経済安全保障の要、秘密特許制度とは何か

.

政策提言委員・元公安調査庁金沢事務所長 藤谷昌敏

 国家の安全性及び優位性を含む重要な技術や国家の安全保障に直結する機微技術が開発された場合、それに関わる特許出願の内容を一定期間秘密にする、いわゆる「秘密特許制度」は、先進主要国のアメリカ、イギリス、中国、ロシア、ドイツ、カナダ、オーストラリア、フランス、韓国、シンガポールなど多数の国が持っている。だが、G7の中では日本だけが秘密特許制度を持っていない。
 我が国でも第二次世界大戦直後までは秘密特許制度が存在し、主として軍事技術に関する特許情報の公開を抑制していた。戦後、新憲法の戦争放棄の規定により、今後、軍事技術を開発することはないだろうとされ、1948年に同制度は廃止された。
 現在の日本の特許法は、発明内容の公開の代償として特許権という排他的独占権を付与する「公開代償の原則」が柱となっている。出願資料として「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載された」発明の詳細な説明を述べる明細書の提出が求められ(特許法第36条第4項)、不十分な場合は特許が拒絶される(同法第49条第4項)。例え防衛技術やウラン濃縮技術の出願などであっても、すべての出願について再現可能な程度の技術情報が公開される。しかも「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」というサイトにおいて、インターネット経由で全世界に公開されており、関係者の間では以前から機微技術の漏洩が懸念されてきた。
 こうした中、政府・自民党は経済安全保障に関する法整備の一環として、2022年の通常国会に「経済安全保障一括推進法(仮称)」の制定を目指す。その重要課題の一つが「秘密特許制度の創設」だ。現在の特許法では、安全保障や原子力関係の特許を公開すれば他国の兵器開発などに使われかねない。政府は先行者の権利を保護するため、非公開の特許に類似した出願を認めないようにする。
 
韓国に盗用されたレーザー濃縮技術
 実際に日本の核技術の特許が外国に模倣された事例が過去にある。ウラン濃縮技術の一つである「レーザー濃縮技術」の特許だ。
 2015年11月4日付けの毎日新聞は、「国際原子力機関(以下「IAEA」)のハイノネン元事務次長が述べたところでは、IAEAが2004年夏に韓国原子力研究所の極秘ウラン濃縮実験施設を査察した際、日本の「レーザー濃縮技術研究組合」が開発したレーザー濃縮技術に関する特許公報を発見した。この特許技術が核心となる機器の実物も確認された。韓国は2000年1~3月に少なくとも3回、IAEAに未申告で極秘のレーザー濃縮実験を実施、最高で濃縮度77%のウランを製造した。濃縮度は核兵器級には達しておらず量も微量であったが、IAEAは量は多くないが深刻な懸念があると指摘した。核技術を巡っては過去に日本企業が不正輸出した例があるが、今回のような核技術情報の利用が判明したのは初めてだ」と報道した。当時、この毎日新聞の記事は、日本の原子力関係者の多くに大きな衝撃を与えた。日本の特許公報が韓国の核実験に用いられたことが初めて明らかになったからだ。
 
外国の秘密特許制度
 秘密特許制度については、アメリカでは特許法第181条、ロシアでは民法第1395条1401条、ドイツでは特許法第50条~56条、イギリスでは特許法第22条、フランスではL614条3、中国では特許法第4条、韓国では特許法第41条、台湾では特許法第51条、オーストラリアでは特許法第147条、シンガポールでは特許法第34条にそれぞれ規定されている。
 例えば、アメリカでは出願された技術について、国防総省などの判断で米特許商標庁が公表禁止を命じることができる。該当する技術は許可なくライセンスしたり、外国で出願したりはできない。特許収入などで出願人は不利益を被るため、国から一定の補償を受けることができる。ロシアでは、国家機密の保護を目的として、ロシア国内でなされた発明については、外国に特許出願する前に、ロシア特許庁に出願しなければならない。ロシア特許庁への出願後、国家機密に分類される旨の通知を受けなかった場合は、出願人はロシア国外で特許出願することが可能となる。
 
導入に向けて多くの課題解決が必要
 これまで自由に活動してきた日本企業をどう納得させられるのかなど、秘密特許制度導入に向けた課題は多い。元特許庁技監・桜井孝氏は次のとおり指摘している。(「防衛技術の守り方」、発明推進協会刊、2020年より)
  • 秘密特許制度のある国は、第1国出願義務を強制しているのが普通だが、日本の特許制度では、第1出願義務に関する規定は設けられていない。そのため、現在の日本企業では、PCT出願(後注)か、外国特許庁に第一に特許出願することが行われている。秘密特許制度を復活するのであれば、第1国出願義務と外国出願制限を規定しなければならない。
  • 特許が出願された際、安保上で重要な技術だとの判断を特許庁のみで行うことは難しい。現在、国内からの出願は年間約25万件もあり、非公開を判断する期間も重要だ。戦前は旧陸海軍の技術将校や技官が特許庁審査官の2割を占めていた。
  • 出願人に対する補償問題がある。出願され審査もしていない段階で、将来の商機を見極め、補償金額を決めないといけない。戦前は、軍事上必要ならば国が収用できる特許法上の規定があり、補償金額に不満があれば裁判所に訴えを起こせた。日本で同制度が廃止されて70年余り、日本企業は自由にやってきており、産業界の賛同を得られるかどうかが問題だ。
  • 特許ライセンス料は開発の動機になっており、企業や出願人にどんな補償がされるのかが重要だ。そして秘密特許の線引きを明確化する必要がある。民生用に開発した技術がどこまで軍事転用できるかは曖昧で、恣意的に秘密特許とされれば他社との競争で不公平になるからだ。

(注)PCT出願:特許協力条約(PCT:Patent Cooperation Treaty)に基づく国際出願を日本の特許庁に行うことで、条約加盟国全てに同時に出願をしたのと同じ効果を得る。