澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -251-
9・24台湾大学流血事件

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2017年)9月24日、台湾大学で流血事件が起きた。
 中国浙江衛星テレビの人気歌番組「中国新歌声2」(Sing! China)が同大学の競技場で開催された(当日の正式名称は、「2017中国新歌声-上海‧台北音楽祭」)。主催者側はその日、午後2時から夜8時頃にかけて番組収録を行う予定だった。
 普段、同番組には、台湾の人気歌手、周杰倫(ジェイ・チョウ:Jay Chou。かつて実写版『頭文字D』で、主人公、藤原拓海役を演じる)や香港の人気歌手、陳奕迅(イーソン・チャン:Eason Chan)、中国の人気歌手・作曲家、劉歓(対外経済貿易教授)、やはり中国で人気の那英(女性歌手。遼寧省出身の満州族)などがゲスト出演している。
 事件当日、200人以上に上る台湾大学の学生が、この番組開催に抗議した。彼らの一部は舞台に上がり、「台湾独立」等の垂れ幕を掲げた。その後、競技場の外で、所謂台湾の「統一派」(後述)は大学生らと口論になり、彼らは学生を殴打している。
 結局午後4時40分頃、番組主催者が安全面を考慮して番組を中止した。その直後、台湾大学は5時に記者会見を行い、番組収録のキャンセルを主催者側に謝罪している。
 今回、「中国新歌声2」は、ネット上では、台湾大学の正式名称である「国立台湾大学」ではなく「台北市台湾大学」と勝手に名称変更を行っている(中国共産党は台湾を国ではなく単なる地方と位置付けているため、口が裂けても「国立」とは言えない)。
 同番組に抗議した学生達は、「中国新歌声2」が中国共産党による「中台統一」工作の一環だと考えた節がある。ただ、彼らの心配は必ずしも杞憂とは言えない。何故なら、中国共産党は何でも政治的目的化してしまうからである。従って、たとえ純粋な娯楽番組でも、台湾側は油断出来ないだろう。
 だが一方では、中華愛国同心会(1993年11月に結党)や張安楽(「白狼」と呼ばれる外省人)が率いる中華統一促進党(2005年9月に結党。前身は、同年3月に設立された保衛中華大同盟)のメンバーが、大学生3人を棍棒で殴った(後者の中には、張安楽の次男の張瑋もいた)。学生は流血し、救急車で病院へ運ばれている。
 張安楽は、台湾マフィア、竹聯幇の元幹部である。2014年3月から4月にかけて起きた「ひまわり学生運動」(中台間の「サービス貿易協定」批准に反対し、学生らが立法院を占拠)の際にも、張安楽はその運動を阻止しようとして出動した。その時、張安楽らは「ひまわり学生運動」支持者に罵倒されて、すごすごと引き下がっている。
 今度の事件後、暴力を振るった中華愛国同心会・中華統一促進党はもとより、柯文哲台北市長も批判の矢面に立たされている。
 柯市長に対する批判は、主に2つある。
 まず、何故台北市は台湾大学内の競技場を「中国新歌声2」に提供したのか(今年8月、同市文化局は主催者側が申請した際に用いた「台北市台湾大学」という呼称に異議を唱えなかった点を含めて)。番組収録は日曜だったが、翌25日(月)、競技場は使用出来なくなった。海峡両岸の文化交流だとしても、台湾大学が歌番組の開催場所となったのは、果たして適切だったのかどうか。
 次に、台湾大学での暴力事件が発生してから、警察が大学へ駆けつけるまで40分もかかっている。いくら同大学が広いと言っても、時間がかかり過ぎだろう。初動が遅すぎる。実際、台湾大学周辺には警察官が配備されていた。しかし、その絶対的人数が足りなかったのである。
 ところで、最近、柯文哲市長は与党・民進党から厳しく指弾されている。言うまでもなく、柯市長は民進党に近い。台北市長選挙時、同市長は民進党との選挙協力を得て当選した。
 ただ、周知の如く、柯市長には放言癖がある。最近では、「陳水扁は仮病だ」とか「蔡英文は良い総統になるための準備ができていない」と言っている。柯市長にそこまで言われたら、一部の民進党員は激怒するに違いない。
 しかし、目下、民進党幹部は2018年の統一地方選挙と2020年の総統選挙・立法委員選挙を睨んで、民進党議員や地方知事・市長に対し、柯文哲を批判しないようにとの指令を出している。
 来年暮れの統一地方選挙では、柯文哲が台北市長に再選される公算が大きい。同様に総統選挙では、民進党は柯文哲市長の支持が欲しいのかも知れない。