中国の思惑通りに進みかねない北朝鮮問題
―日韓関係次第で東アジア情勢は激変する可能性大―

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政策提言委員・前陸自東北方面総監 松村五郎

 「北朝鮮問題は中国問題である」、それが本稿の主題である。ただし、ここで論じたいことは、「北朝鮮に対する制裁の成否は中国にかかっている」とか、昨年時点でのトランプ大統領のように「まずは中国に任せてみよう」などという当面の対処に関することではない。より大事なことは、「北朝鮮の核・ミサイル問題への対応を誤ると、中長期的に見て、日本を取り巻く戦略環境が、中国を利する方向に激変するかもしれない」という点である。以下、これについて説明していく。

従来型の危機の構図
 そもそも北朝鮮によるICBMの開発とこれへの核弾頭の搭載は、日本の安全保障にとってどのような問題なのだろうか。一つには、北朝鮮が国際社会の反対を押し切って核やミサイルを開発することを許してしまうと、国際的に大量破壊兵器等が拡散する契機となって国際社会の不安定化を招き、これが日本の安全にとって好ましくないということがある。
 しかし、より直接的に問題なのは、休戦状態にある南北間で、偶発的にせよ意図的にせよ軍事衝突が再発した際に、核があることによって北朝鮮の立場が強くなるということである。戦火が韓国領土に及べば、米韓防衛条約に基づきアメリカが直ちに韓国防衛に当たることになり、日米安保の下で日本もその後方支援を行うことになる。これに対して北朝鮮は、アメリカや日本による韓国支援をさせまいと、あらゆる手段で恫喝してくることが予想される。
 この時に、北朝鮮がアメリカや日本に届く核ミサイルを保持しているかいないかによって大きな差が生じる。本土への核攻撃という恫喝によって、アメリカや日本の世論に影響を与え、韓国の防衛、そして北朝鮮への攻撃から、アメリカの手を引かせ、たとえ紛争が起きても最低限現在の体制を維持することこそが、北朝鮮の核・ミサイル開発の狙いである。そして更に、状況が有利になれば、北主導の半島統一を成し遂げることも視野に入れているであろう。
 北朝鮮は、従来から日本に届くノドンミサイルを保有しているわけであり、核弾頭の実戦配備により、半島での紛争勃発時、日本は直ちに北朝鮮の核恫喝下におかれることになる。これだけでも日本の安全保障上、大きな脅威である。日本が核攻撃を受ける可能性があるという直接的脅威だけにとどまらず、核恫喝による世論の動揺により日本が米韓支援に及び腰になるようなことがあれば、日米安全保障関係も揺らぐことになるという意味で、この脅威は深刻である。
 従来は、そうならないようにするために、アメリカによる「核の傘」の効果が期待されていた。万一北朝鮮が日本を核攻撃した場合には、アメリカが北朝鮮に対して報復核攻撃をするという能力があることで、北朝鮮による対日核攻撃は抑止されると考えられていたわけである。
 しかし、北朝鮮がアメリカ本土に届く核搭載ICBMを保有したらどうなるのであろうか。日本や韓国への核攻撃があった時、アメリカは、本土に北朝鮮の核攻撃を受ける危険を冒してまでも、北朝鮮に核報復を行うと確約できるのか。この疑問が生じることによって、「核の傘」への信頼性が揺らぐ可能性が出てくるのである。
 日本においてこの信頼が揺らいだ場合、日本は米韓に対する支援をためらうかもしれない。韓国においてこの信頼が揺らいだ場合、韓国はアメリカに依存した安全保障に不安を感じ、新たな道を模索し始めるかもしれない。このようにして日米韓3ヵ国に離間が生じることこそ、北朝鮮の核・ミサイル開発が北東アジアの安全保障に脅威を与える従来型の危機の構図であった。

新しい危機の構図
 さて、現実の情勢はどのように動いているのであろうか。ピョンチャン・オリンピックへの北朝鮮の参加と代表団派遣を契機に、韓国の文在寅大統領は北朝鮮との対話に大きく舵を切り、南北首脳会談への道を開いたばかりか、5月までにトランプ大統領が金正恩委員長と会うという段取りまで取り付けた。
 これから開かれる一連の対話により、今後事態がどのように推移していくかは定かではないが、一つ懸念されることがある。それは、3月14日にトランプ大統領が在韓米軍の撤退あるいは縮小を示唆するような発言を行ったという報道である。この発言は、政治資金集めの集会で対韓貿易赤字との関連でなされたものであり、安全保障政策の文脈で出たものではないとは言え、一抹の不安を喚起するものではある。
 従来型の構図から言えば、米国にとって北朝鮮の核・ミサイル開発が問題なのは、一般論としての大量破壊兵器拡散への懸念ということとともに、韓国を防衛するというアメリカの義務の遂行が困難になるからである。しかし、もしも韓国側が北朝鮮との宥和を重視して韓国防衛における米国の軍事的役割を減少させようと動くならば、米国にとってはこの義務から解放されるという側面もある。そのように考えると、アメリカ第一を掲げるトランプ政権が、北朝鮮との取引材料として、在韓米軍の縮小、撤退に踏み切ることも、あながち荒唐無稽とは言えないのである。
 北朝鮮がミサイルに搭載可能な核弾頭を開発したかもしれないという情勢に対応して、アメリカがこれを迎撃するための対空ミサイルであるTHAADを韓国に配備しようとした際、大統領候補であった文在寅氏はこれに反対を表明し、大統領となった後の10月には、これに反対する中国との間で、「①米国のミサイル防衛体制に加わらない、②日米韓3ヵ国軍事同盟に発展させない、③THAADの追加配備を検討しない」という3項目の合意を結んだ。
 ここに至るまでには、中国側の強い働きかけがあったわけであるが、中国がこの問題にこだわり続けたのには、「THAADのレーダーには中国領域をも監視する能力がある」という表向きの反対理由以上の、深い戦略的理由があったとみるべきであろう。それは、日米韓3ヵ国安全保障体制から韓国を引き離し、中国寄りに引き込もうとする戦略的な構想である。
 韓国に配備されたTHAADは米軍の装備ではあるが、これを有効に機能させるためには米軍のミサイル防衛システムを韓国軍の防空システムと連接させることが望ましく、軍事的な合理性からはその方向に進むことが自然である。このようなシステム連接が進むと、日本も含めた日米韓3ヵ国の軍事的結びつきはますます強固なものとなることから、中国としては、これを阻止するとともに、文在寅政権の発足を機に、米韓の関係を弱め、中韓の関係を強めていきたいと考えているのであろう。
 中国にとって北朝鮮の核・ミサイル開発問題は、アメリカと北朝鮮の間で板挟みになる頭の痛い問題であると同時に、北東アジアの戦略環境を中国に有利な方向に誘導していくきっかけにもなる。トランプ大統領が軍事オプションをちらつかせるような強硬な発言をする中で、国土に被害が及ぶことを危惧する韓国が北朝鮮との対話を模索している状況を捉え、「中朝vs.日米韓」という過去の構図を、「中朝韓vs.日米」という構図に書き換えていく好機だというわけである。
 このような働きかけに乗るかどうかについて、今後の韓国国内では大きな政治対立が予想されるが、米朝が軍事的に衝突する可能性が高まるほど、戦争を恐れる韓国世論が中国寄りに振れる可能性もある。もしも北朝鮮が、完全な核放棄をしないまでもある程度妥協的な姿勢を取り、文在寅政権が対北宥和に進むならば、中朝韓の枠組みが強化されていくという状況推移も、あながち否定はできないであろう。このように情勢が進んだ場合、日本にとっては今までとは異なる新しい危機の構図が生まれることになる。

アメリカの対応と日本への影響
 従来の考え方からすれば、ここまで述べてきたような新しい危機の構図を、アメリカが許すはずがないというのが常識であった。しかし先に述べたように、韓国がアメリカの軍事力による庇護への依存を弱める方向に動いた場合、アメリカ第一を掲げるトランプ政権が、これを韓国防衛という軍事的な負担から逃れる機会と捉える可能性もないとは言えない。そのことを念頭に、ここでアメリカにとっての今後の対応オプションについて、以下、中長期的な観点から考えてみたい。
 この際、アメリカ側から早期に軍事行動を起こすというオプションも理論的にはあるわけであるが、その場合には多くの犠牲が予想されることからハードルが高いことに加え、その先にある戦略環境変化を予測することは、非常に複雑であり難しい。戦術レベルでの米側の勝利はほぼ間違いないだろうが、その後、現在の北朝鮮の領域をどのように管理するのか。その際の中ロの対応にもよるが、米韓主体、中国主体、国連主体など様々な戦後体制が想定され、その結果により中長期的な戦略環境は全く異なってくる。これらへの網羅的評価は本稿の手に余るので、ここでは軍事行動以外のアメリカの二つのオプションについて考察してみたい。
 第1のオプションは、今までの米韓同盟の延長上で、韓国と緊密な連携を取りながら北朝鮮との対話を開始しつつ、引き続き北朝鮮に対する最大限の圧力を加え続けるというものである。この場合、更なる圧力強化のため軍事的オプションも辞さずという姿勢を継続しつつも、自国が戦場になるのではないかと懸念する韓国を安心させなくてはならないという綱渡りが続くことになる。対話が始まったとしても、北朝鮮が完全かつ検証可能で不可逆的な核放棄に応ずるまで、長期間にわたってこの状況が続くことになろう。
 第2のオプションは、韓国が対北宥和を目指す中で、韓国防衛にたいする米軍の軍事的コミットメントを徐々に減らしていくというものである。この場合、アメリカにとっての北朝鮮の核・ミサイル開発問題は、一般論としての大量破壊兵器拡散の問題となり、韓国防衛との関係で北朝鮮が米本土への核恫喝を行うという脅威は小さくなっていく。これを見透かした北朝鮮が、核を保持しつつもICBMを放棄するという提案を行ってきた場合、この構図は一層はっきりし、アメリカにとっても一種魅力的な案となろう。
 アメリカにとってこのような2つのオプションがあるとしたら、それぞれが日本の安全保障に与える中長期的な影響はどうなのであろうか。
 まずアメリカが第1のオプションを採った場合、日本としてもアメリカと同様、万一軍事衝突に至った時の準備をしつつ、最大限の圧力を加え続けることになる。北朝鮮に対し、むしろ核を放棄しない場合の方が体制存続が危うくなるという程、決定的な圧力を加えない限り、核を放棄させることはできないと考えられ、その厳しい圧力強化に日本もどのように貢献していくかが鍵になる。またそれと同時に、いつ軍事衝突に発展するとも限らない緊張が続くこととなり、日本としても、弾道ミサイル防衛能力の向上を含め、防衛上の即応態勢を維持強化していくことが不可欠となろう。
 それでは、アメリカが第2のオプションを採った場合にはどうなるか。在韓米軍が逐次縮小され、最終的に撤退ということになれば、アメリカの東アジアにおける第一線は、韓国に代わって日本となる。中朝韓の紐帯が強くなったとしても、アメリカ本土への直接的な軍事的脅威が強まるわけではないが、日本は対馬海峡を挟んでこの中朝韓ブロックと対峙することになる。また中韓が連携した場合、中国経済の国際的影響力が一層強化されると考えられ、経済面でも日本にとって脅威となろう。

日本はどうすればよいのか?
 アメリカが上記2つのオプションのどちらを採ったとしても、日本にとってそれぞれ困難が待ち受けているのは確かである。しかし特に、アメリカが第2のオプションを採ることになれば、それはアメリカが中国の戦略的目論見をある程度受け入れて、アジアにおいては中国の影響力増大を許すということを意味し、それは紛れもなく、日本にとっての中長期的な戦略環境の悪化を招くことになる。ここに、「北朝鮮問題は中国問題である」という本稿の主題が立ち現れてくるのである。
 このように考えると、今後中国は、アメリカが第2のオプションを採るように、陰に陽に様々な手を繰り出してくるのではないだろうか。これに対し日本としては、アメリカが現行政策の延長である第1のオプションを採り続けるように働きかけることになろう。
 アメリカがどちらのオプションを採るかの鍵となるのは、まず韓国の動向である。韓国世論が軍事衝突を恐れるあまり、米国と距離を置くようになった場合、それなら勝手にしろと、アメリカが第2のオプションに進む可能性が高まるからである。
 韓国にしろ、日本にしろ、国内世論がアメリカの第1のオプションを支持して、政府が安定した3ヵ国の連携を継続できるようにするためには、圧力が軍事衝突に至る恐れを局限する努力が示される必要がある。韓国は自国を戦場にしたくはないし、日本も弾道ミサイル攻撃の他、武装工作員によるテロ・破壊工作や、サイバー攻撃を受けるリスクは極力回避したい。その点で、アメリカとは異なって、地理的に北朝鮮に隣接している日韓の利害は一致しているわけであり、強い圧力を継続しつつも、軍事衝突のリスクを最低限に抑えていくことについて、日韓が揃ってアメリカと協議していくことが重要となる。
 この際日本としては、韓国が戦場になっても、支援をしなければ日本本土は安泰ではないかなどという、目先の安全だけを考えた浅慮は論外である。日本にとって、中長期的な視点で北東アジアに好ましい戦略環境を築いていくために何が必要かを、しっかり考えていかなくてはならない。
 また、経済制裁をはじめとする強い圧力を維持して、核・ミサイルの開発阻止という所期の目標を達成するためにも、日韓間の良好な関係は不可欠である。経済制裁の鍵を握る中国が、アメリカに第2のオプションを採らせようと画策して韓国に働きかける中、日本は韓国との強い絆を維持して中国にこれを諦めさせ、強い圧力の輪に中国を引き込んでいく努力が必要である。
 いずれにしても、歴史問題を背景に日韓それぞれの世論の一部に、互いに対する反感が存在する中で、日韓関係が日米韓3ヵ国の紐帯の弱点になるような事態は避けなくてはならない。中国がこの弱点に付け込み、アメリカが第2のオプションを採るに至って、日本にとって最悪の戦略環境を招くような事態を避けるため、日韓の良好な関係は非常に重要なのである。
 以上を前提とした上で最後に、最悪の事態を考える危機管理の観点から、アメリカが第2のオプションを採るに至ってしまった場合に、日本はどうすればよいのかについても触れておきたい。韓国が米国による防衛を望まず、アメリカも義務の軽減を望んで、在韓米軍の縮小、撤退に至るという事態である。
 その結果が、中朝韓vs.日米という構図で固定化されるというのは、日本にとって最も好ましくない戦略環境のシナリオである。中韓が外交的に接近したとしても、それを軍事的な準同盟関係に進ませることなく、現状より弱まった形ではあれ、米韓の軍事的関係は維持されるよう働きかけていくことが望ましい。
 日韓関係の文脈でいえば、韓国が日本を潜在的な軍事的脅威だと考えて、中国との軍事的関係を強めるような事態は避けなくてはならない。アメリカを媒介として、日韓の間でも相互の信頼が維持され、一定の防衛協力が継続するようにしなくてはならないのである。
 その上で、かつての6ヵ国協議と同様、日米韓朝中ロという顔ぶれで、日本が影響力を保持しつつ、北東アジアの安定について協議していける枠組みを確保していかなくてはならない。この枠組みが中国主導とならないようにするためには、米韓の関係が今より弱まったとしても、日韓の関係は弱めてはならないと考える。
 以上述べてきたように、日本にとっての中長期的な戦略環境を考えた場合、「北朝鮮問題は中国問題である」ということを忘れることなく、戦略的思考をもってアメリカに働きかけを続けるとともに、韓国との良好な関係を維持していくことが重要であるというのが、本稿の結論である。

(平成30年3月26日付・JBpressより転載)