警察力・思想統制による習近平の独裁政権の強化

.

政策提言委員・元公安調査庁金沢事務所長 藤谷昌敏

 2021年1月10日、中国人民警察節が制定された。これは警察活動を讃える日であり、昨年8月には人民警察統一旗も制定された。この制定の意図は、警察組織に習近平政権への絶対忠誠を誓わせることにあると言われている。だが、それがすべてではない。
 習近平(シージンピン)の側近は、「習近平氏は、今まで外国からの投資を受けることが必要だったために、外国からの人や物や思想などが入ることを認めざるを得なかった。だが、自分の独裁体制の確立のためには、中華民族の偉大なる復興をスローガンとしてナショナリズムをあおり、人権の尊重や民主主義のような西側諸国の価値観を排斥する必要があると考えている」と主張する。すなわち、人民警察に対する顕彰と統一旗制定は、習近平思想を国民に徹底させ、西側諸国が提唱する普遍思想を排斥するために、一層の統制を図るために行ったものなのだ。
 その見方を裏付けるように、中国公安省は2021年11月20日、公安省の共産党委員会書記に習近平国家主席の側近である王小洪(ワンシャオホン)公安省次官(64歳)が就くと発表した。中国メディアは王氏が公安相に昇格し、現在の趙克志(ジャオクォージー)公安相(67歳)と同じく国務委員(副首相級)ポストも兼ねるとの観測を伝えた。公安相には近年、地方トップ経験者などが就くケースが多く、ほぼ一貫して公安畑を歩んだ王氏が内部昇格すれば異例の事態だ。習近平は来年からの3期目政権発足をにらみ、司法・警察部門での汚職摘発を進めており、内部事情を熟知する王氏の起用で警察を完全に掌握する狙いもあるとみられている(2021年11月21日付け「読売新聞」)。
 こうした警察権に対する統制強化は、習近平独裁政権の長期化と強靭化の基盤として必要不可欠なことだ。そして、習近平の不安の根底には、革新派が推す普遍的価値と保守派が推す中国式価値の論争がある。既に中国においては、この論争は、保守派が勝利したと言われているが、実際には未だに革新派は各層に存在している。
 
普遍的価値と中国式価値の論争
 これまで欧米や日本では、人類にとって規範となる価値観を「普遍的価値」という概念に集約してきた。それは平和、自由、平等、人権などに代表される、政治や文化の違いを越えて世界中の誰もが尊重すべきリベラルな価値観を指す。この価値観は、欧州で芽生え、米国を通して世界に広まったものだ。そして国連などの国際政治の場では、少なくとも表面的には、参加国は平和や自由を擁護し、平等や人権を尊重する方向へ歩調を合わせて進めてきた。すなわち普遍的価値の共有により各国が国際規範に則った行動を選択するようになり、世界の秩序が維持されると考えられてきたのだ。事実、西側諸国は、こうした普遍的価値を国家理念とし、外交の柱としてきた。
 しかし、中国共産党および政府は、あくまでも「普遍的価値」は西側諸国、もしくは資本主義のものに過ぎず、「普遍的価値」は拒絶すべきものであり、中国には「中国の特色ある」価値観が存在すると主張する。そして、「国内外の一部の勢力が「普遍的価値」というスローガンを掲げて、西側の主張と要求を無理やり我々に押し付けようとしている。我々の社会主義制度を根本的に変えようと企んでいる」と警戒する。中国では、西側諸国の民主主義や自由などのいわゆる普遍的価値を受容することを「西化」と言い、「西化」は「分化」(国家分裂の動き)を呼ぶとして批判されている。この「分化」とは、チベットや新疆ウィグル、モンゴル等の少数民族自治区での反政府運動、台湾での独立志向を指しており、中国共産党が結党されてから現在に至るまでの危機認識が反映されている。そして、過去30年間の中国経済の高度成長は、まさに「中国の特色ある」社会主義の優越性を示しており、今後もこれを堅持すべきであると主張する。
 中国がインターネット規制や言論の自由を認めない厳しい取り締まりを行っている背景には、中国では西洋の普遍的価値が浸透することが国家の根本を揺るがすことだとの認識があるからだ。
 こうした中、習近平は、毛沢東、鄧小平の2人にしか使われてこなかった「核心」という言葉で自分を称え、異例の第三期目の最高指導者へ向けて着々と地盤を固めている。そして今、警察権の統制強化を基盤として厳しい思想統制が行われており、それは毛沢東が主導した「文化大革命」の再来と言われ、「第二文革」とも呼ばれている。
 
習近平の不安、次々と実行される「第二文革」
 中国政府は7月24日、学校の宿題と校外学習による子どもの負担を減らす「双減」政策を発表し、大手学習塾が職員の給与削減、解雇、事業停止などを経た末、義務教育向けサービスの提供を終了するなどとする「塾禁止令」が次々と発表された。そして9月には、学校で「習主席が掲げる思想についての授業」を義務付けるなど教育への統制を一層、強めた。
 加えて中国教育省は、学校の教師についても言及しており、11月29日、「中国共産党と人民の教育の大義に忠実でなければならない」などと新たに定めた「改正教師法」の草案を公表した。違反行為として、「共産党と国家の評判を傷つける発言」、「生徒に有料の補習を受けるよう強制的に誘導する行為」などが挙げられている。
 さらに中国の国家市場監督管理総局は、11月28日までにインターネット広告に関する新たな規制案を公表した。この規制案では、「広告は、社会主義精神文明や中華民族の優秀な伝統文化に合致しなければならない」とされ、小中学生や幼稚園児向けの学習塾を含む校外学習の広告を禁じた。また未成年者向けサイトでの健康によくないネットゲームの広告も禁じた。
 中国が経験した急激な資本主義経済の発展の中、「普遍的価値」のような自由思想が国内に浸透することを阻止することは極めて困難だ。「第二文革」と言われる思想統制が経済発展を阻害することは明らかでありながら、自由思想を浸透させないことにどれほど効果があるのかは甚だ疑問だ。一方で、恒大産業のデフォルト問題が持ち上がっており、今後の中国経済に大きな影響を与える可能性があるなど、習近平の不安は尽きない。