日 時:平成30年7月12日
報告者:落合直之 氏(IMT派遣要員・JICA安全管理部参事役)
<報告の要点>
○ ミンダナオ和平とIMTの位置付け・任務
- ・ ミンダナオ和平のプロセスは、「Peace Making」「Peace Keeping」「Peace Building」の三位一体的アプローチだった。
- ・ IMTは、2004年国連が関与しない地域主導の機関として設立された。当初、リビアがコミットし、その後、日本、インドネシア、EU諸国などが参加した。
- ・ IMTの任務は、停戦監視委員会(フィリピン政府とMILF)にモニタリングの照会、その報告書を双方に提出(peace panel へのmonthly report)することである。IMTはマンデートにないことはやらないが、団長の判断によっては、MILFとの関係に影響が出そうであれば関与するケースがある。例えば、部族(リド)抗争の話し合い・観察を行ったこともある。
- ・ レポート提出後の対応についても、IMTは原則関与しない(団長の判断次第)。
- ・ IMTの出口戦略は、バンサモロ自治政府の設立にある。但し、基本法の制定を巡り利害対立(権限争い)があるため、法律制定が遅れている。2018 年時点での活動終了は2022 年の見通しである。
- ・ フィリピン政府はIMTにいて欲しくない。他方、MILFは後ろ盾として残って欲しい。IMT設立についてはOIC(Organization of the Islamic Conference)の関与から始まっており、MILFはIMTを利用してきたからである。
○ IMTの組織、活動
- ・ IMTは、治安、人権・人道、社会経済開発、市民保護の四部門からなり、相互に連携して活動している。
- ・ 日本は、2006年以降社会経済開発に参画している。社会経済開発ニーズの把握と示唆、包括的社会経済開発計画策定への助言と早期実施の促進、バンサモロ開発庁(BDA)に対する社会経済開発活動の総合調整について行っている。
- ・ IMTの活動経費のうち、家賃、車、水道光熱費等はフィリピン政府が負担している。要員の人件費は派遣元国負担である。
- ・ IMT要員の法的地位については、IMTとフィリピン政府との地位協定のような包括的なものは締結されていない。主として、要員の出身国と、同政府との二国間関係に基づいて(派遣要請の段階で各国別に対応)対応している。日本の要員は外交官旅券で対応している。文民要員は契約を基本としており、インドネシアは半年、ブルネイ・マレーシアは1 年任期である。
○ IMTの効果
- ・ 停戦合意違反は、活動開始当初十数件あったが、2012年以降は0件である。
- ・ 武器を帯同しないという抑制的な姿勢が功を奏した可能性が高い。現地での権威も高い。
- ・ 停戦監視の必要性が低下したことにより、軍人の割合は低下している。治安部門を担当していたノルウェーは2018年時点で事実上撤退した。
○ IMTの運用について
- ・ 組織を運営するに当たっては、部門横断のモーニング・ブリーフィング(daily)で情報共有した。
- ・ その上で4部門が各自で連携していた。例えば、社会経済開発部門が活動する際には、治安部門から状況を把握し、必要であれば帯同を依頼していた。
○ 開発事業形成と調整
- ・ IMT(社会経済開発部門)とJICAは一体不可分の関係にあった。
- ・ IMTからは他の機関、世銀やUNDPにも打診するが、先ずはJICAがカウンターパートであり、事業の実質的な担い手もJICAが多い。
- ・ 事業形成に際しては、最初にフィリピン政府から日本政府へ要請がいく。それに基づきJICAが開発計画を策定する。JICAのカウンターパートは、フィリピン政府のOPAP(和平交渉担当官庁)。現地のカウンターパートはバンサモロ開発庁(BDA(Coordination Committee))である。
- ・ BDAはMILFとフィリピン政府の合意で設置されている。BDAがJICAや世銀、UNDPから資金援助を受けて、開発事業が進められる形となる。
- ・ 草の根の無償で実施する案件は小規模で他機関とのトラブルはほぼ起きない。
○ 要員の安全確保
- ・ IMTの犠牲者はゼロである。活動中、身の危険を感じたこともない。双方がIMTを尊重するなど、ミンダナオのユニバーサル・ブランドになっている。
- ・ 活動中は、拳銃を帯同した護衛を常につけている。MILFキャンプ内や実効支配地域では、MILF側の人間がそれぞれ1名護衛につく。地域によっては両方を帯同した。そのため、IMTコンパウンド内には、フィリピン国軍とMILFが同居している。
○ 日本人要員のIMT参加
- ・ 私は実質的に3つの肩書きで活動していた。IMTの社会経済開発部門長、在フィリピン日本大使館一等書記官、そしてJICA職員である。
- ・ IMT要員としては、特にアドバイザーを務めた。例えば、草の根無償資金協力(小規模(1,000万円上限)の開発案件、大使館決済)で小学校建設事業等を実施した。
- ・ MILFの意向として、イスラム系(マレーシア、ブルネイ、リビア)だけでなく、他の非イスラム諸国による支援、国際社会からの関与を求めていた。まず日本、続いてノルウェー、EUである。
○ 活動(の成功)に対する認識
- ・ Peace keeping, building, making という三位一体で平和構築支援するという形は日本にとって初の試みであった。
- ・ IMT、日本大使館、JICAの連携で事業を進めるプロセスにおいて、日本のプレゼンスが強化されていく。実際に、日の丸とJ-BIRDのマークがついている施設は、部族抗争の際に焼き討ちにあわない(「日本を敵に回す」という抑止力が働く)。
- ・ IMTの活動を通じてMILFに深く関与することで、彼らと太いパイプができ、MILF支配地域でJICAのプロジェクトが可能となった。UNDPや世銀、フィリピン政府などからも、どうすればそこまでコアな所に入れるのかと問われる。これは2006年からの蓄積である。必要であれば一緒にやるように国際機関の要員を連れて行く。
- ・ IMTでうまくやれている要因として、「条件に恵まれた」というよりは、「やってみたら、うまくできた」という理解がJICA内では多い。但し、バングラデシュの事件以来、危機管理のハードルが上がっており、JICAとしては積極的に派遣しようという雰囲気ではない。
○ IMT派遣における課題
- ・ 「停戦合意」のみの紛争休止状態で、派遣される文民の安全確保が大きな課題である。IMTは停戦を監視するのみであり、保護は行わない。
- ・ 外務省、JICAにとっては要員の安全管理に関する点が難しい問題である。
- ・ 3 つの業務を同時に行う派遣は初めてだったため、身分保障も問題になった。
- ・ 要員の生活面では、軍人との共同生活であり文化的相違から当初は大変だった。
○ オールジャパンによる連携
- ・ 大使館、JICAなどの関係者が毎月マニラで「ミンダナオ・タスクフォース」を開催している。外務省のIMT、ICG(国際コンタクトグループ)担当公使なども参加しており、2006年から継続して行われている。
- ・ 外務省-JICAは仕事が定型化されており、平和構築に限らず、ルーティーンに基づいて粛々と進められる。IMTについて予算は特別だが、ODAタスクフォースのミンダナオでのスペシャル・バージョンといった構図であり、JICA内でもミンダナオが特殊事例という理解はない。