「板門店宣言」には韓国の危機が隠されている

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政策提言委員・軍事/情報戦略研究所長 西村金一

 板門店宣言は、①南北自主統一を早める ②今年中に終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換する ③朝鮮半島の非核化に向け努力する ―と決まったことは主に3つだ。これらは、予想どおりだった。南北の平和的統一で、朝鮮半島に平和が訪れるという印象だ。
 韓国の若い女性がインタビュー取材を受けて、「統一後は、どうなるのか見えない」と言った。私も同感で、統一の姿が全く見えていない。だが、南北首脳の二人も、韓国国民も、米国大統領かも、それぞれが自分の都合がいいようにイメージしていて、実は韓国国民にとっては大変不幸なことが起こるのではないかと心配している。
 その心配は、北朝鮮の国家目標が記述されている憲法を見れば想像できる。
1998年以前の憲法には、「金日成主席と金正日総書記の思想と指導を具現したチュチェ(主体)の社会主義の道を進む、チュチェの革命偉業を最後まで完成に向かい進む」。2016年憲法9条には、「社会主義の完全な勝利を達成し、自主、平和統一、民族大団結の原則にもとづいて祖国の統一を実現するために闘う」とある。つまり国家目標は金一族による支配体制からなる北朝鮮が朝鮮半島全体を統一することであると読み取れる。

 さらに、北朝鮮の国家目標を踏まえて、軍事面の合意事項を一つ一つ見ると、今回の板門店合意は、一見平和的に見えるが、韓国が近い将来、北朝鮮に軍事侵攻を受けて、北朝鮮主導による統一がなされそうな内容が、密かに加えられている。それぞれについて、韓国の立場を交えて解説する。

・陸上・海上・空中で、一切の敵対行為を全面中止する
  米韓軍事演習を止め、米軍の爆撃機やステルス戦闘機が飛行して韓国に着陸すること、米海軍空母や潜水艦が韓国の港に立ち寄ることも禁止になるだろう。
  つまり、韓国における米軍の戦力を低下させることになる。
・非武装地帯(DMZ)を実質的な平和地帯にする
  非武装地帯の周辺の鉄条網、地雷を取り除くことになり、韓国軍は、北朝鮮地上軍が非武装地帯を超えて南侵することを、阻止できなくなる。
・黄海の北方限界線(NLL)一帯を平和水域にする
  北朝鮮の漁船とそれを守る軍艦が、海の境界線を自由に通過できることになる。北朝鮮海軍を阻止する境界線が無くなる。
・段階的に軍縮を行う
  休戦協定から平和協定に転換することで、韓国に米軍や国連軍が存在する根拠がなくなってしまう。段階的な軍縮とは、在韓米軍の撤退、米韓軍事同盟の破棄、米軍の核の傘の撤去が含まれる。その後は、韓国軍の削減の話に及んでくる。
  北朝鮮と韓国軍の軍事バランスが崩れ、韓国に軍事的空白が生じ、北朝鮮軍は、韓国に攻め入って占領できることになる。

 板門店宣言の軍事部門の合意事項を見ると、北朝鮮が韓国に攻め、それに抵抗できない態勢になるようだ。韓国が北朝鮮に占領されるのは、時間の問題かもしれない。
これまで、非核化がどのような段階で進められるのかと関心を持っていたが、今回の板門店宣言の軍事面の合意で、韓国が飲み込まれそうな様相になってきた。今後、南北間で、首脳会談、南北実務者会談、南北交通路の開放、そして韓国各地で文化交流が行われるであろう。韓国国民は、徐々に北朝鮮の脅威を忘れ、平和の訪れに酔いしれることになろう。だが、私には、韓国が危機に陥るとしか見えない。

 4月27日は歴史的な日になった。それは、朝鮮半島の平和に向かうことではなくて、韓国が呑み込まれてしまう大きな一歩になった。文在寅大統領は、南北の平和に貢献したのではなく、韓国が北朝鮮に占領される道筋を作った人として残るだろう。

 では、このことは、日本にとってはどうか。中国・北朝鮮・ロシアへの抵抗線は、現在38度線だが、朝鮮半島が全て北朝鮮になると、日本が防衛の第1戦になる。そうすると、日本の防衛戦略、自衛隊の戦力を大幅に見直さなければならなくなる。当然、今の憲法9条では、周辺諸国の脅威に対応できなくなるだろう。