「TPPは自由主義経済圏のルールで締結」
―今、中国の融和政策に乗るのは危ない―

.

会長・政治評論家 屋山太郎

 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)は5年半の歳月をかけて2016年2月に署名したが、翌17年1月にトランプ大統領が離脱のための大統領令に署名したことで、発効が不可能になった。アメリカと同一歩調というのが、これまでの日本外交の常だったが、安倍首相は即座に「米国抜きで11ヵ国のTPPを発足させる」と代替案を打ち出した。
 日本は全く資源のない国だが、食うためには資源を輸入し、製品を売って生きていくしかない。戦後の困窮が続く中で日本は1955年、ガット(WTOの前身)加入を認められた。国中が初めて「これで生きて行ける」と総安堵したものだ。安倍氏の貿易協定締結への意欲の強さは貿易立国で立ち上がった55年を原点にしているのだろう。
 米国を含めたTPPは12ヵ国。世界のGDPの36%、貿易額では26%を占めた。ここから最大の米国が抜けたから、日本の国民所得への影響は460億ドル(0.9%)に止まる。米国が入っていたら1250億ドル(2.5%)にもなった(ピーター・ペトリ氏、日経新聞11月6日)はずだ。
 日本の貿易立国の国是は規模の大小を問わず、必ず実践せよというものなのだろう。安倍・トランプ両氏の蜜月が始まって、いきなりの事件だから日米関係への衝撃が懸念されたものだ。
 11TPP交渉の傍らで東アジア地域包括的経済連携(RCEP)も交渉されている。これは中国が一帯一路などの国策を進める上で必要なものだ。これに加われば、日本はGDPで560億ドル(1.1 %)獲得できる計算になるから、11TPPより儲かる勘定になる。
 しかし安倍首相はRCEPには熱心ではない。米国がいてもいなくても、TPPのルールを中国抜きで貿易ルールの世界標準を決めたいと考えているからだ。自由貿易の取引ルールというのは、自由経済の中で育った企業同士に当て嵌められるものだ。11TPPでベトナムが苦労したのは、国営企業でできた製品のコストをどう見るかである。結局、多くの国営企業を民営化する、TPPをその起爆剤にするという考え方に至ったようだ。
 中国企業はあらかた国営企業である。赤字で輸出しても赤字分を国から補助金で埋めてもらう方式もある。そもそもこういう国営企業を自由市場がどう扱うかの原理、原則を決めておくべきだ。
 11月下旬に日本の財界が合同訪中団を作って北京で李克強首相と会談した。日本の対中直接投資額は12~13年には年間70億ドル台だったが、15~16年には30億ドル台に半減している。今、中国側が安倍内閣に対して融和的な態度を示しているのは、日本の投資を呼び込みたいからだが、日本側は中国投資は法律不備の不安が付き纏う。アニメでも音楽でも製造品でもコピーは自由自在、日本側の知的財産権は全く保護されない。
 尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領有権で脅かすような相手に投資しようとは思わないだろう。自由主義経済圏のマナーをしっかり身に着ければ、日本企業は黙っていても投資をするはずだ。
(平成29年11月29日付静岡新聞『論壇』より転載)