澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -265-
中国による北への「特使」宋濤派遣の不可解

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2017年)11月17日、習近平主席の親書を携えて宋濤が北朝鮮への「特使」として派遣された。トランプ米大統領は、その前日、自身のツイッターで、習主席が北に「特使」を派遣した事は、北朝鮮問題解決のための「大きな前進だ」と賞賛している。
 宋濤は、同日午後、北朝鮮・平壌で、まず崔龍海(チェ・リョンヘ)朝鮮労働党中央委員会副委員長と会談した。翌18日、宋は、次に李洙墉(リ・スヨン)党中央委員会副委員長にも会っている。朝鮮半島情勢について意見交換をしたと見られる。そして、同20日夕方、その宋濤は北京に戻った(宋は金正恩委員長に会えなかった公算が大きい)。
 「特使」宋濤が北朝鮮から北京へ戻ってから僅か数時間後(米東部時間同20日)、トランプ大統領は、早速、9年ぶりに北朝鮮を「テロ支援国家」に再指定した。これで、北への経済制裁は更に強化される。
 トランプ政権は、おそらく習近平主席が党内序列の低い宋濤を北朝鮮へ派遣した時点で、中国が本気で北を説得するつもりがない事を見透かしていたのかも知れない。
 トランプ大統領は、今年11月前半、アジア歴訪の最中、習主席に北朝鮮に対し経済制裁を含めた圧力を要請している。そこで、今般、北京は北朝鮮に「特使」を派遣して、北の核・ミサイル開発と米韓の大規模軍事演習の「二つの一時停止」を提案した。
 しかし、結局、これは米国や世界に向けて、中国が北を説得しようとしたという習主席流の“パフォーマンス”に過ぎなかったのかも知れない。
 実際、習政権は北朝鮮に殆ど影響力を持っていないと思われる。本当に北京が平壌に影響力を持っていれば、わざわざ「特使」など送る必要はないだろう。
 周知のように、韓国の朴槿恵は、大統領時代、二度も北京を訪れている。けれども、金委員長は、習主席が総書記・国家主席就任以来、一度も習主席に“謁見”していない。習主席にとって、金正恩は無礼千万な人物である。
 一方、北朝鮮は、これまで主に江沢民政権下で、核・ミサイル開発を行って来た。ところが、今の習政権は「反腐敗運動」の名の下、北から見れば「恩人」の「上海閥」を完膚なきまでに叩いている。金委員長としては、極めて不愉快だろう。 
 このように、習主席と金委員長は仲が悪い。従って、中朝関係が悪化したと考えられる。
 米『ニューヨークタイムス』紙(2017年11月15日付)によれば、ここ数ヵ月、中国側は何度も北へ「特使」を送ろうとした。だが、北朝鮮側は反応せず、事実上拒否している。
 そのため、今回、何故北朝鮮が「特使」の訪朝を受諾したのか興味深い(多分、トランプ大統領と習主席の両メッセージを受取るためだったかも知れない)。
 同時に、今年9月15日以来、北朝鮮が核・ミサイル実験を行っていないのも見逃せない。
 さて、今度の「特使」は宋濤という現・中央対外連絡部(外交部の裏部隊で、相手国の野党や民衆と接触し工作)部長である。宋濤は、政治局常務委員(最高幹部7人)どころか、政治局委員(最高幹部7人を含む25人)ですらない。だから、中国側が故意に北へ「格下」を派遣したとも評される。
 2015年10月、北朝鮮は、朝鮮労働党創建70周年記念式典を祝った。その際、金正恩委員長は、「上海閥」の大番頭、劉雲山・政治局常務委員を“指名”し、式に招待している。
 もしも、習政権が新政治局常務委員の韓正を北へ派遣していれば、多少事情が変わったかも知れない。韓正は前上海市トップで、江沢民系「上海閥」に近いと目されている。「特使」が韓正ならば、金委員長も韓正を歓迎し、会っていたかも知れないのである。だが、習主席は、何故か韓正を北へ派遣しなかった。
 他方、米『ワシントン・ポスト』紙電子版(2017年11月9日付)によれば、ティラーソン国務長官と国務省のジョセフ・ユン(Joseph Yun。北朝鮮担当特別代表)が、もし北朝鮮が核・ミサイルの実験を60日間凍結すれば、トランプ政権は米朝対話に応じると、10月30日に示したと報じている。
 金委員長は、米国との対話を模索するため、しばらく核・ミサイル実験を控えていたのかも知れない。だが、北朝鮮にとっては、核・ミサイルは“命綱”である。たとえ一時的にせよ、核・ミサイル開発を止めるわけにはいかないだろう。
 現状から考えれば、金委員長は、今後も核・ミサイル実験を止めることはないに違いない。結局、北はこのまま“暴走”を続ける以外、進む道はないのではないか。
 しかし、北朝鮮が核・ミサイル実験を継続すれば、近い将来、米国は“レッドライン”を越えたとして、北への攻撃に踏み切る可能性を排除出来ない。