中台対立と米国の対中・国家安全保障戦略

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政策提言委員・GRIPS非常勤講師(元空将) 廣中雅之

1.米国の中国に対する認識
1-(1).背景
 中国は、14ヶ国と国境線を接する広大な国土と世界最大の人口を持つ大国である。2017年、中国は、第19回共産党大会において2035年までに人民解放軍の近代化を完了し、2040年代末までには世界最大の軍事大国に躍り出る目標を掲げた。米国の情報機関は、2030年代半ばには中国はGDPにおいて世界第一位になると予測するも、2050年には米国の人口は4億人を超え、中国の少子高齢化などと相俟って、米国は再びGDPでトップになるという予測を立てている。中国の経済大国化は軍事大国化を意味する。米国の国家安全保障政策コミュニティは、2030年代中頃から2050年までの間、中国が世界最大の経済大国となる可能性が高いことから、中国の成長をどうやって止めるか、または、遅らせるかということが米国の安全保障上の最大の課題と位置づけている。現在、中国経済は予測を上回る速さで発展しており、中国の軍事大国化も早まる見込みとなっている。
 何故、中国はこのような政策を指向するのか。2017年、米国の国家安全保障戦略報告書は、中国を「力によって現状を変更する勢力」と位置づけた。事実、中国は、これまで歴史的にいくつもの力による現状変更をしかけている。1950年代、中華人民共和国が発足して間もなく、中国共産党は突如としてチベット・ウィグルに侵攻し、支配下に置いた。同地域は中国の全国土の約30%を占める。1979年にはベトナムに侵攻し、中越紛争を引き起こした。現在も、中国は「中華民族の復興」を声高に叫び、南シナ海などで現状変更を指向している。何故、これほどまでに中国は現状変更を行おうとするのか。最も大きな要因は、19世紀以来、半植民地となり、蹂躙されてきたことに対する中国の強烈なナショナリズム(世界最大の軍事大国になることによって覇権を制すること)を背景に、強い覇権国家、強い共産党政権を維持するためであろう。
 
1-(2).米国の中台関係に対する認識
 米国の多くの国家安全保障問題の研究者・専門家は、中台関係について「中国が覇権を獲得する上でのネックが台湾であり、いずれ、中国は台湾の武力解放(統一)を成し遂げようとする」との見方を共有している。中国による台湾奪取は、中国が覇権を獲得するための最も重要なステップ(核心的な利益)とみられている。1996年、中国の大規模なミサイル演習を発端として第三次台湾海峡危機が起こり中台間の緊張が高まった。米国はすぐに2個空母機動部隊を台湾海峡に派遣し、絶対的な制海権と制空権の優越を中国に見せつけて、事態を収拾させた。中国は、米国の台湾防衛の意志と圧倒的な軍事力の優越を認めざるを得ず、この経験は中国の対台湾政策の大きな転換点となった。つまり、中国は、台湾を奪取するためには、強大な米軍を抑えることが前提であると深刻に認識し、そのために、軍拡(米軍に優越する人民解放軍の強化)を本格的に開始したということである。
 さて、中国の軍事力は、どの程度か。中国の兵力(人民解放軍+武警)は約230万人といわれており、近年はこれに海警が加わった。米軍の兵力は、現役(active duty)で約130万人、これにナショナル・ガード(州兵等)約80万人が加わる。人民解放軍には陸海空軍のほかに戦略核を扱う戦略ロケット軍がある。現時点の米中の軍事力の比較では、米軍の方が核戦力も長距離精密攻撃力も質量ともに圧倒的な力を有しているが、中国の国防費はすさまじい勢いで年々増加している。公表されている2020年の中国の国防費は20兆円以上であり、これは日英独仏を足した国防予算よりも多い。さらに、軍事力の近代化の中核になる軍事技術の研究開発には、数10兆円という天文学的な投資を行っているとみられている。
 現時点で米軍の海空の長距離攻撃能力は人民解放軍を圧倒している。ただし、現代の戦闘は、必ずしも物理的な力を行使するキネティック(kinetic)兵器による戦いだけではなく、目に見えない非キネティック(non-kinetic)兵器による戦いとなっており、人民解放軍は、これらの戦いに重点を置いている。2003年の共産党大会で、中国は「三戦」(心理、ゲリラ、法律戦)を推進することを正式に決定している。その上で、中国は、サイバー戦などの非キネティック(non-kinetic)兵器による戦いとともに、キネティック兵器による戦いのための軍備を着実に拡張し、軍事戦略を磨いている。
 現時点において、中国人民解放軍の軍事的アドバンテージは2つある。一つは圧倒的なミサイル保有数である。既に、現時点においても、米中の緊張関係が高まれば、米海軍は軍事的なプレゼンスを示すために東シナ海に入ることができないと予測されている。それは中国が1,400発以上と言われる地上配備の(核)ミサイル(ICBMを含む)を保有しているためであり、西太平洋では、大きなミサイル・ギャップが存在している。さらに、米中間で、核軍縮交渉などの核攻撃能力を管理する仕組みを持っていないことが、この問題を一層大きくしている。
 もう一つの人民解放軍のアドバンテージは、非対称戦能力である。ここ数年来、中国はサイバーや宇宙空間、電磁波といったキネティック兵器ではない攻撃能力の増強に資源を投入しており、非キネティック分野では米軍と同等かそれ以上の能力を有するとも言われ始めている。
 
2.台湾情勢と米国の対中戦略
1-(1).台湾政権と中国との関係
 蔡英文政権の政治的スタンスは明確であり、国内で足並みが乱れるような事態にはならないと思われる。万一、中国が台湾に侵攻してきた場合、台湾政府の取り得る最も可能性のある選択肢は、独立を宣言することである。台湾が独立を宣言し、国際社会に向けて救済を求めることは独立国家の誕生を世界に向けて発信することとなり、欧州諸国や米国などの民主主義国家が支援する可能性が高くなる。
 最も重要なことは、台湾の国家意志である。台湾が独立を宣言すると、強大な軍事力を持っている中国と直ちに直接対峙することになる。台湾が独力で中国に対抗することは、彼我の戦力比から現実的には難しい。中国の陸上戦力こそ、台湾侵攻に際しては渡洋する必要があるため、その戦力比はあまり大きくないが、海空戦力、とりわけミサイル戦力の差が大きく、台湾一国で中国の侵攻を防ぐことは到底不可能である。その際、諸外国の介入が期待されるが、中国が「電撃戦(独語:Blitzkrieg)」を仕掛け、数時間のうちに中国が台湾の占領を終えてしまった場合、諸外国からの介入が極めて難しくなる。中国の緒戦の侵攻を跳ね返す台湾独自の一定の国防力と中国に屈服しない揺るがぬ国家意志があれば、国際社会は手を差し伸べやすくなるだろう。
 
1-(2).米国の対台湾戦略
 これまで、米国は「台湾関係法」こそ存在するものの、明らかに米国の直接介入が不明確な曖昧戦略(ambiguous strategy)をとってきた。「万一、台湾が中国に武力侵攻された場合には、米国は中台対立に介入することを鮮明(unambiguous)にしなくてはならないのではないか」という危機感が、ここ1〜2年、ワシントンDCで強まっている。その理由は、何より、中国の軍事力が強化され、徐々に中国の台湾侵攻の蓋然性が増しているからである。米国のシンクタンク「Project 2049」のシニア・ディレクターであるイアン・イーストンが自身の著書(「China’s Top Five War Plans(中国の5つの戦争計画)」)や報告書などの中で警鐘を鳴らしているように、中国は非常に短い時間で台湾侵攻を完了させるというシナリオを描いているため、米国もそれをどのように阻止するか、また、起きてしまった際にどう対処するか、という議論を進めなければならないという意見が、主流となりつつある。
 バイデン政権では、これらの議論があまり活発に行われていないように見えるが、党派を問わずリアリストが多い米国の国家安全保障政策コミュニティの専門家たちは、様々なシナリオを想定しているはずである。台湾侵攻が数年以内に発生する可能性は小さいが、中国が自国の軍事力に自信を持てば、いずれ台湾を奪いに来るという事態は十分に想定される。米国の国家安全保障の専門家たちの間では、中国の台湾侵攻が起きるか起きないかという議論は既に終わり、焦点はそれがいつ起こるか、そして米国はどう対応するか、という議論に移りつつあることは間違いない。
 一方で、その議論は未だ集約されず、具体的な作戦構想や配備、兵力割当などに至っていないことも事実であろう。例えば、中国の中距離ミサイルによる圧倒的な飽和攻撃に対しどう対処するか、第1列島線に入れず第2列島線まで米軍が後退せざるを得なくなった際にどのような作戦を選択するか、CSBAなどのシンクタンクを始め米海空軍や海兵隊から様々なレポートが発表されてはいるが、これらはいずれもアイデアのレベルに留まっている。
 そもそも、米国民は台湾に対しどのような思いを抱いているのであろうか。20〜30年前とは異なり、仮に中国による台湾侵攻が発生した際には、「米国は台湾を守るべき」という考えは、有権者の半数近くを占めつつあるように思える。米国は有権者の民意が政策に直接反映されやすい国柄・体制である。台湾危機が起こった際には、米国は台湾防衛の意志を明確に示し、直ちに介入すべきだとの声が上がることは十分に予想される。
 
3.対中紛争と緒戦の戦いの様相
 実際に米中間で衝突が起きた際、最前線の海空の戦いはどのようになるか。おそらく、サイバー戦などの非対称戦に加えて、米中ともに衛星情報などで敵のおおよその位置情報を取得し、地上、海上(中)、空中からのミサイル攻撃が行われる。これらのミサイルは敵の近傍まで到達すると自動的に目標に向かう性能を有しており、レーダー誘導の必要はない。ステルス戦闘爆撃機による空中からのスタンド・アローン攻撃の場合には、お互いに捜索レーダーで目標を捉えることは難しい。強大な突破能力を持つステルス戦闘爆撃機に気が付いた時には、自国の軍事基地や政治経済中枢の上空への侵入を許してしまうことが起こり得る。このようなステルス性能と人工知能(AI)を駆使した戦闘のほか、自身と味方と相互の位置関係を把握するリンク機能、そして戦闘状況をリアルタイムに把握する状況認識(Situation Awareness)能力が、海空での戦いを有利に進める上で重要な役割を担っている。中国も、これらの戦いの様相を、当然、理解し、重視していることを、常に念頭に置くことが求められている。
 
4.日本の対台湾戦略の構築
 自国の軍事力を過信した中国が、その核心的利益を守るべく台湾侵攻に着手した場合、そして台湾と国際社会がこれに全力で対処しているという情勢の中で、日本では、おそらく政治的な大混乱が起こる可能性が高い。米国以上に曖昧な対台湾政策をとり続けている日本が、国家レベルでこの問題に対処する準備が十分にできているとは到底思えない。日本が、緊急事態において台湾防衛に関与をしなければ、日米同盟関係は破綻する。一方、台湾防衛に直接関与をすれば、中国の軍事的な脅威を直ちに被ることとなる。
 もちろん、防衛省・自衛隊は、作戦構想(案)と事態対処計画(案)を持っていると思うが、これらは、いずれも国家レベルでの政治判断が不在の対処計画(案)となっている。抑止が破綻した時、どのように作戦を発起し、どのように収めるのかという国家レベルの大きな考え方が示されていない中での、頭の体操と言うことである。つまり、日本が、戦争に巻き込まれた時、主権国家としてどの程度まで反撃をするのか、どの程度の被害まで耐え得るのか(死者数や壊滅部隊の規模)、どのような休戦へのシナリオを描くのかなどの国家意志(政治判断)を踏まえていない計画(案)は、あまりに具体性に欠ける。現状維持、復帰という曖昧な目標を示すだけではなく、台湾危機の発生に際し、日本として、どこまで対処するかという政治判断が必要不可欠であり、これらを含めて平時から頭の体操としてシミュレーションをしておくことが何より重要である。
 日本と違い米国では、既に米中戦争を想定したシミュレーション(ウォー・ゲーム)を何度も行っている。昨年までの米国防総省における過去10度のシミュレーションでは、米国は全敗したとされている。これらのウォー・ゲームの勝敗の基準は明らかにされていないが、いずれにせよ、米軍に相当程度の被害が生じ、目標達成が困難との評価であることは間違いないようだ。戦う前から圧倒的な勝利が見えていた1991年の湾岸戦争でも、米国防総省は、34度目のシミュレーションで、ようやく満足のいく結果を得たと言われている。シミュレーションは常日頃から何度も行う必要性がある。日本も、そろそろ台湾防衛の是非にかかる国家意志を明確にし、台湾情勢への政治判断を加えたシミュレーションを行い、具体的な対処計画(案)を考えなくてはならない時期が来ている。