外相専用機導入を見切り発車してはならない
~「中古で小さくていい」は全くの素人的発想で実は非効率~

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政策提言委員・元航空支援集団司令官 織田邦男

 河野太郎外務大臣は12月18日の自民党外交部会で、平成31年度予算での外相専用機の導入に意欲を示した。

 「中国の王毅外務大臣は(過去5年間に)のべ262カ国を訪問している。日本はわずか97カ国。ほぼ3倍近い訪問国の差がついている。専用機を使えると、訪問国を増やす上でも非常に大きな役割を果たすと思う」と述べ、日本の外交力強化のため、外相専用機の必要性を訴えた。

 これを「おねだり」と報じたメディアに怒った河野外相は感情的に反発している。だが、ここは外交に関わる事なので、その合理性を冷静に検討する必要があるだろう。

 筆者は現役時代、政府専用機を保有する特別輸送航空隊を隷下にもつ司令官を経験したので、その必要性は分る。この件は古くて新しい課題であり、現役当時も何度か検討の俎上に上がっては消えた。消えた原因は、外相専用機を保有することには、想像以上に大きな、そして多くの課題があり、これを解決しなければ実現可能性がないということだ。

 超多忙な外務大臣が、地球を俯瞰しながら東奔西走しなければならず、待ち時間などに煩わされることなく、可能な限り多くの時間を外交に割きたい。それは良く理解できる。だからといって、それが外相専用機保有につながるかというとそれは短絡的過ぎる。貴重な税金を費やすのであるから、代替手段を含めて費用対効果、受け入れ可能性、実行可能性をしっかり詰め、地に足の着いた複眼的で冷静な検討が求められる。

 河野外相は会合で「外相の専用機を1機、小さくてよい。(米国)東海岸まで給油なしで行け、中古でも構わない」と述べ、候補機種に米ガルフストリーム社の「650ER」の名前を挙げた。「20人乗りだが、(米国の)東海岸まで給油なしで行ける」と述べ、19年度予算案の概算要求に計上する意向を示している。

 当該機を購入すれば74億円かかる。「たかが74億円じゃないか、国益を考えれば安いものだ」という政治家や外務官僚もいる。だが、こういう浅薄で表層的な主張が一番危うい。航空機を飛ばすには機体購入費だけでなく、それを運用する要員を訓練して確保すると同時に、安全を確保して維持運営するためには莫大な経費がかかる。

 仮に外相専用機を導入したとしよう。それを誰が管理運用するのか。搭乗員はどう確保するのか、その養成・教育訓練は、機体の維持整備は、その経費負担は等々、具体的に検討しなければならない。同時に専用機導入以外に代替手段はないのか等、詰めるべき課題は山ほどある。こういった実態に即した妥当性、実行可能性、受け入れ可能性をしっかり詰めた上での発言でなければ、発信力の強い河野外相だけに、「導入」が一人走りし、将来に禍根を残す可能性がある。

 記事を見る限り、導入後の管理運営、維持の主体に航空自衛隊を念頭に置いているようにみえる。航空自衛隊は現在、政府専用機を保有し運用している。だから小型機の外相専用機を1機や2機追加保有したところで問題ないだろうといった安易な考えがあるとしたら、それは大きな間違いである。防衛力整備全体との整合性も図る必要がある。

 もし、航空自衛隊が管理運営するのであれば、外務省は、機体購入費だけではなく、運営に必要な自衛官の定数増、整備維持費等、教育訓練費など諸経費をパッケージで要求し、全て確保しなければならない。これが満額確保できず、防衛予算から支出するようになれば、それは間違いなく防衛力の弱体化につながる。

 何より人の問題は深刻だ。操縦者の養成は一人前になるのに5~6年を要し、莫大な予算がかかる。働き盛りの操縦者をこれに充てねばならず、戦力ダウンは避けられない。

 仮にそれは甘受するとしても、問題は整備員を含めた人員増(定数増)だ。現在、公務員定数抑制のあおりを受け、自衛官の増員も決して容易ではない。これまで新規事業でも必要な人員を全て確保はできていない。通常、「雀の涙」ほどの定数増が認められるだけであり、足りない人員は、部隊のスクラップで何とか捻出するという状態がここ十数年続いている。つまりタコが自分の足を食って食欲を満たしているような状況であり、これが続けば、いつか自衛隊は破たんする。

 近年、任務が著しく増大し、部隊数や装備は増えても定数はほとんど変わらない現状を見れば、部隊の窮状が容易に想像できる。たとえ外務省が防衛省に代わって、この定数増を予算要求したとて、今の政府方針が変わらない限り、満額回答はあり得ない。部隊の苦悩は増えるばかりだ。

 北朝鮮情勢や東シナ海の情勢は日増しに緊迫度を増している。こういう情勢下にあって、現場部隊は限られた人員で文句も言わず、歯を食いしばって日夜、国の為に粉骨砕身頑張っている。部隊が疲弊しつつある状況を、何とか叱咤激励しながら温かく見守るならまだいい。逆に現場部隊から更に人員を抜き出して、部隊の疲弊を加速するようなことは決してやってはならない。

 仮に外相専用機を導入するとして、これまでのように、他部隊から貴重な人員を割いて充当するようなやり方では、戦力の弱体化につながることは間違いない。空自による外相専用機の運営は、現状の予算制度では「戦力の弱体化」をとるか「外相の便利さ」をとるかという究極の選択となる。

 自衛官は文句を言わないし、発言の自由もない。だから困った時の「自衛隊頼み」「便利屋扱い」が多い。災害派遣でも「緊急性、公共性、代替性」の原則があるにも関わらず、「ごみの片づけ」までやらされてきた。現場部隊は「無理筋」でも、文句言わず引き受けてきた。だが、これだけ国際情勢がひっ迫してくると、そうは言っていられない。そろそろ自衛官も「できないことは、できない」と正直に言った方が国の為だ。

 後ろ向きの話ばかりしても、話は進まない。河野外相が言われるのも分かるので、小生の経験から「ではどうするか」を提案してみたい。まずは民間機のチャーターである。チャーター機の値段は大型機でも1回3千万円程度である。保有機種以外の専用機を保有した場合、自衛官の教育訓練費、整備維持経費、人件費を全てカウントすれば、軽く1回3千万円は突破する。自衛隊の場合、人件費や教育訓練費が防衛費全体の中に隠れ、表に出ないから安価に見えるだけである。だから安易な「自衛隊にお願い」が多い。だがこれは大いな間違いである。

 次に現在の政府専用機を有効に活用する方法がある。現在、政府専用機の使用については、自衛隊法第百条の五「国賓等の輸送」に規定されている。そして「国賓等」の範囲は施行令で「天皇及び皇族、国賓に準ずる賓客」そして「三権の長と国務大臣」となっている。「国務大臣」については、「ただし、重要な用務の遂行のため特に必要があると認められる場合に限る」と規定されている。この但し書きがハードルとなって、外務大臣と言へえども自由に使用はできない。となれば、これを改正する必要がある。

 改正しても問題は残る。安倍晋三総理大臣も「地球を俯瞰する外交」で政府専用機はフル回転している。外相が利用するにも、スケジュールが重なって、2機体制という現状では事実上困難であろう。であれば、政府専用機を買い足せばいい。もちろん、それに伴う操縦者や乗員、整備員を増やし、整備維持費等も増加させることは前提だ。2機体制を4機体制にしても人員を2倍にする必要はない。既にその運用基盤があるからだ。

 保有機以外の飛行機を買って運用するより、同型機を買い足した方が、操縦者や乗員、整備員の訓練や整備維持費は格段に安くつく。同型航空機であれば、乗員や整備員の「人の回し」が効くし柔軟な運用が可能になる。効率的である分、最小限の増員に留めることができれば、何より防衛力低下への影響を局限できる。

 「小さくてよい。中古でも構わない」と河野外相は述べた。だが、実はこれが最も非効率なのである。つまり保有機種とは違う飛行機を少数機数保有する場合、全く訓練も別であり、操縦者に互換性はなく、整備体系も全く異なるため、非効率極まりない。「小さい」とか「少数」というのは、一見もっともらしく聞こえるが、実際には効率性とは真逆であることは知ってもらわねばならない。

 幸いにも今、政府専用機をジャンボ機からB777に更新時期を迎えている。この時期に合わせ、2機体制を4機体制にして、所要の増員や予算を確保し、政令を改正して「外務大臣」が公務に使えるようにすれば、空自の戦力ダウンも最小限にとどめることができるだろう。もちろん天皇皇后両陛下の御外遊や、総理の歴訪スケジュールが優先されるだろうが、その時こそ、外務大臣はチャーター便を活用すればいい。

 最後に政府専用機を導入した経緯についても触れておかねばならないだろう。1985年のイラン・イラク戦争の際、テヘランに邦人216人が取り残された。各国は軍隊を派遣して自国民を救出したが、日本政府は自衛隊を派遣する根拠法令もなければ、長距離輸送機も保有していなかった。

 そこで政府は航空会社に臨時便を要請したが、労働組合によって拒否された。まさに万事休すだったところ、トルコ航空が1890年のエルトゥールル号沈没事件で日本人によって多くのトルコ人が助けられた恩返しとして立ち上がってくれて事なきを得た。

 これを教訓として1987年、政府は政府専用機2機の導入を閣議決定した。話は逸れるが、その後制定された現行法令では、いざという時「邦人輸送」は機能しない。この問題は「有事の際、海外の邦人救出はしなくて本当にいいのか」(2015年3月18日)に書いたので省略するが、御一読いただければ幸いである。

 いずれにしろ、政府専用機の本来の目的は「邦人救出」することである。我々はこの原点を忘れてはならない。外相専用機であれ何であれ、貴重な税金を使うのであれば、いざという時、日本人を救えるものでなければならない。「20人乗りであればいい。(米国の)東海岸まで給油なしで行ける」「小さくても中古でもいい」「1機でいい」というのは枝葉末節で的外れである。根底には先ず「邦人救出」があるべきであり、それを平時の何も支障が無い時には使用するという認識が必要だろう。でなければ「おねだり」と言われてもしようがない。

 米国も国務長官専用機は空軍が運用している。だから空自が運用すべきだという人もいる。だが10倍以上の国防予算の米軍と同列には扱ってはならない。

 また外務省が、もし外相専用機購入の予算要求さえすれば、あとは防衛省、自衛隊が何とかしてくれるなどと安易に考えているならば無責任に過ぎる。十分な検討もなされずに、政治主導で見切り発車すれば、致命的に空自戦力の低下をきたす懼れが十分にある。

 外相専用機導入の必要性は良く分る。だが「ベター」であり、「マスト」ではない。「自衛隊戦力維持」は国家の「マスト」である。この視点を見失わずに、しっかりと検討した上で結論を出してもらいたい。