国家財政の破綻を招く「年金天国ブラジル」

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 ブラジルが「年金大国」であることは広く知られている。現行の制度では、年金の支給開始年齢が55歳で、支給額は退職時給与の70%だというから驚きである。このため、ブラジルのサラリーマンの大半が54歳で退職し、残りの人生を悠々自適におくっている。しかし、これでは年金財政はいずれ破綻する。経済学者でなくても制度の大改革が待ったなしの状況にあることは分かる。今や、ブラジルの国家財政は崖っぷちに立っていると言ってよく、下を見れば奈落の底である。
 そもそも、ブラジルが「年金天国」になったのには訳がある。ブラジル政治はもともと元祖ポピュリズムのようなところがあって、選挙では「良いことずくめ」の公約をし、政権を握れば大盤振る舞いをする。この間、政権中枢にいる者は徹底して私腹を肥やす。国民も政治とはそんなものだと割り切っているようなところがある。最近ではルーラ大統領、ルーセフ大統領と13年間続いた左翼系の労働者党政権時代に汚職腐敗が一段と蔓延した。特に、ルーセフ大統領の時代には石油公社をめぐる一大汚職事件が勃発し、自らも不正会計処理を事由に任期途中で弾劾されている。今のテメル大統領は右弾劾の後に副大統領から昇格した人である。
 もともとブラジルは石油をはじめ資源豊富な国であり、穀物の生産も盛んで、これら産品の国際市場価格が高い時には国庫は豊かであった。大盤振る舞いの財源に不足することはなく、「年金天国」もこうした事情の中から生まれている。しかし、いったん資源価格が下落すると、途端に政府財政は回らなくなる。そうすると通貨レアルは下落し、ハイパー・インフレが起こる。近年の石油価格の下落は正にこうしたブラジル経済の脆弱さをさらけ出すことになった。
 今や、ブラジルはエジプト、南アと並んで世界3大財政赤字国の1つに数えられる。因みに、2017年の国家予算は対GDP比で8.0%の赤字、日本の4.4%をも大きく上回っている。国の経常収支も10%近い赤字、GDP成長率も(2017年こそ+1.0%に回復したが)2015-16年はマイナスであった。失業率も12%を超えている。公的債務の総額はGDPの74%に達している(注:200%を超える日本から見れば羨ましい数字だが、発展途上国の場合は60%を超えると危険水域とされる)。ブラジルは正に長引く不況のどん底にあると言っていい。
 こうした状況に最大の資金提供者であるIMFが黙っている訳がない。その優先的な要求事項が年金制度の改革である。ブラジルでは連邦政府支出の3分の1が年金予算であり、GDPの9.1%に上るというからIMFの要求は当然である。やむなくテメル大統領は、2016年末に年金制度改革に向けた法案を策定した。定年を65歳まで延ばし年金支給の開始を遅らせる。配偶者が死んだ後も寡婦が満額受給できる現行制度を半額受給に改めるといった内容で、10年間で2400億ドルの予算節約を目論んでいる。実は、この改革を実施しても将来の高齢者人口の急増を考慮すれば「焼け石に水」なのだが、ブラジル国民の間では著しく不評で、今年10月の大統領選挙・議会選挙を前に与党議員の支持すら覚束ない状況にあるらしい。
 こうした中、テメル大統領は、これを議会に上程しても否決されるのは必至とあって、大幅手直しを余儀なくされている。昨年11月に出した改定案では女性の退職年齢を65歳から62歳に引き下げたり、警察などの特定職業の場合は現行制度のまま受給可能とするなどの譲歩を盛り込み、予算節約額も当初案から半減させた。しかし、この改定案ですら支持する者は国民の14%に過ぎないというから、「年金天国」を改革するのは容易ではない。
 我が日本でも年金制度の改革は進んでいるが、それでも制度の持続可能性に対する若者の懸念は払拭されていない。人口の高齢化の進行とともに、いずこの国でも年金予算は膨らむばかりである。ブラジル(人口2億人)では現在17百万人いる65歳以上の人口が2060年には58百万人まで増加する見込みで、年金制度が現行のままなら年金予算はGDPの20%に達するだろうと予測されている。今や、年金で国家が破綻しかねない時代を迎えている