「パルス攻撃」について(インタビュー記事)

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政策提言委員・元陸自化学学校長 鬼塚隆志

◎「パルス攻撃」について、『AERA』12月4日発売号に掲載された、当フォーラム政策提言委員の鬼塚隆志氏へのインタビュー記事です。

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 電磁パルスとは、核爆発によって放出されるガンマ線が強力な磁場を発生し、その磁場によって地上に生成する大電力の電波のこと。30㎞~400㎞という高高度で核爆発を起こすと、地上での拡散など攻撃力が最も甚大になる。イメージとして宇宙から押し寄せる目に見えない津波のようなものだ。朝鮮中央通信による北朝鮮の「公式発表」を受けた韓国公共放送KBSが「韓国がこの攻撃を受ければ、自動車などの交通手段や金融機関や病院、通信施設など、すべての基幹施設が停止したり、誤作動を起こしたりして、事実上石器時代に戻る」と専門家の声を紹介したことで、注目が一気に高まった。
 しかし、日本には2年以上前からこの攻撃の危険性を指摘していたアナリストがいた。元自衛隊化学学校長の鬼塚隆志氏(68)である。防衛大学校で電気工学を専攻、フィンランド防衛駐在官なども務め、2005年に陸将補で退役後は、日本戦略研究フォーラムなどに所属し、政策提言などを行っている。
 「EMPという言葉自体は昔から聞いていましたが、私が現役時代はピンと来なかった。ところが退役後にインターネットで英語で出ている各国の軍事関連の論文をあたっているうちに、研究が進んでいる割に周知が図られていないことに気がついて、これは国家レベルの喫緊の課題であると警鐘を鳴らしているのです」
 鬼塚氏によれば、高高度電磁パルス(HEMP)は瞬時に半径数百㎞~数千㎞に存在する電気系統を破壊する。現在の電子機器はEMP攻撃を考慮せずに微弱電流・電圧で作動する超集積回路を多用していることから、極めて脆弱になっている。しかも、大量破壊に備えていない現行の復旧要員や資機材の態勢では、復旧が数年に及ぶことも考えられ、疾病や飢餓が蔓延して結果的に多数の死者を出す危険性があるという。
 鬼塚氏は続ける。
 「モノも人も標的にして壊すという戦争の概念から頭を切り替える必要がある。今までの発想では戦争や平和は語れない。同時に、核兵器を保有して打ち上げ手段を持つ国以外に、ならずもの国家やテロリストグループでも実行する可能性がある。他国から不正に入手した高濃縮ウランを用いれば、砲身型核爆発装置を気球などで打ち上げて攻撃することも可能なのです」
 一方で、備えと心構えを万全にしておけば、パニックに陥らないで済むし、被害見積もりも細かにする必要はないという。
 「何がどれぐらい被害を受けるのかではなく、全部やられてしまうのですから、復旧を最優先ですべき重点インフラから書き出せばいい。個人レベルでは、常々懐中電灯を携帯するのは大事ですね。それと、移動手段として自転車は役に立ちます。EMPで壊れませんから。食料も1週間分確保していれば、3週間ぐらい食いつなげます。水だっていたるところに井戸がある」
 国家レベルで緊急にすべきは友好国と連携してHEMP攻撃を未然に防止する策を講じることと、大学や研究機関、企業を含めた最新技術を活用して、攻撃を受けた際に可能な限り被害を少なくする防護準備だという。
 「まずは遮蔽機能の高い実験室を作ること。あらゆる分野の研究者と技術者を集めて、電磁波が入り込まない施設を完璧に作り込むことが重要です。通常の爆弾の対策も兼ねて、地上よりは地下の方が適していますが、例えば地下鉄の線路や送電線にもEMPは乗ってくるので、そうした外部電源をどこで遮断するかも考慮しなければいけません」
 しかし、実際に攻撃を受けてしまった際はどうすればいいのか。
 「日本がやられたら世界の経済もしばらくはガタガタになります。そこから復旧を図るのに、電子部品の供給をタイなど東南アジアの先進国と融通し合える関係性を構築するのが大事です。実際こうした支援連携は東日本大震災やインド洋大津波など自然災害のときにはできている」
 鬼塚氏が最も懸念しているのは、日本が物心ともに有事の備えが希薄なことだという。
 「北朝鮮のミサイル発射でJアラートが鳴ったとき、国も自治体も適切に誘導できなかったし、住民のみなさんもどこに避難していいかすらわからなかった。例えばフィンランドでは小さな家でもシェルターがあって、第二次世界大戦でソ連から爆撃を受けたときも死傷者の数がすごく少なかったんです。人口50万のヘルシンキでは、それに加えて働きに来ている昼間人口も合わせて全員が避難できるだけのシェルターを備えていて、場所の周知も徹底しています」
 防空壕など既存の避難施設の再確認や改修、新たなシェルター構築など、将来を見据えて取り組むべき課題は多い。

<中略>

 鬼塚氏は言う。
 「帰属国不明で拠点を変えつつ活動するテロリストグループがHEMP攻撃を行う場合は、報復する攻撃目標の特定も困難になる。攻撃を受けた側も、指揮統制システムや兵器システムを電子機器が破壊されれば有効な報復攻撃が発動できない。いずれにしても、HEMP攻撃を現実に起こりうる脅威として捉え、脆弱性とその対応について考え、関係諸国と連携を深めていくのが急務です」