を取引したり保有したりすることが禁止された。ファンドなど通じた間接投資も禁止された。株式取得、債券取得、これらの企業を組み入れた上場投資信託(ETF)、金融派生商品などへの投資も禁じられた。(1月11日時点で既に保有している上場証券等に係るポジションを解消するために2021年11月11日までに行われる取引は例外とされる。)
 トランプ政権当時のロバート・オブライエン前国家安全保障担当補佐官は、大統領令13959号の趣旨について「米国の投資家が意図せずに、中国人民解放軍と中国の諜報機関の能力向上に使われる資本を提供することを防ぐ」ためと説明した。
 昨年の大統領選挙でバイデン大統領が当選したが、大統領令の効力は政権交代で失われない。トランプ前大統領が署名した大統領令は、廃止や改正といった手続きを経ない限り有効だ。国防長官または財務長官の判断で、中国軍関連企業リストへの追加も可能だ。国家安全保障担当補佐官に就任したジェイク・サリバン氏は、中国に厳然とした対応を取っていく姿勢と報道されている。中国企業のアメリカ資本市場へのアクセスについては、共和党のスタンスとほぼ同じである。アメリカの状況は、バイデン大統領がアメリカの投資家に中国軍関連企業への投資活動を再開することを許さないだろう。
 バイデン政権は発効直後の1月27日、中国人民解放軍関係企業に類似した名前の銘柄を、投資禁止の発効を1月28日から5月27日に延期すると表明した。バイデン政権下で、中国軍関連企業が更に増加するのかを今後とも注視する必要を感じる。
 大統領令が発効した結果、ニューヨーク証券取引所では、中国移動通信(China Mobile Ltd.)と中国電信(China Telecom Corp.)、中国聯合網絡通信(China Unicom Hong Kong Ltd.)の株式の取引が1月11日に終了。これら3社は上場廃止となる予定だ。ナスダックでは2020年12月11日、中国交通建設(China Communications Construction Company)、中国鉄建(China Railway Construction)、中国中車(CRRC)、中芯国際(SMIC)を株価指数から除外すると発表した。
 ハイテク技術を駆使する「智能化戦争」では、通信技術が重要な役割を果たす。中国移動、中国電信、中国聯合網絡通信は、アメリカの資本市場から資金を調達して通信分野の市場支配を進めようとした。これら3社がアメリカの資本市場から追放されることは、最新の通信規格「5G」普及に向けた中国軍関連企業の資金調達に影響を与える。更に、アメリカの通信当局は中国移動のアメリカ事業参入を拒否し、中国電信、中国聯合網絡通信にも事業免許の取り消しを警告している。独裁国家の企業に自国の通信分野を支配させることは安全保障の問題に直結するからだ。
 しかし、この大統領令に反対意見が出ているのも事実である。ロイターは「中国債券市場は世界屈指の規模になっている。中国の社債スプレッドは、アメリカに比べて投資家に魅力がある。また、投資家は資金を振り向ける市場や地域を広げることで、分散化の恩恵を受けられる」という意見を紹介している。また、中国軍関連企業掲載企業の子会社などが発行した社債(2029-2030年償還)の平均利回りは3.1%と、10年もののアメリカ債利回りより200ベーシスポイント(bp)強も高い。」と指摘し、「国際投資家たちは、中国資産をより手に入れたがっている。一歩引いて大きな構図として見ると、中国人民元の保有を増やし、中国債券をポートフォリオに加えたいという世界的な意欲は大きい」とも報道している。
 自分たちの懐に入る手数料(儲け)しか頭になく、中国による力による現状変更に間接的に加担していることに頬被りを決め込む人たちがいるのも事実だ。自国の安全保障に悪影響を及ぼす事態を避けるために必要な規制と金融機関の手数料収入の機会が失われる問題を同列で論じることは、議論の次元が違う。しかし、国家安全保障の意識が希薄で、母国の安全よりも自分の目先の儲けや手数料が失われることに不平を述べる人たちが、国家安全保障を優先し、中国軍関連企業排除の動きを強めたトランプ前大統領を憎んだことは容易に想像できる。
 中国軍関連企業が、力による国際社会の現状変更を実現するために高利回りの金融商品を餌にして軍拡資金を西側諸国から調達している。大統領令13959号に反対する人たちは、中国軍関連企業の資金調達に協力することが、西側諸国の安全保障に悪影響を及ぼすことを認識してほしい。大統領令反対の声を上げることは、独裁国家を宗主国と崇める世界を作るために利用されていることを直視してほしい。
 わが国は、アメリカの商務省が輸出管理法に基づき公表するエンティティリストに外国為替及び外国貿易法(外為法)で対応している。エンティティリストとは、国家安全保障や外交政策上の懸念があるとして指定した企業や大学などを記載したものだ。経済産業省が大量破壊兵器等の開発等の懸念が払拭されない外国所在団体の情報を「外国ユーザーリスト」として提供し、輸出管理を行っている。この仕組みは部品や製品などのモノや機微技術、軍民両用技術などを対象とした輸出管理だ。
 一方で、わが国では、軍事利用が懸念される団体などによる資本市場での資金調達を規制するアメリカの国際緊急経済権限法と大統領令13959号に対応する仕組みがまだ出来ていない。こうしている間も中国軍関連企業が西側諸国の資本市場から資金を調達し、その資金が軍備の拡大や近代化に使われ、西側諸国の安全保障を脅かしている。
 中国企業の場合、親会社ではなく子会社や関連会社を上場させることが多く、国有企業は特にその傾向が強い。中国軍関連企業が子会社などを通じて債券を発行することは十分に想定できる。子会社・関連会社を除外しないことが規制を設計する上で重要だ。
 中国軍関連企業には、中国の軍事企業集団(中国版軍産複合体)や軍事関連企業が列挙されている。このリストに記載された軍事企業集団全体が、今後、アメリカによる制裁対象になることも想定される。中国軍関連企業の中には、日本企業や日本の大学と取引・交流があるものもあり、要注意である。中国軍関連企業と取引を行うことが、企業の社会的責任(CSR)の観点から適切な行為なのかという議論もある。
 中国軍関連企業が西側諸国の資本市場で調達した資金を中国軍の武装近代化に使う結果、わが国や西側諸国の安全保障上の脅威が増大する事態を招いている。わが国が、欧州と足並みを揃えて、アメリカの国際緊急経済権限法や大統領令13959号に対応する仕組みをつくることは、喫緊の課題である。