ミサイル発射、Jアラートで嘘八百を垂れ流したテレビ
~日本に求められる普通の安全保障リテラシー~

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政策提言委員・元航空支援集団司令官 織田邦男

 北朝鮮は8月29日、中距離弾道ミサイル「火星12」の発射を実施した。朝鮮中央通信は「金正恩朝鮮労働党委員長は『恥辱的な韓国併合条約』が発効した1910年8月29日から107年に当たる29日に『日本人を驚がくさせる大胆な作戦計画』を立て、発射を承認した」とし、「発射は成功した」と報じた。

 報道によると順安空港(平壌国際空港)から弾道ミサイルは発射され、ミサイルは北海道の渡島半島上空を通過し、襟裳岬東方約1180キロの太平洋上に落下したという。

 8月9日、北朝鮮軍の金絡謙戦略軍司令官が火星12を4発同時発射して島根、広島、高知各県の上空を飛行させ、グアム島周辺30~40キロの水域に撃ち込む計画を公表していた。米国の激しい反発を受け、急遽、方向を変えたものと思われる。

 今回の発射は異例ずくめである。従来のように山岳部から発射するのではなく、平壌近郊の国際空港から発射したのも異例だが、日本列島を超えて飛行したというのも日本国民にとっては大きな衝撃であった。だが北朝鮮が発射した弾道ミサイルが日本列島上空を通過したのは初めてではない。今回が5度目となる。 

 1998年8月31日、長距離弾道ミサイル「テポドン1号」が初めて日本列島上空を通過し、三陸沖の太平洋に落下した。後日、「人工衛星の打ち上げ」と発表している。この時も今回と同様、一切の事前通告はなかった。

 この他、「人工衛星打ち上げ」と称して長距離弾道ミサイル「テポドン2号」の改良型が3回発射されたが、いずれも北朝鮮が事前通告しており、部品の落下位置なども事前公表していた。2012年12月、2016年2月には南方向に発射し、沖縄県上空を通過して一部がフィリピンの東方沖や太平洋上に落下している。

 今回、ミサイルの上空通過は北朝鮮が予告した中国、四国地方であるとし、不測の事態に備えてPAC3を展開させていた。ところが全く予想外の津軽海峡方向にミサイルが飛翔し、しかも全国瞬時警報システム「Jアラート」が初めて作動したということで国民の衝撃は倍加した。「Jアラート」が流れた12の道と県は、文字通り右往左往の感があった。

 メディア、特にテレビでは連日「ミサイル発射」一色となり、お茶の間には虚実相混ざった情報が垂れ流されていた。安全保障の議論が盛り上がるのは決して悪いことではない。だが、8月18日付の拙稿「『虚空に吠える』議論は有害無益である」でも指摘したように、誤った知識に基づいた議論は「有害無益」である。週刊誌でもない有力な御意見雑誌までがこの体たらくで、日本の安全保障リテラシーが問われていると指摘した。細部は省略する。

 今回のミサイル発射を伝えるテレビのワイドショーはこれに輪をかけ、国民をミスリードする酷い内容が多かった。そもそも基礎的知識に欠けており、「ピント外れ」を通り越し、誤った知識をお茶の間に垂れ流していた。

 例えばこうだ。高名なコリア・ウオッチャー曰く、「破壊措置命令が出ていないのに、Jアラートを出すというのは納得いきません」と。これに対し、スタジオの雰囲気は「そうですよね・・・」と一挙に政府批判の様相に転じた。政府批判は自由だが、正しい事実に基づいてなければ、ただのアジテーションに過ぎない。恐ろしいのはこれが真実となって国内に蔓延してしまうことだ。

 「破壊措置命令」は稲田朋美防衛大臣の時からとっくに出されていた。だからこそ、イージス艦も日本海で警戒監視を続けており、PAC3も中国、四国地方に展開しているのだ。加えて「破壊措置命令」と「Jアラート」は全く関連性がない。

 次のようなことを真顔で述べるコメンテーターもいた。「今回、自衛隊は『破壊措置』が実施できなかった。だから日本のミサイル防衛システムは役に立たない」と。

 「破壊措置命令」が出ているからと言って、「破壊措置」をするとは限らない。平時の場合、法律上「我が国に飛来するおそれがあり、その落下による我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止するため必要があると認める」ミサイル等に対して「破壊措置」が実施できる。ミサイルの着弾地が不明な場合や、明らかに着弾地点が太平洋と分っているミサイルは現行法制上も破壊措置はとれない。(能力的な観点もあるが、省略する)

 今回初めて出された「Jアラート」についても、随分いい加減なコメントが流されていた。本質的な理解が深まるどころか誤認識が広がったのではないだろうか。

 代表的なコメントがこうだ。「警報が出されてから、ミサイルが飛んでくるまでに数分しかないから意味がない」「地下や頑丈な建物の中に避難しろといっても、近くに無い場合はどうするのか」「避難出来るような場所なんて、ほとんど無いし、Jアラートなんて意味はない」等々。

 「Jアラート」は全国瞬時警報システムであり、対処に時間的余裕がない大規模な自然災害や弾道ミサイル攻撃等についての情報を、国から住民まで直接瞬時に伝達するシステムである。住民に早期の避難や予防措置などを促し、被害の軽減に貢献することを目的としており、危機管理能力を高めようとするものである。

 なるほど、「Jアラート」警報が鳴っても、ミサイルが頭上に到達するまで数分しかないのは事実である。また田舎では、近くに「地下や頑丈な建物」など無い方が普通だろう。だからと言って「Jアラート」など意味はないかというとそうではない。

 今、自分が置かれた環境の中で、数分間という時間があれば何ができるか。ミサイル脅威に対しては、数分間という時間内で、自らを守るための最適の行動をとることが求められる。まさに危機管理そのものである。その行動を促すスターターが「Jアラート」なのである。

 危機管理にベストはない。あれもない、これもないという環境下で、最悪事態(核ミサイルの着弾等)を想定し、工夫をしながら被害の最小限化を図る。自分を守るのは自分であり、誰にも頼ることはできない。

 スターターとしての「Jアラート」が鳴ったら、現在の場所に最もふさわしく、数分の間でできることをやって自分自身を守れということであり、個人の危機管理そのものなのである。何でも国頼みの「お上依存症」は戦後日本人の宿痾ともいえる。先ずは自助、そして共助、公助と続くのが世界の常識であり、危機管理の鉄則なのだ。

 知ったかぶりして、こういうことをまことしやかに語っていたコメンテーターもいた。「何故、12の道と県にわたって『Jアラート』が流されたのか。何故、場所を特定できないのだ。政府は危機を不必要に煽っているのではないか」。あるいは「日本に落下する可能性があるのかないのかを瞬時に探知できなければ、そもそもミサイルディフェンスなんて成り立たない」等々。

 誰が訂正するわけでもなく、誰も正確に解説できないため、テレビでのこのコメントがあたかも真実のように定着しかねない。テレビしか情報源を持たない主婦や老人などは、「そうだな」と信じても不思議ではない。

 そもそも、ミサイルのブースト・フェーズ(ブースターが燃えている状態)では着弾地点は分からない。ブースト・フェーズが終わった時点で、ミサイルは弾道軌道に入り着弾地点が特定される。ブースト・フェーズで分かるとしたら、方向だけであり、着弾点が「瞬時に探知できない」のは米軍の最新システムでも同じである。だからといって「ミサイルディフェンスなんて成り立たない」わけではない。「成り立たたない」ならこの世にミサイル防衛システムは存在しないことになる。

 ブースト・フェーズが終了すれば正確に着弾地点が判明するが、それまで「Jアラート」発出を待つわけにはいかない。ただでさえ「数分間」しか余裕がないのに、手遅れになってしまうからだ。ミサイル発射を探知し、概ねの方向性が分かった時点で、とりあえず関連地域に「Jアラート」を流すというのは、危機管理上も合理的であり正しい。

 こういった基礎的知識もなく、民進党の有力幹部がツイッターで次のように堂々と主張していたのには驚いた。「ミサイルの追跡が完璧だったなら日本を狙ったものでもなく、ブースターの落下も100キロ以内というなら日本には無いという事も分かっていたのでは?警戒警報乱発は『狼少年現象』を起こし却って危険では」と。いかにもまことしやかだが、誤認識の誹りは免れない。

 繰り返すが日本を狙ったものだと分かる時点は、ブースト・フェーズ終了後である。その時点で「警戒警報」を流しても、また「ブースターの落下」が日本国内と分かった時点で「警戒警報」を流しても、国民は最早対処行動をとる時間的余裕はない。これが分かった上であえて言う「為にする非難」ならまだいい。だがそうでないなら国会議員の安全保障リテラシーがこの程度であることに背筋が寒くなる思いだ。

 この政治家は某ジャーナリストのツイートに応えて次のように述べているが、どうやらご本人の無知から発しているようだ。「首相が言う『北朝鮮のミサイルを完璧に…』と言う意味は発射の兆候も探知も追跡も…完璧にできたと言う意味なのだろう。もしそうならどうしてこのミサイルが『日本に向けて』などと言ったのだろう?こんなにも広範囲に警戒を呼びかけたのだろう?電車を止めたりテレビがミサイル報道ばかりになったり」と。

 発射時点で「日本に向けて」という方向性は分かっても、着弾点は分からないのは前述の通りだ。はっきりわからないうちは、とりあえず広範囲に警戒を呼び掛けるのは合理的である。また鉄道会社は万が一の為、安全をとって電車を止めるのは正常な業務行為である。

 「狼少年現象」を恐れているようだが、これもおかしい。今回は「狼」が来なかったのではない。頭上をミサイルが通過したのは事実であり、「狼」は来たのだ。何か落下物が落ちてくる可能性は事実あったのだから、これを「狼少年現象」ということ自体間違っている。

 危機管理で最も大切なことは危機の到来を、できるだけ早く関係者に周知徹底することだ。特に時間的余裕が制約されるミサイル防衛ではそうだ。危機管理では「銭形平次」の「八五郎」の態度が大切だと言われる。つまり、八五郎が『てぇーへんだ、てぇーへんだ、てぇーへんだァッ!!』と叫びながら、銭形平次の家に飛び込んでくる。これが、危機管理と第一歩として重要なのだ。「Jアラート」というのはまさに「八五郎」なのである。

 朝鮮中央通信は30日、「今後も太平洋を目標にした弾道ミサイル発射訓練を多く行う」と述べた。多分、今後も同様な日本上空通過のミサイル発射が数多く生起するはずだ。

 今回の火星12の発射は飛距離が2700㎞しかなく、筆者は試験発射に失敗したとみている。30日の労働新聞には、火星12の発射訓練を視察する金正恩朝鮮労働党委員長の写真が出ているが、背景にある地図をよく見れば、津軽海峡方向に飛行距離3500㎞の軌跡が書いてある。

 韓国情報筋によると搭載燃料を減らしたと言われているが、わざわざ2700㎞に減らす合理的理由もない。また距離を短くするディプレスト軌道発射をする理由も見当たらない。何より、グアム方向の射撃は米国の反発でやめたが、2700㎞ではグアムをいつでも攻撃できるというメッセージにはなり得ない。

 今回の火星12は5月14日にロフテッド軌道で成功して以降2回目の発射であった。初のミニマム・エナジー軌道(射程を最も稼げる軌道)で、何らかの不具合が出たのであろう。北朝鮮の最終目的は米国全土をカバーする核搭載ICBM(火星13)を完成させることだろう。それには技術的基盤として火星12、そして火星14を先ず完成させねばならない。この5月、韓国の韓民求国防相(当時)も「火星12からICBM級に進化させることが目標ではないか」と指摘している。今後も成功するまで火星12のミニマム・エナジー軌道発射試験は続くと思われる。

 火星12にせよ火星14にせよ、中長射程ICBMのミニマム・エナジー軌道発射を検証するには、必ず日本列島上空を超えなければならない。今回のコースは、2012年、2016年に南方に向けて発射したように、不具合が生じても比較的被害が少ないと思われる津軽海峡上空を選択したと筆者は考えている。朝鮮中央通信が発射後「周辺諸国の安全に何の影響も与えなかった」と強弁していることからもその意図は伺える。

 今後も同じコースと決めつけることは危険かもしれない。しかしながら今後とも日本列島のどこかを通過するミサイル発射を続けることは間違いないだろう。「Jアラート」による迅速かつ正確な伝達、そして個人個人の被害局限の動作が益々重要になる。

 その度ごとに、メディアが荒唐無稽な解説を垂れ流すことは百害あって一利ない。政治家も生半可な知識でコメントするべきではない。政治家の片言隻句が国民の生命・財産に重要な影響を及ぼすことを忘れてはならない。また最低限正しい知識を伝えるのがメディアの最も重要な責務である。そのためにも政治家、そしてメディア自身が安全保障リテラシーのレベルを上げることが求められている。