「トランプ政権スタート」
―保守的政策の展開に向けて―

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JFSS政策提言委員・筑波学院大学名誉教授 浅川公紀

◆米国第一、保護という原則
 ドナルド・トランプ米大統領は2017年1月20日、歴代では最高齢の70歳で第45代大統領に就任した。トランプは就任演説で、「貿易、税制、移民、外交に関するあらゆる決定」は「米国の労働者と家族の利益」を念頭に行うと明言。米国第一(America First)主義を明確に打ち出した。また、「ワシントンは栄えたが、国民はその富を共有しなかった」とし、「ワシントンから国民に権力を取り戻す」と宣言した。更に、経済・貿易の基本原則として、「米国製品を買い、米国民を雇う」という2つのルールを掲げた。トランプは「米国を再び偉大な国にする(Make America great again)」と述べ、「保護(Protection)こそが偉大な繁栄と強さにつながる」と強調した。
 トランプが就任とともに特に強調したのは、「米国第一」、「保護」ということである。これは経済・貿易では、米国内産業、米国民の労働者を保護する保護貿易主義を追求するということであり、外交・安全保障では、米国本土、米国民の生命と安全を直接脅かすイスラム過激派テロリズムとの戦いを最優先課題にするということだ。
 トランプは就任直後から、大統領令を連発しているが、その内容は全て米国第一、保護という原則に基づいている。

◆TPP離脱、NAFTA再交渉
 1月23日には、予告通り、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を永久に離脱するための大統領令に署名した。トランプは、「TPPを公式に終わらせた」と宣言し、「米労働者にとって素晴らしいことだ」と述べた。トランプは同日にホワイトハウスで労働組合幹部と会談し、「すべての人や企業を国外移転させるばかげた貿易協定を停止させる」と語った。また同日、米国内の製造拠点を海外に移転した後、米国内への輸入を望む企業に対し、高額の「国境税」を課す方針を改めて打ち出した。
 既に、トランプは就任前から、GM,ロッキード・マーティン、ボーイング、フォードなどの米国企業やトヨタ、フィアット・クライスラーなどの外国企業に対して、メキシコなどの海外で米国向け製品の生産基盤を新設、或いは拡充することを批判し、高率の国境税を課するという脅しをかけ、米国内への投資や雇用創出の約束を引き出してきた。
 更に就任後の1月24日には、トランプはホワイトハウスで米国の自動車大手3社(ビッグ3)経営トップと会談し、米国内での工場新設を要請した。トランプは米国内での設備投資などを容易にするために、減税や環境規制の緩和を進めることを約束した。
 トランプはまた、クリントン政権下で発効した北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉を明言し、そのために早々にカナダ、メキシコの首脳との会談を行おうとしている。NAFTAに関しては、カナダとメキシコが米当事社に公正な取決めを拒むならば、NAFTAからの離脱も辞さないことを明言している。米国は国内総生産(GDP)でTPP加入国全体の合計の6割を占める。NAFTAにより米、メキシコ、カナダを中心に既に多様な企業の生産、流通基盤が出来上がっている。
 TPP離脱、NAFTA再交渉は、これらの貿易協定に関与した国々や多くの企業に政府の通商政策、企業の生産、物流体制の抜本的見直し、修正を迫っている。また超大国である米国の保護貿易主義的姿勢は、自由貿易を前提に構築されてきた国際貿易体制に漂う暗雲になっている。

◆ISとの戦いに関与
 トランプは就任式を境に、ホワイトハウスの公式ホームページも米国第一主義のテーマを中心に一新した。ホームページでは、「米国第一の外交政策」と題して、「力による平和」を外交の中心に据えることを宣言したが、「我々が敵を求めて海外に行かないことを、世界は知らなければならない」と述べた。これは、米国がもはや世界の警察官の役割を積極的に務めることはしないという意思表示とも取れる。オバマ政権の8年間で継続した国防予算の大幅削減を停止し、国防予算を増額し、米軍を強化する。しかしトランプ政権の米軍増強はあくまで米国民と米国の経済的繁栄を「保護」するためのもので、強大な軍事力を持つ米国の抑止効果で、世界の安定と平和を維持することを期待する。
 ただ米国の国土と国民を直接脅かすイスラム国(IS)、アルカイダなどのイスラム過激派テロへの対応は米国民と米国土を直接「保護」することにつながるので、世界の警察官にはならないという方針の例外である。ホワイトハウスのホームページは、「ISIS(イスラム国)や他のイスラム過激派テロ組織の撃退が最優先課題だ」と宣言。「トランプ政権はテロ組織への資金を遮断するための国際パートナーと協力し、機密情報共有を拡大し、(テロ組織の)宣伝と人員募集を妨害するためにサイバー戦を実行する」と明言している。
 トランプ政権が今後、オバマ政権の方針を覆して、米地上軍をシリア、イラク、リビアなどに派遣して地元勢力と協力してIS掃討作戦を推進するところまでゆくかどうかはまだ不明確だが、ISとの戦いにより積極的に関与することは間違いない。トランプはその後の発言で、イスラム過激派テロリストにはオバマ政権よりはるかに強硬な姿勢で臨むことを明確にしている。
 1月25日にはABCテレビのインタビューで、ブッシュ政権下のテロとの戦いで一時実施され、その後オバマ政権で全面禁止されたテロ容疑者に対する水責めなどの拷問を尋問手段として復活させる可能性を示唆した。トランプはこの中で「情報機関の幹部たちに、水責めや拷問は効果があるのかと尋ねたら、勿論ですという回答だった。私は間違いなく効果があると感じている」とし、ポンペイオ中央情報局(CIA)長官やマティス国防長官らに意見を求める意向を明らかにした。トランプは、「もし彼らがやりたいなら、できるようにしたい。法的に許される限り、全てのことを実行した」と語った。トランプは更に、イスラム国(IS)がキリスト教徒などを斬首して惨殺していることを挙げ、「ISは我々の国民の首をはねているのだ。火には火で対抗しなければならない」と述べた。

◆オバマ・レガシーの無効化
 トランプは11月の選挙後、大統領選期間の公約を緩和するかのようなジェスチャーを見せていたが、就任後は選挙戦での公約をほぼそのまま実行する大統領令を立て続けに出している。就任日には、医療保険制度改革法(オバマケア)を廃止する意思を明確にし、オバマケアを見直す間、同法により保険会社や国民が負う負担を最大限軽減するよう指示した。トランプはオバマケアについて、「高すぎて、ひどい制度だ。我々はもっと良質で更に安い保険制度を作ろうとしている」と、オバマケアを撤廃して新しい制度を作る意向を示した。トランプはオバマ政権8年間のリベラル政策で米国の国力が衰えたと見ており、オバマのレガシー(遺産)を撤廃することが偉大な米国を復活させる第一歩と考えているようだ。
 社会政策、経済政策では保守的な政策を議会の採決が不要な大統領令という形で相次いで打ち出している。
 早くからトランプは、連邦法人税を向こう10年間で35%から15%へ大幅に引き下げ、富裕層には減税するなどの大幅減税を公約しており、減税は経済政策の目玉の1つになっている。更に企業の自由な経済活動を重視し、企業を縛る環境規制は軽減してゆく方針で、2020年以降の温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」も、協定からの早期脱退を模索している模様だ。
 こうした主要な国内経済政策のうち、大幅減税とオバマケアの大幅修正は、小さな政府を主張してきた議会の共和党主流派も支持できる内容であり、比較的速やかに実施されると見られる。
 社会政策においては、トランプは、妊娠中絶を合法化した1973年の連邦最高裁判所の判決を覆すことを目指している。妊娠中絶は連邦レベルでは非合法だが、中絶を許可するかどうかは州の判断に任せるというところに持ってゆきたい。トランプは選挙期間中、同性婚は認めないと発言していたが、当選後のインタビューでは同性婚を容認する考えを示した。連邦最高裁は2015年に同性同士による結婚の権利を認める判決を下し、同性婚容認が全米の州に広がることが予想されている。今後、トランプが同姓婚、マリファナ合法化などに対して何らかの行動を起こすのか注目される。
 就任演説ではワシントンを強く批判し国民に権力を取り戻すと豪語したが、1月20日には規制の導入凍結を指示し、23日には連邦政府職員の新規雇用を軍や一部国家安全保障部門を除き凍結することを発表した。連邦政府の人材の重複や無駄を排除し効率化を計ることが狙いで、いずれも歳出抑制策の一環であり過去の共和党政権も目指した「小さな政府」を志向する内容になっている。また23日には、妊娠中絶を支援する国際非政府組織(NGO)に対する連邦助成金を停止するよう命じた。この中絶支援団体への補助停止は最初レーガンが導入し、クリントンが廃止、ブッシュが再導入し、オバマが再度廃止していたものだ。中絶に反対する共和党保守派を代弁したような措置である。

◆保守的アジェンダ実現の好機
 トランプは、保守派の理念を強く持っているわけではないが、ワシントンの権力を縮小し米国民に権限を戻す、またオバマのレガシーを無効化するという立場からは保守派と目標が一致している。これまでのところ、トランプは国内の経済政策、社会政策、更に外交政策では、貿易政策を除いて、共和党保守派が支持するような政策を推進しようとしている。米議会の上下両院が特に共和党支配であることは、トランプの内政、外交における保守的アジェンダを実現する好機を提供している。
 歴代の政権で、大統領1期目の半ばに行われる中間選挙で与党が議会で議席を失うというのがパターンになってきた。このため2018年中間選挙では民主党が巻き返す可能性がある。米国民がトランプ支持、反対で大きく2分され、トランプの就任式に集まった以上の人が1月21日のトランプに抗議する女性デモ集会などの抗議集会に結集した現実を考えれば、2年後に共和党が上院で過半数議席を失う可能性が高い。トランプにとって最初の2年間が保守的政策を実現するチャンスである。
 ニュート・ギングリッチ元下院議長は、「トランプは思想的、伝統的な保守派ではないが、過去100年間で最も反左翼の政治指導者となる可能性がある」とし、1930年代のフランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策から始まった80年以上にわたるリベラル政治を終わらせる「好機」だと見ている。
 トランプ政権の閣僚は保守派で固められており、特に改革精神の旺盛な保守派が多い。多くはオバマ政権のリベラル的政策に強く抵抗してきた保守派の有能な人材である。こうした保守派閣僚に対して民主党議員の多くは基本的に支持しなかったが、共和党議員は高く評価している。マティス国防長官が軍制服組として極めて豊富な経験を持っているように、知識や経験の上で申し分ない。 トランプが大統領として閣僚に対してどういう関係を築くのか。レーガンのように政策のビジョン、方向性を示し、実務は閣僚に任せる行政スタイルを取るのか、或いは閣僚に対して一方的に命令を下し実務まで細かく管理する独裁的アプローチをとるのかによって、保守的政策がどう展開されてゆくかが大きく変化する。2つのアプローチのバランスがトランプ政権の成功・失敗を左右することになろう。
(文中、敬称略)