金正恩委員長は、中国人民大会堂の宴会で「われわれの電撃的な訪問提議を快く承諾してくれた習近平総書記(主席と表現しないところに意味がある)の真心と手厚い配慮に深く感動し、非常にありがたく思っています」と述べた。これまで、習近平国家主席の面子を散々潰してきた金正恩は、国連制裁と米軍から命を狙われ、困り果てて中国に擦り寄った結果、やっと会ってくれた習近平が、本当にありがたかったのだろう。写真には、喜ぶ小さな金正恩、大柄でそっぽを向いた習近平の姿がある。だが、なんとも違和感がある。
北朝鮮発と中国発の写真情報には、同じ被写体でも映す角度や瞬間によって、映し出される表情に違いがある。カメラは、人間の一瞬の感情表現を的確に捉えるものだ。中国と北朝鮮が選んで発表する写真には、それらの国の思惑がはっきりと見える。
北朝鮮国営の朝鮮中央通信が公開した写真には、握手する場面の写真が2枚ある。2枚とも、金正恩は喜びいっぱいの笑顔で握手しているが、一方の習近平は、金正恩の顔(目は全く見ていない)を見ることなく目をそらしている。習主席はかつて、安倍首相にも同じ雰囲気を一度見せて、冷たい関係を演出したことがあった。習近平は、金正恩を儀礼的には歓迎するように見せても、実は冷たい待遇であったようだ。
写真 金正恩は喜びをもって握手しているが、
習近平は顔をそらして笑顔ではない
出典:平壌3月28日発朝鮮中央通信
また、握手している写真をよく見ると、習近平が大きく、金正恩が小さく写されている。
その他にも、金正恩がかなり小さく見える写真が多い。中国軍儀丈隊兵の中央を歩く金正恩は、大男の間を小人が歩いていように見えるほど、小さく見える。中国は、背が高い儀丈隊兵士をわざと選んで並べたのだろう。中国はかつて、党の要人を逮捕した場合、2 m以上の大男がその要人の両脇を抱え、捕えられた要人が小さく見える写真を公開したことがあった。
また、北朝鮮の特別列車の中で、金正恩が中国の要人と握手している写真がある。中国要人は背が高く、金正恩は背が低い。習近平夫妻と金正恩夫妻の4人が並ぶ写真でも、金正恩は太っていて背がかなり低く見える。習近平夫人は堂々としているが、金正恩夫人は小さく緊張しているように見える。
中国は、金正恩の訪問で、中国人を大きく、金正恩を小さく写す演出をしている。大国中国の言うことを聞かない小国北朝鮮が、頭を下げてお願いにやってきた。中国は、北朝鮮を儀礼的にもてなしたが、2国間は同等の関係ではなく、大国中国に頭を下げる小国北朝鮮という関係を演出した。
さらに、中国中央電視台(中国中央テレビ)は、ソファの背もたれに寄りかかって話す習近平と真剣にメモを取る金正恩との映像を映した。大国中国主席の話を、小国北朝鮮委員長が真面目に聞いて、メモを取り、言うことを聞いているという構図になっている。北朝鮮国内では、金正恩が軍や地方を視察して、指示や感想を述べていると、北朝鮮の要人が真剣にメモを取っているが、その構図と同じだ。
写真 真剣にメモを取る金正恩氏
出典:中国中央電視台
映像では、中国はなぜ、北朝鮮を小国で属国のような扱いをしたのだろうか。
北朝鮮は金正恩体制になってから、中国習近平の顔に何度も、何度も、泥を塗り、中国の面子を潰してきた。
例を挙げると、中国が主催する国際会議の開催日に、北朝鮮は弾道ミサイルを発射して、「中国の言うことを聞かない北朝鮮」と「国際会議よりも北朝鮮のミサイル」に、世界の注目が集まり、中国の国際的存在感を下げた。また、北朝鮮は、中国が匿っていた金正男を化学兵器で殺害し、中国との関係が深かった張成沢を惨殺して、中国とのパイプを断ち切った。また、北朝鮮はマスメディアを使って、中国を「米国が大げさに言いふらす威嚇・恐喝と戦争の轟音に心臓が縮まったのか」「朝中関係を破壊するような妄動を続けるな」「北朝鮮の核・ミサイル開発に関して、中国がアメリカと歩調を合わせることは許しがたい」と強く非難した。
中国は、北朝鮮の行動や言動に、面子を潰され不愉快な思いをしたはずだ。それでも、今後の米朝会談の行方によっては、金正恩自身が米軍のミサイルに狙われたり、北朝鮮が米軍から攻撃を受けたりする可能性があるので、守ってほしいと、金正恩は頭を下げて中国にやってきたのだ。それならば、小国北朝鮮の後ろ盾になり、守ってやる、属国の北朝鮮が米国にやられるのを黙っては見ていない、ということで、中朝首脳会談を受け入れたと考えられる。今後は、「中国の言うことを聞け、面子を潰すことがあってはならない、もし、「それを守らなかったら金正恩体制を潰して、中国の傀儡政権を作るぞ」というシグナルを送ったはずだ。習近平としては、本音では不愉快な気持ちがあって、多くの写真に反映されたのだろう。
中国は、北朝鮮に頭を下げさせ、歩兵の駒として上手く使って、そして、米軍が韓国から撤退することになれば、中国の国益と一致する。したがって、中朝会談を短期間のうちに受け入れたのだろう。
北朝鮮は米朝会談の前に、中朝首脳会談や韓国特使の受け入れなど、策を尽くしている。しかしながら、金正恩は、2016年朝鮮労働党大会で、「経済建設と核戦力建設を並進させるという党の戦略的路線を引き続き貫徹しなければならない」と述べた。2018年の新年の辞では、「国家核武力完成の歴史的大業を成就した」「わが国の核武力は、米国に対して抑止力になり、わが国に戦争を仕掛けることはできない」と、核を開発し、保有する信念を、北朝鮮全人民に示した。「労働新聞」論説でも、「いかなる制裁、挑発や脅迫も、われわれの核保有国としての地位を崩すことはできない。(北朝鮮の)核放棄を望むのは、海の水が乾くのを待つよりも愚かな振る舞いだ」と、核兵器を絶対に廃棄しないことを主張している。
北朝鮮は、絶対に核を放棄しないと言っているにもかかわらず、韓国や中国から「金正恩が朝鮮半島の非核化のために尽力すると述べている」と流れてくる。まったく不可思議なことだ。
情報に接する時、表面的なもので判断すると騙されたり誤る場合がある。写真情報や言葉の情報は、ある意図を含ませて流されることを、肝に銘じておくべきだ。孫子の兵法に、「兵とは詭道なり」(戦争行為の本質は、敵を欺くことにある)という言葉がある。日本は、近隣の大国や小国の謀略に欺かれてはいけない。