「吠える」金正恩第1書記の真相
-金正恩は、なぜ実力以上に大きく見せたがるのか-

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政策提言委員・軍事アナリスト 西村金一

はじめに
 北朝鮮は、昨年(2015年)5月、「水中から潜水艦発射弾道ミサイル発射に成功」と、今年(2016年)1月に、原爆の実験を「水爆実験成功」、2月には、「米国に届くミサイル実験が成功した」と報じた。金正恩第1書記(以下、「金正恩」と呼称)は、満面の笑顔で写真に写り、国営メディアで恫喝する映像を「これでもか」と言わんばかりに公開して吠えた。

 3月7日から、米韓両国は、毎年恒例の合同軍事演習「キー・リゾルブ」、野外機動訓練「フォールイーグル」などを4月末まで、韓国各地で行った。今年の演習は韓国軍約29万人、沖縄駐留の海兵隊を含む米軍約1万5千人が参加する過去最大規模であった。韓国は例年の約1・5倍、米国は約2倍の規模で、米軍からは原子力空母、原子力潜水艦、ステルス戦闘機、ステルス戦略爆撃機など最新鋭兵器が多数投入された。さらに、米軍はイラク戦やアフガニスタン攻撃に投入された「敵の要人を暗殺する」特殊部隊の韓国上陸と「斬首作戦」を敢えて公表して、北朝鮮に心理的圧力をかけた。

 金正恩は、米韓軍事演習の動向に敏感に反応し、「北朝鮮の最高幹部を狙った『斬首作戦』に投入される特殊部隊がわずかな動きでも見せれば、韓国の大統領府やアメリカ本土などへ先制の作戦遂行に入る」、「米国の先端兵器や特殊部隊の奇襲攻撃を無力化し自国を守る道は、断固たる先制攻撃だけだ」と挑発のトーンを高め威嚇した。
 また、「攻撃命令が下されれば、ソウル市内の各統治機関を無慈悲に踏みつぶして進軍すべきだ」、「ソウルを無慈悲に破壊せよ」などと指示した。第1の攻撃対象として韓国大統領府を挙げ、次にアジア太平洋地域の米軍基地などへの攻撃も警告した。
 最初の標的は「青瓦台(韓国大統領府)だ」「テロ能力をそこに結集せよ」と金正恩が工作機関に指示した、と伝えられている。韓国の朴槿恵大統領は、「金正恩」と呼び捨てにして怒りを示した。
 北朝鮮は、米韓合同演習の時期になると、いつものように激しく非難する。最近では2013年に、かなり激しい威嚇をした。今年はそれを上回る最高に激しいものであった。確かに発言内容や映像を見ると、強烈な威嚇である。だが、注意深く観察すると、最後に金正恩の高笑いや、軍人が金正恩のところに集まって飛び跳ねて喜ぶ姿(やらせが見え見えだ)には、命をかけて戦争を仕掛けるぞという悲壮感は見えない。茶番劇の感覚を受ける。

 とはいえ、北朝鮮は、核兵器や弾道ミサイル開発を継続し、着実に進化させていることは事実だ。米国防総省報道官も3月の記者会見で、軍が作戦策定などのために「北朝鮮がいずれ核小型化の能力を保持することを想定するのは当然のことだ」とした上で、現時点ではそうした兆候は認められないと述べていた。

 前述のように、北朝鮮がミサイルやロケットなどの実験・実写映像を見せつけ、あるいは、ソウルを破壊せよなどと威嚇している状況において、①金正恩が「吠える」心理・真相を見抜き ②金正恩が「吠えなければならない」理由を分析し ③金正恩の意図を読み解き、この状況において北朝鮮は南侵をするのかを考察したい。

1.金正恩が「吠える」心理真相を見抜く
 金正恩が吠える真相を見抜くために、大量破壊兵器と通常兵器の実験・実射について、区分して考察する。
(1)大量破壊兵器実験の嘘
ア.潜水艦発射弾道ミサイル実験の嘘
 北朝鮮国営メディアは、新たに開発した潜水艦から潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を水中から発射し、「実験は完全に成功した」と報じた。つまり、弾道ミサイルを潜水中の弾道ミサイル潜水艦から発射したというのだ。弾道ミサイルを水中から発射すれば、海上に現れたミサイルから水しぶきが落ちる。しかし、その様子を表した映像が一つもなかった。唯一の映像には、発射され上昇しているミサイルの隣に浮くタグボートが映し出されていた。港の岸壁に横付けされた新浦級と言われる弾道ミサイル潜水艦(弾道ミサイル1発分の発射筒)の隣に、発射時に使用されたと見られるバージ船(思い貨物などを運ぶ船)があった。これらのことから、タグボートがミサイルを搭載したバージを海上に運搬して、海上から打った可能性が高いと考える。海上から発射したのに海中から発射したように見せかけて報じたのだ。当時、視察していた金正恩の背後には潜水艦が浮上して写っていた。いかにもこの弾道ミサイルから発射したように見せかけたのだが、その潜水艦はロメオ級の通常型であり、弾道ミサイル発射実験用に改造された潜水艦ではなかった。各種情報から、新浦級弾道ミサイル潜水艦は現段階では、弾道ミサイルを発射できる技術レベルに至っていない。
 この実験公表に対して、各国の軍事専門家は、北朝鮮のでっち上げを非難した。そこで北朝鮮は、水中の潜水艦から発射している映像を出した。すると専門家からそれは、米国の発射映像だと暴露された。
 北朝鮮は、「弾道ミサイル潜水艦を保有していて、将来、この弾道ミサイル潜水艦から弾道ミサイルを米国に向けて発射する」と恐れさせたかったのだが、逆に北朝鮮のいろいろなトリックが発覚してしまった。

                                        写真1 正恩の背後に写る潜水艦はロメオ級潜水艦に類似している

                                                出典:「北朝鮮労働新聞(電子版)」2015年5月9日付
        http://www.rodong.rep.kp/cn/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2015-05-09-0010&chAction=T
*金正恩が乗船している船は、北朝鮮海軍の大型艦艇ではなく、故金正日総書記が購入したとされる大型クルーザーのようだ。軍最高司令官が、重要なミサイル実験の際に軍艦ではなくてクルーザーに乗って視察とは、軍部隊を軽んじている遊び感覚としか思えない。

 北朝鮮は2016年4月23日、再び潜水艦発射弾道ミサイルを発射し、その映像を公開した。今回の映像を分析すると、水中から発射してはいるが、潜水艦の発射口や蓋が見えないことから潜水艦からではない。今回、金正恩が港で出迎えた潜水艦は、形や性能面から旧ソ連製のZULU-Ⅳ級弾道ミサイル潜水艦(就役1956~1964年)にそっくりである。ロシアで廃艦になったものを購入したものと推定される。飛翔について、100kmまで上昇しなければならないところが30kmまでしか上昇できなかった。韓国国防省は、そのミサイルが成功しても300kmしか飛ばないし、潜水艦には1発しか搭載できないと発表している。中国SLBMのJL-2射程8000kmに比べてもあまりにも短すぎる。対艦ミサイルより射程が少し長い程度のもので、日本海の真ん中で発射しても日本に届かない。これでは、SLBMでなく対艦ミサイルと表現しても良い。米ロが保有しているSLBMとは全く異なるものであり、SLBMという用語に騙されてはいけない。

                                                              写真2 2016年4月23日発射SLBM

                                                    出典:北朝鮮労働新聞2014年4月25日付から抜粋

イ.北朝鮮の弾道ミサイル(テポドン2改)の射程1万3千kmの嘘
 韓国国防相は2月7日、「北朝鮮が発射した弾道ミサイル(北朝鮮は衛星打ち上げロケットと発表)の射程が最大で1万3千kmに達する」との見方を示した。私は、北朝鮮の軍事技術からはあり得ないと考える。その理由は簡単だ。同じ液体燃料を使用するのであれば、ミサイルの大きさ(長さや直径)が変わらないのに、射程が倍に伸びることなどない。米国、ロシア、中国、インド、パキスタン、イランの弾道ミサイルを見ても、射程は大きさや長さに比例している。米国フロリダのケープケネディ発射場に、各国のミサイル一覧ポスターが販売されている。そのポスターを見ると、各国の弾道ミサイルが時代の変化とともに大型になって、射程も伸びているのがわかる。
 韓国国防相が、何故このような数字を発表しているのかという疑問が生じる。これは、韓国軍が自軍にTHAADミサイル(戦域高高度ミサイル)を導入したいという思惑のために、「北朝鮮がより長射程で高高度を飛行するミサイルを開発した」と強調したかったのではないかと考える。

ウ.発射前、何故ミサイル本体を映し出さなかったのか
 北朝鮮は、昨年、東倉里(トンチャンリ)基地のミサイル発射台を改修して、十数メートル高くした。改修した発射台からは、これまでのミサイルよりも大型のもの、すなわち米国まで届くミサイルを発射すると見られていた。
 発射前、発射台が開閉可能なカバーで覆われていたために、どのようなミサイルが発射されるのか、分析できなかった。発射されると、韓国国防部は、「発射されたミサイルが射程1万3千kmで米国東海岸まで届く」と発表した。その後、日本の軍事分析家の方々は発射されたミサイルを見ていないにもかかわらず、韓国国防部の情報に引きずられて、マスメディアを通じて1万3千kmの射程で米本土のワシントンに届くと発言したために、その情報が駆け巡った。
 私は北朝鮮ミサイル発射の情報が発信された時、大型ミサイル本体のエンジン燃焼実験を実施していないのに、何故、発射実験を実施したのか不思議に思っていた。さらに、ミサイル発射実験時に、ミサイル本体を隠さなければいけなかったのかについて大きな疑問を持った。北朝鮮は、日米韓を恫喝するために、米国に届くミサイルを見せつけたかったはずだ。それなのに何かで覆って見えないようにしたのは何故か。大きな理由が隠れていると考えざるを得なかった。
 1万3千kmの情報が駆け巡った数日後、北朝鮮はミサイル発射時の映像を公開した。そこで、2012年12月の発射時の映像と今回のものを比較して見ると、大きさ(長さ・幅)が同じものだった。北朝鮮は大型のミサイルを製造し、実験して、それを今回36年ぶりの北朝鮮労働党大会の前に発射したかったはずだ。しかし、大型化はできなかった。もしも、金正恩の思惑通りに開発が進み、大型のミサイルであれば、これ見よがしに、衛星写真でミサイル本体を見せたはずだ。しかし、それをしなかったのは、前回と同様のテポドン2の改良型では、金正恩執政時の成果とはならないからだ。「新型で大型のミサイルではない」、このバツの悪さを隠したかったと考える。

エ.2016年1月6日の実験は、水爆実験なのか
 核兵器の脅威を実力以上に大きく見せている。
 1月6日に、金正恩の命令により最初の水爆実験を実施し、「水爆実験に成功した」と国営メディアは伝えた。各国も、北東部にある豊渓里(プンゲリ)核実験場周辺でマグニチュード5前後の揺れを確認した。
 ところが、米国、中国、ロシア、日本などから、爆発の規模やこれまでの北朝鮮の開発経緯、米ロの水爆開発経緯との比較などから、「水爆実験」ではないとの見方が噴出した。
 水素爆弾の前段階であるブースト型核分離爆弾の実験とすればどうなのか。ブースト爆弾は、通常の原爆よりも数倍の威力がある。前回と今回の爆破威力を比較すると、前回の原爆実験が約6~7ktで、今回は6kt程度のほぼ同じ規模であることから、ブースト爆弾ではなく、通常の原爆の可能性が高いと評価してよいだろう。
 とはいえ、核実験を重ねるごとに、北朝鮮の核兵器の脅威が増加していることは事実だ。金正恩は「核物質をどんどん生産し、小型化した核兵器とその運搬手段をさらに多くつくるだけでなく、既に実戦配備した核攻撃手段も不断に更新するべきだ」と述べ、核・ミサイル開発を進める方針をあらためて主張した。

                                                  写真3 小型化された核弾頭の模型とKN-08弾道ミサイル

                                                          出典:「朝鮮中央通信」2016年3月9日付

 米韓は、北朝鮮が核実験を重ねて核の小型化技術を進歩させているものの、ミサイルに搭載できるほどの小型化には成功していないとみている。韓国国防省も3月9日、北朝鮮は「小型化された核弾頭と弾道ミサイルKN-08の実戦能力は確保できていない」との見方を示した。
 米韓日を脅すのであれば、実物を見せれば効果満点であるはずなのだが、おもちゃのような模型を見せて、小型化された本物があると言わんばかりであった。だが、金正恩から「早く完成せよ」と言われてはいるが、「まだ完成していない、当分完成できない」ために、やむを得ず模型を出して、米韓日をなんとか騙したかった。いや、軍技術者達は、これで金正恩を騙したかったのかもしれない。

オ.何故、米国への核搭載弾道ミサイル攻撃の映像を映すのか
 極めつけは、「dprktoday.com」(2016年3月25日)に投稿されたプロパガンダ動画である。北朝鮮から弾道ミサイルが発射され、米国に命中し核爆発が起こり、ワシントンのリンカーン記念堂が燃える映像が映し出されている。挑発そのものである。
 私は、北朝鮮の弾道ミサイルは実際には米国本土まで飛んでいかないので、恫喝の映像と考える。
 実際にテポドン2改良型も射程は約7000~9000kmであり、それも弾頭部にせいぜい500kgの爆弾しか積めない。北朝鮮の弾道ミサイルは、韓国国防部が発言しているように小型化に成功していない。小型化していなければ、5~6トンの重さになるので、現在のところ弾頭ミサイルには搭載できない。
 もし、北朝鮮が弾道ミサイルを米国近くまで飛ばすことができるのであれば、映像など見せずに、実際に、ハワイと米国西海岸の中間地点か米国西海岸近くまで飛ばす実験を行うはずだ。冷戦期の旧ソ連の発射実験では、SS-18大陸間弾道弾を旧ソ連のウラル山脈西側のプレセック基地から発射して、ハワイ近く(ハワイの近海に飛行制限海域を設定)に落下させたことがあった。

(2)通常兵器による恫喝映像の稚拙さ
 前述の映像では、朝鮮戦争、プエブロ号事件、EC-121撃墜事件、ポプラ事件、ヘリの不時着で、米朝交渉で調印している場面があった。米朝交渉を行いたい現れなのか。
 また、映像の終わりには、各種通常兵器が続々と出てくる。中国製の旧式の対艦ミサイル、旧ソ連製のT-55・T-62型で中国では軍事博物館に飾ってある古い戦車、多連装ロケット、中国やロシアでは廃艦になっているロメオ級潜水艦、約50~100トンの小型ミサイル艇などだ。こんな博物館に飾ってもよいような年代物(ポンコツ兵器)を見せてどうするのか。金正恩を騙すことはできても、各国の軍事専門家を騙すことはできない。
 それでも、通常兵器の中で、300ミリ・240ミリ多連装ロケット、170ミリ自走砲および地対空ミサイルについては、重大な脅威となり得る。
 以下、韓国の脅威となる兵器について解説する。

ア.口径300ミリ・240ミリ多連装ロケットの射撃
 北朝鮮労働新聞(2016年3月22日)に、300ミリ多連装ロケット射撃の実験映像が掲載された。そのロケットは、射程が150~200kmあるので、ソウルを超えて、韓国領土の半分(その地にある軍事基地にも)に届く。北朝鮮軍は、地上戦では米韓軍に勝てないので、ロケットや火砲などの飛び道具を使って韓国を攻撃する戦術であると見てよい。

                                                                写真4 300ミリ多連装ロケット射撃

                                                            出典:「北朝鮮労働新聞」2016年3月22日付

 これらのロケットが都市や軍事基地を狙って発射されれば、米韓はどのように対応するのか。その方法には、2種類ある。一つは、その発射位置を1分以内で特定して、数分以内に空爆や砲撃で反撃すること。もう一つは、弾道ミサイル防衛と同様にロケット防衛システムである。

 一つ目の方法。多連装ロケットの射撃では、発射時に大きな火炎が出ることと、発射された弾道からその射撃位置を瞬時に特定することができる。
 北朝鮮が数発発射しただけで、韓国地上軍は瞬時に対砲迫レーダーでその位置を特定できる。つまり瞬時にロケット砲陣地が発見できるのだ。そして、その情報を地対地ミサイルATACMS部隊に通知して反撃するのだ。韓国が保有しているものは米国陸軍と同じもので、命中精度が高い。また、戦闘機や爆撃機の空対地ミサイルでも反撃できる。北朝鮮軍が多連装ロケットを韓国に向けて発射したら、米韓軍は平壌に向けてミサイル攻撃や空爆を行い、平壌の都市も破壊されることになろう。
 二つ目の方法。ハマスやヒズボラの過激派組織が、イスラエルに向けてロケット砲を打ち込むことがあり、イスラエル市民に多くの被害が出ている。イスラエル軍はこれを防ぐために、防空ミサイルシステム「アイアンドーム:Iron Dome」を装備して、実際に効果を挙げている。このシステムは、向けられたロケット弾に迎撃ミサイルを発射し、そのロケットに接近して破裂させる近接信管を作動させ、空中で撃ち落すシステム(※下図参照)である。韓国軍は、まだこの兵器を保有していない。

                                                図 アイアンドームの射撃システムとミサイル発射状況

                                出典:http://www.bbc.com/news/world-middle-east-20385306およびイスラエル軍

イ.口径170ミリ自走砲の射撃
 240ミリ多連装ロケット射撃の映像と同様に、海辺から射撃している火砲は170ミリ火砲である。射撃の映像をよく見ると、実弾ではなく空砲射撃である。その根拠は、砲口(砲の先端)から燃えるように大きな火炎が出ているからだ。実弾射撃の時は、火炎は出ないで煙が出る。もしくは、火炎が出たとしてもガスが噴射するような様相になる。自衛隊の富士総合火力演習の行われる203ミリ榴弾砲や155ミリ榴弾砲の実弾射撃では火炎が出ていない。
 発射した弾が目標地域の島に落ちて爆発している映像があるが、これは、事前に島に設置した砲弾や火薬をリモートで爆発させているだけだ。240ミリロケットや170ミリ砲では、点に命中することは、絶対にあり得ない。弧を描く曲射弾道では、どんなに訓練しても命中することはない。実際、北朝鮮軍砲兵部隊は2010年11月に、多連装ロケット砲で延坪島へ砲撃を行ったが、1回目の射撃では、150発発射したが60発が島内に90発が海に落下した。
 北朝鮮軍は何故、空砲射撃を行うのか。170ミリ砲は、各国が保有する火砲の砲身(筒)よりも異常なくらいに長い。これで実弾射撃を重ねると、砲身が壊れるのではないかと誰もが思う。当然北朝鮮軍砲兵もそう思っているのではないか。また、保有する弾薬が少ないので、無駄に使いたくないとの判断もあろう。
 韓国軍はこの砲の射撃もロケット射撃と同様に、射撃位置を直ちに特定できる。よってその対応は同じになる。

                                                            写真5 長距離砲集中攻撃演習の写真

                                                            出典:北朝鮮労働新聞2016年2月25日掲載

ウ.ロケット砲と火砲の二つの射撃の考察
 現代戦では、対砲迫レーダーの発達により、火砲やロケットの射撃をすると、数分以内に敵から撃ち返しがくる。だから直ちに射撃位置を変換しなければならない。海岸に並べて長時間撃ち続けることは、素人に見せるには効果があるかもしれないが、軍事専門家の目でみると幼稚だ。米韓軍に反撃されて、これらの砲やロケットは破壊されてしまう。私だったら、数分間射撃したならば、直ちに陣地変換するところまで見せる。そうしなければ、近代の砲兵戦では、勝利はあり得ない。砲の運用を知らない金正恩は、これらの映像を喜ぶのだろう。

エ.地対空ミサイル
 北朝鮮労働新聞(4月2日付)は、北朝鮮防空部隊が新型防空迎撃誘導兵器システムの射撃を行ったことを写真付きで公開した。ロシア製のS-300防空ミサイルと同じ形状だ(トラックは中国製のようである)。ミサイルシステムはロシアから昨年導入したものに違いない。昨年10月党創建70周年のパレードに初めて出現した。北朝鮮はこれまで、SA-2・3・5型の防空ミサイルを保有していた。1973年第4次中東戦争で使用された旧式のミサイルであり、米韓戦闘機には命中させることがほぼ不可能であると見られていた。ところが、ロシア製のS-300防空ミサイル(日本のパトリオットPAC-2タイプに類似)を導入したことで、米韓軍の戦闘機には重大な脅威となろう。恐らく、平壌の都市防空に使用されるものと考えられる。

                                                            写真6 北朝鮮新型防空ミサイルKN-06

                                                            出典:北朝鮮労働新聞2016年4月2日

2.「吠えなければならない」理由は何なのか
 何故、北朝鮮は軍事的脅威を現実のもの以上に大きく膨らまさなければならないのか。欺瞞を解明する糸口となる金正恩の成果と北朝鮮の内部事情について、特に軍事力、軍の人事、社会の実情の点から分析する。金正恩が就任した2012年末からどんな成果が出ているのか、金正恩が指示したとされる実態について、代表的な例を紹介する。

 その1.大量破壊兵器を見ると、2012年4月と12月にテポドン2号を衛星打ち上げと称してミサイルを発射した。同年の4月軍事パレードに新型弾道ミサイルKN-08が登場した。2013年の2月に3回目の核実験を実施した。しかし、これらのことは、金正日総書記が死去して1年前後であることから、金正日の既定路線を踏襲し継続してきただけだと考える。金正恩の成果とは言えない。2016年2月発射のミサイルも2012年12月発射のミサイルと同じであった。

 その2.通常兵器を見ると、2015年10月の党創建70周年パレードで登場した兵器は、300ミリ多連装砲を除き全てが時代遅れの骨董品ばかりだ。例えば、主力戦車は62式で1963年頃から生産され、中国では軍事博物館に展示されて埃をかぶっている代物だ。空軍のMiG-29戦闘機は1980年代後半に導入されたもので、大きさの点で見ても中国空軍Su-27戦闘機の半分だ。MiG-29戦闘機と日米のF-15戦闘機や中露のSu-27戦闘機と比べると勝ち目はない。海軍のロメオ級潜水艦は建造されて40年以上経過し、ソ連邦が崩壊する以前にはスクラップになっていたものだ。2014年6月の労働新聞に掲載された金正恩が乗艦したロメオ級潜水艦は錆びだらけだった。つまり、北朝鮮の兵器は、金正日の時代から時代遅れのポンコツと言われていたが、金正恩になっても戦いの主力となる新型戦車、新型戦闘機、新型潜水艦のいずれも導入できていない。要するに、金正恩政権にはカネがなくて購入できないのだ。

 その3.平壌中央部にマンション建設ラッシュの実態はというと、金正恩の指示で、北京中央部に「馬息嶺(マシンリョン)速度」と呼ばれる突貫工事でマンションが多数建設された。だが、2014年5月に国家安全保衛部や警察の特権階級が住むマンションの1棟が根元から折れて倒壊した。死者数は500人にのぼり、設計・施工を担当した技術者4人が銃殺刑に処せられた。前代未聞の出来事だ。

 その4.金正恩の指示で馬息嶺(マシンリョン)スキー場が建設され、2013年12月開業した。韓国での冬季オリンピックを南北で開催する意図もあったようだが、韓国政府に一蹴された。完成後、金正恩は「馬息嶺スキー場が完成すれば全国にスキーブームが起こるだろう」と語ったとされる。食事も十分に摂れない人民がスキーなどできるわけがない。

 その5.金正日時代には、米日韓を欺いて、これらの国々から多量の支援を得つつ、見えないところで大量破壊兵器を開発し続けることができたという大きな成果があった。だが、金正恩になってからは前述した恫喝にも効果がなく、米国から相手にされず交渉の席にも着けずに制裁を受けたままである。

 その6.経済や社会状態は韓国統計庁などによると、北朝鮮の国民総所得は2014年基準で韓国の21分の1、貿易総額は144分の1である。経済成長率はマイナス傾向にあったがこの年は約1%プラスであった。低迷状態の経済の回復兆しがないにもかかわらず、2014年(昨年)の党創建70周年行事に約14億ドル、2013年の戦勝節行事に1.5億ドルを費やした(朝鮮日報)。北朝鮮国家の面子のために国費を無駄遣いしているのだ。2013年頃から、日本海側地域の海上に多くの北朝鮮の漁船が発見(2014年10月から12月14日までに14隻、男性31遺体)されている。金正恩の「軍が先頭に立って漁業に取り組むように」との発言によって軍が漁業活動を行っているためだ。金正恩は食べるために、軍兵士の生命と軍事能力を低下させている。

 その7.金正恩の指示により2012年7月にモランボン楽団が結成され、国内の行事などで演奏している。同楽団はディズニー映画のテーマ曲などを演奏し、開かれた北朝鮮のイメージを与えている。金正恩の成果と言えるのはこれだけだ。

3.金正恩の意図を読み解く
 北朝鮮は、核や弾道ミサイル開発の脅威を見せつけて、その後、2回の米朝交渉によりエネルギーや食糧の支援を得てきた。ところが、北朝鮮はその裏で、核兵器や弾道ミサイル開発を継続していた。米国は、これまでと同様に騙されるわけにはいかない。北朝鮮が核兵器や弾道ミサイルの開発を確実に止める証拠・道筋を示さない限り、交渉に応じることはない。
 このような状況で、北朝鮮は米国を何としてでも交渉の席に着かせようとして、米国や韓国を恫喝しているものと考えられる。
 何故、北朝鮮は、各国の軍事専門家によって嘘だと明らかにされることがわかっていても、水爆と言い切るのか、弾道ミサイルを水中から発射したと「大ボラ」を吹くのか、「映像を捏造」しなければならないのか。その理由は、金正恩体制になってから新たに行った事業は無駄に終わり、実質目立った成果を出していないからだ。
 北朝鮮の合理的な改革や改善を唱えれば、金正恩に粛清される。李英鎬(リ・ヨンホ)次帥は粛清され、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)次帥は銃殺された。国を守り、金正恩体制を支える軍には時代遅れの兵器を持たせ、特殊部隊を除けば、米韓軍の攻撃を受ければ容易に叩き潰される。軍人には天候が悪くても命がけで漁業活動を行わせ、多くの死者を出している。国の指導部やエリート層の中から「若い将軍様では駄目だ」と陰で囁かれているとの情報が、日本でも聞こえてくるようになった。
 金正恩体制を米国に保障して欲しいのだが相手にもされない。韓国や日本から支援物資を得ることもできない。頼みの中国との関係を何とかつなぎ止めようとしても、北朝鮮が中国の言うことを聞かないことで、関係悪化は目に見えている。北朝鮮に供給している石油も止めるべきだという主張も増加している。
 北朝鮮は八方塞がり状態にある。この状態を打開するために、人民には北朝鮮が開発した水素爆弾で米国の核兵器は怖くない、米朝戦争になれば我々も潜水艦で米国本土まで隠密に近づき、水素爆弾を落とすこともできると信じ込ませるつもりだろう。対外的には、水素爆弾を保有する国々と同列になり、同様の扱いをされたいのだ。しかし、錆びだらけのポンコツ潜水艦では太平洋の底に沈んでしまうだけだ。
 金正恩自身も、ヘアースタイル、服装、態度までも金日成を真似ている。自分の能力だけでは国家を統括できないために、金日成を真似て、人民を欺いて統治しようとする意図が表れている。
 以上のことから、北朝鮮がこのように最悪状態であっても、36年ぶりに開かれる党大会までには金正恩としての成果を出したいという強い願いが、金正恩体制の虚言となって表出していると考える。

 少し別の見方もある。北朝鮮の軍人は、軍のトップを軽易に処刑したり、双眼鏡を逆さまに使ったりするような軍事音痴の金正恩から、処刑されないように降格されないように、金正恩を騙しているのではなかろうかということである。私は、北朝鮮軍が米韓日を騙しているのかと思っていた。実は、北朝鮮軍高級将校が、無謀なことを要求し過ぎる金正恩についていけず、金正恩を騙し始めたのかもしれないと思うこともある。

4.北朝鮮軍の南侵の可能性はあるのか
 軍事的に大きく劣性である北朝鮮軍が、南北の国境(DMZ)を超えて、韓国に攻め入ることは、軍事常識から絶対にあり得ない。何故なら、北朝鮮軍が保有している戦力を分析すると、弾道ミサイルや核兵器を除けば時代遅れの兵器ばかりで、博物館に飾ってあるようなものと同じだ。
 また、軍部隊を直接指揮する李永吉(リ・ヨンギル)参謀総長も最近処刑された。現在の李明秀(リ・ミョンス)総参謀長は2012年に粛清された李英鎬次帥から4人目、玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長(国防大臣)も昨年処刑された。現在の朴永植(パク・ヨンシク)人民武力部長は2012年以降5人目だ。このような軍の人事では、高級将校の戦略・戦術も混乱し、兵士の士気も相当落ちていると見てよい。
 これでは、北朝鮮軍に精強な特殊部隊が10万人いても、米韓連合軍に勝てない。北朝鮮軍が洞窟陣地から出て、DMZを超えて攻撃すると、逆にコテンパンにやられるだけである。
 とはいえ、韓国に潜入している特殊部隊が、要人へのテロや、韓国の領土特に首都ソウルや軍事施設に短距離ロケットや大砲を打ち込む可能性は「ない」とは言い切れない。
 金正恩は2013年に、3年以内に軍事統一をすると公言していたという。3年後というのは2016年、つまり今年だ。金正恩は公言していたことを実際に実行に移して南北統一するのか、結局、何も成果を出せなかった青年大将(裸の王様)で終わるのか。
 北朝鮮では、4月下旬から農繁期に入る。種まきや田植えの準備をしなければならない。食べていくために兵士も農作業で忙しくなる。兵士の本音は、米韓軍事演習を終わらせ、早く農作業の準備に取り掛かりたいと思っているに違いない。

おわりに
 孫子は「兵は詭道(きどう)なり」、つまり、敵を欺くことこそ兵の在り方であると述べている。また、「敵を知り、己を知れば百戦殆(あや)うからず」、つまり敵を知り、己を知れ。そうすれば、百回戦っても負けることはないとも述べている。このことから、敵を知るとは我を欺いてくる敵の心理状態、意図、兵力(量・質・士気)を読み取ることであると、私は考える。
 例えば、日本の戦国時代に、敵の城を囲み兵糧(ひょうろう)攻めする軍と、囲まれて兵糧攻めされる軍の心理戦のケースを考えてみる。兵糧攻めを受けている軍の大将は、城内の武士や民が飢えて苦しんでいることを外部に絶対に漏らさない。そして数人の武将には食事を十分に摂らせ意気盛んにしていることをわざと見せつける。つまり城内の苦しい実情を見せずいつまでも持久して戦えるかのように欺くのだ。反対に兵糧攻めを行っている軍の大将は、意気盛んな数人の武将に騙されずに、城内の実情つまり相手の大将の心理状態、近いうちに落ちるのか、あるいはもっと持久できるのかを解明することに力を注ぐ。お互いが情報戦や心理戦を仕掛ける。

 では、北朝鮮ではどうなのだろうか。金正恩の心理状態や意図を読むことが重要だ。
 金正恩と党指導部は、36年ぶりの北朝鮮労働党大会までに金正恩の目立った成果をあげたいところだが、それは実現しなかった。金正恩の成果として形だけは取り繕ったのだが、事実上の成果としてではない。このことに、落胆、不安、焦り、混乱が生じていることだろう。
 これまでの経済制裁もボディブローのように効いている。今回の核実験とミサイル発射を契機に世界各国、特に中国までもが経済制裁を強めれば、もがき苦しむことになろう。

 金正恩は、祖父の故金日成主席の姿を真似なければ国を統治できない。秘密警察である国家安全保衛部や警察の人民保安部に守られ、組織指導部が彼らを使って勝手に要人を捕まえては処刑(理由などは時後報告になっている)し、身内しか信頼できなくなりつつある。このような金正恩体制は、近々衰退していくことは目に見えている。
 北朝鮮の生存のために、核兵器や弾道ミサイルを開発すればするほど、「経済制裁というカード」が出て来る。北朝鮮を守るのも切り捨てるのも中国次第の様相になってきた。もう、北朝鮮は中国の言いなりなりにならざるを得なくなっている。ロシアからも支援を得たいところだが、ロシアは見返りにハードカレンシーを要求することから、中国ほどに期待できない。
 金正恩は、金一族による支配体制を崩壊に導く動きに恐怖を感じている。金正恩の強硬な発言は、「最後の遠吠え」のような気がしてならない。朴槿恵大統領が演説で、「北の体制崩壊」に言及し、「北を必ず変化させる」と断言したことは、このことがわかっているからであろう。

 最後に、北朝鮮は敵を欺くことに長けている。そして、特殊部隊、工作機関、小型潜水艦・戦闘機の搭乗員は精強だ。彼らは、いつ、密かに奇襲攻撃を仕掛けてくるかもしれない。絶対に油断は禁物である。
                                                                                                                                                                        (了)


西村金一(にしむら きんいち)
 1952年、佐賀県生まれ。陸上自衛隊少年工科学校生徒入隊、法政大学文学部地理学科卒業、自衛隊幹部候補生学校修了、幹部学校指揮幕僚課程(33期CGS)修了。防衛省情報分析官、防衛研究所研究員を経て、第12師団第2部長、少年工科学校総務部長、幹部学校戦略教官等として勤務。定年退官後、三菱総合研究所国際政策研究グループ専門研究員、ディフェンス・リサーチ・センター研究委員、現在は軍事・情報戦略研究所所長。
 著書『北朝鮮の実態』―金正恩体制下の軍事戦略と国家のゆくえ―(原書房)、共著『自衛隊は尖閣諸島をどう戦うか』(祥伝社)がある他、メディアへの出演多数。