中国の食糧問題は世界を危機に陥れる

.

政策提言委員・元公安調査庁金沢事務所長 藤谷昌敏

 2021年4月29日、中国政府は、食べ残しを禁止する法律である「反食品浪費法」を可決した。世界で年間約13億トンもの食品が廃棄されている中、人口が世界でもっとも多い国中国では、年間約1億トンに及ぶ食品が家庭から、そして約1,800万トンが飲食店などから捨てられていると推定されている。可決された「反食品浪費法」は、飲食店が客に食べ切れないほどの食事量を勧めたり、客が大量に食事を残すことがあった場合は罰金を課すとしており、客に過剰な料理を注文させて廃棄を増やした飲食店には、1万元(約17万円)以下の罰金が科される。ほかにも大食い動画の制作、放送も規制され、違反したテレビ局やインターネットメディアには10万元(約170万円)以下の罰金が科される。
 これまで習近平総書記は、2013年から始まった「食事を残さず食べよう」という運動「光盤行動」(Operation Empty Plate、皿を空にするという意味)を通して、中国の食ロス問題を強く訴えてきた。だが、中国では、客が食事を残さず食べると「もてなし」が足りなかったと言われる風習があり、食事の際には食べ残しをするのが礼儀とされていることから、「光盤行動」はうまくいかなかった。
 こうした中、発生したのが、食料備蓄のための買い占め騒動だ。中国商務省は11月1日、「突発の状況に備えるため」として、食料などの生活必需品を備蓄するよう国民に呼び掛けた。すると、ネット上では「台湾との戦争の準備では」といった見方が広がり、各地のスーパーなどでは食料の買い占め騒動が発生した。混乱を受けて、中国国営メディアは備蓄の目的が新型コロナへの備えであり「行き過ぎた想像をすべきでない」と呼び掛け、商務省も「食料品の供給量は十分だ」と改めて説明して事態の収拾を急いだ。日本では、単なる勘違いで起こった混乱だとの印象で報道されているが、実際には食糧不足に対する危機感が中国国内に浸透していることがその背景にある。
 中国の食ロス規制は単なる社会統制の問題だけではない。この規制には中国が直面している重大な食糧危機が根本にあり、さらに全世界にも多大な影響を与える可能性がある。
 
中国人の食生活の変化が食糧危機を助長する
 中国の著しい経済発展により、中国人の食卓は劇的に改善し、西洋流の肉食が普及した。そのため、中国人は、これまで肉消費量の70%以上を占めてきた豚肉から牛肉にその消費をシフトしている。牛肉を飼育するには、特に多くの穀物が必要で、豚肉は3ポンド(約1.5kg)、家禽には2ポンド(約1kg)が消費されるのに比べて、1ポンド(約0.5 kg)の牛肉を生産するためには、3.5kgの穀物が消費される。
 この食生活の変化により中国では、家畜の飼育に必要な土地が著しく不足している。一般に西洋風の食事を維持するには、1人あたり約1エーカー(約4,000平方メートル)の土地が必要とされているが、中国では0.2エーカー程度しか確保できていない。一部の専門家は「中国の急速な工業化により、驚くべき速さで農地が食い潰されており、中国にはもうほとんど農地はない」と主張している。また、土地の使用権売却によって成長資金を得てきた地方省庁は、これ以上耕作量が増やせないはずの限界土地を耕作可能地として数えたり、既に都市部となっている地域を再び農場とみなすことで国の制限を回避してきた。
 中国は、自国の食糧問題の解決策として、南米やアフリカなどの国々で農地を賃貸借、もしくは購入して、栽培した食料や畜産物、加工品を自国に移送している。しかし、世界の人口が2050年までに南米やアフリカ諸国を中心として、さらに20億人増えるとの予測があり、現在の中国の食糧問題解決策はいずれ限界を迎えるだろう。
 新型コロナウィルスの流行後、経済回復が早かった中国では、コロナで外出が制限され日常の楽しみが食に向かう傾向が強く、牛肉の需要が爆発的に増えた。中国向けの牛肉輸出は前年同期比13倍以上に増えている。専門家は、「これまで中国では、2月の春節(旧正月)休暇の需要ピークに向けて調達を増やすため、9~10月に相場が上がり、2月以降に下がるというのがサイクルだったが、コロナの影響で巣ごもり需要が活発化し、春節だけでなく、通年家庭で牛肉を食べるようになった。この2年は春節を過ぎても中国の調達が鈍らず、食文化が変化している」と指摘する(2021年8月17日付『日経新聞』)。
 
環境汚染と水不足が食糧危機と連鎖する
 中国の牛肉中心の食生活への変化は、大量の穀物育成のために多くの水資源を枯渇させている。世界の人口の20%を抱える中国が世界全体の水資源の6%しか保持していないという現状に加え、あまりにも性急な工業化と開発も加わり、中国の水不足はさらに悪化している。驚くべきことは、中国の耕地のほぼ20%が汚染されているという事実だ。ここ十数年の水質汚染、慢性的な干ばつ、大洪水などは、単なる自然災害ではなく、なりふり構わない中国政府の失策でしかない。力強い繁栄と急速な成長により世界第2位の経済大国となったものの、中国の国土はその副作用に大いに悩んでいる。
 専門家の予測では、中国の水需要はやがて8,180億立方メートルに達するが、供給可能量は6160億立方メートルに過ぎない。北京での1人当たりの水の供給可能量は100立方メートルで、国連が慢性的な水不足か否かの判断基準としている1人当たり1,000立方メートルを大きく下回っている。中国は国連が懸念する深刻な水不足に直面する12の国のうちの一国だ。
 中国の環境汚染、水不足、食糧危機は負の連鎖となり、中国全土、特に内陸部に深刻なダメージを与え、餓死者さえ発生しかねない。そして、中国の食糧不足は中国のみに止まらず、全世界に波及することになるだろう。「反食品浪費法」のみならず、今後の中国政府のあらゆる抑止策と開かれた情報共有、全世界と連動した強固な対策は、中国政府に課せられた喫緊の課題である。