日 時:平成30年3月2日
場 所:東京:石破茂事務所
報告者:石破 茂 氏(元防衛庁長官/元防衛大臣)
聴取者:佐藤庫八、髙井晉、山本慎一、本多倫彬、田中有佳子
<調査報告の要点>
〇 国際平和協力活動の記憶について
- ・UNTAC派遣では、警察ならよいという暗黙の前提があった。しかし、「文民警察官」と言った時に、海外での警察権の行使とは何か、どういうものなのか、違和感があった。また、当時は当選2回だったが、高田警視事件の際の政府与党の狼狽ぶりは、強く記憶に残っている。
- ・UNTAC派遣後に、退官したある幹部から「当時、選挙監視員を防護するための武器使用規定はなかった。そのため、要員を防護するための態勢つくりを検討した。」という話を聞いたことがある。危害射撃は正当防衛・緊急避難のみという状況で、それが国家の代表として派遣している自衛官に対して正しいのか、国家がやることなのかと思ったことを覚えている。
- ・ゴラン高原では、与えられた権限や財源のなかでよく活躍してくれた。
- ・防衛庁長官時代、UNMISET派遣中、シャナナ・グスマン東ティモール大統領が防衛庁を訪れた。国家元首の防衛庁訪問は恐らく史上初、受け入れのノウハウもなかったので苦労した。
- そのときにグスマン大統領から「長年、逃亡・潜伏生活をして軍隊を見てきたが、自衛隊のように規律正しく、かつ上から目線にならない軍隊は初めて見た」との話があった。また、PKO部隊を撤収しないで欲しいと強く要望された。
- ・イラク派遣に際しては、番匠幸一郎1佐に、「あなたが、派遣準備態勢が整ったと自信をもって報告するまで派遣しない。」と伝えた。
〇 国際平和協力のあり方について
- ・イラク派遣の際に、「自衛隊帰らないでデモ」が発生した。小泉総理が当時、「日本の素晴らしさを世界に広める」と話されていたが、こういうことかと得心した。
- ・イラクでは現場の自衛官が与えられた装備と権限で精一杯やったが、これから先は本当にそれにとどまっていてよいのか?そのことを考えなければならない。
- ・例えば、「非戦闘地域」の場合。非戦闘地域であるから捕虜になることはできない(権利がない)。自衛隊員がそのことを理解した上で、派遣が実現している。それでよいのか?
- ・イラク派遣の際は、小泉総理の旭川での派遣要員に対するスピーチ草案では「諸君は自ら望んでイラクに赴く」となっていた。この件で小泉総理に事前に相談されたので、当該箇所を「国家の命により」に変更してもらった。「イラクの人々が待ち望んでいる。国連決議もある。停戦後でもある。しかし、なお、危険が存在する。だからそこに応え得る日本の唯一の組織である自衛隊を派遣する」、こういうロジックである。
- ・日本という国が「国家として何をなすべきか」、国連の重要な構成国である日本としてできることは何なのかということを考えた時、世界第8位の軍事力、3位の経済力を持つ日本が、PKOのような任務に参加することは当然のことではないか。
- ・イラク派遣に対する検証、批判についてはあってよい。しかし、イラク派遣は「人道復興支援」であり、イラク戦争への参加ではない。従って、結果として大量破壊兵器がなかったことや戦争が間違っていたことと、自衛隊の派遣は別個のものであり、イラク戦争が誤っていたから自衛隊の人道復興支援も間違っていた、ということにはならない。
- ・イラクの場合には、万一の際の遺族への対応をどのようにするかを考えた。言い方は難しいが、情報隠しではなく、どのようにして遺族の方の平穏を守ればよいかを真剣に考えた。
- ・イラク派遣前のオランダの国防大臣との会談では、同大臣から様々な問題に対する丁寧なアドバイスを頂いた。特に強調されたのが、ヘリコプターを持ち込むことの必要性だったが、陸幕からの反対により実現しなかった。
〇 法整備のあり方と平和安全法制について
- ・自衛隊の海外派遣は恒久法であるべきだというのは一貫したスタンスだった。実際、私自身が特措法で死ぬ思いをした。他方、できた新法(国際平和支援法)はかなり抑制的である。もう少しチャレンジングしてもよかったのではないかと考えている。
- ・国際活動補給支援(テロ特措法)でも、補給量の取り違えがあった際には、補給艦船の航行データまで取り寄せて、膨大な労力をかけて転用されていないことを示さなければならなかった。
- ・安保法制懇の示した答申に全面的に賛成している。しかし安倍総理は現実的判断をした。恐らく公明党対応などで妥協したのだろう。それは理解できるが、しかし現行憲法の範囲内での集団的自衛権はここまでという線引きは、絶対に反対だった。そこだけは譲れないラインだった。
- ・ 憲法9条は侵略としての武力の行使を禁じているのであって、集団安全保障やPKOは憲法上は問題ない。集団的自衛権は自国との密接性を基準とし、同盟関係に限定されない。
- ・「我が国と密接に関係する国」とは、同盟国+α。αの部分は、見なし同盟国ということである。見なしは、あくまでも見なしであって等価値ではない。
- ・安全保障の論議は、法的な話だけでなく、現実的な日本のあり方を考えなければならない。例えば「(自衛官の)リスクを高める」という議論があったが、個人的には自衛隊を理解していない話だと思った。一般人には難しいことでも、それを超えられるものが自衛隊にはある。
- ・また、危険回避については、長官室で「ここまでやるか」というくらい徹底的に議論した。もとより完璧とは言わないが、考えられる限りの全ての議論を尽くしたと思う。例えば殉職者の発生に備えることとして、国葬と国民葬の相違、葬儀のための会場として武道館の空いている日程の事前調査の指示などを行った。マスコミ対応としては、遺族のメンタルケアや静謐な環境の維持に努める必要性についてなどであった。
- ・自衛官の安全確保は憲法の議論とは別のカテゴリーで議論すべきである。安全確保の方策は別途検討することが必要である。
- ・自衛隊の危険回避と、自衛隊による国益確保。自衛隊が直面するこの2つを、パラレルで議論することが必要だろう。
- ・イラク派遣の際に、同地域に展開するオランダ軍、イギリス軍に駆け付け警護ができるのか?法律に書けば行くことはできた。それは救援の問題であって、集団的自衛権とは関係のないものだった。単に、特措法に任務として書くかどうかの話であった。
〇 国際平和協力の今後について
- ・能力構築支援は良いものだが、他の支援国がどう見るか、教えるだけでなく自ら行うことの大切さという2点を考えなければならない。現行憲法の解釈の範囲内で、本当にこれだけしかできないのか?他国と一緒になってオペレーションをする際、抑制された権限のまま派遣するのは、他国との関係で良いとは言えない。
- ・一般に「弱い味方は敵より怖い」と言われる。こういう点を考えても、任務を遂行する高い能力を持つ自衛隊が、(国際平和協力に)行ける形であることが必要である。それは憲法改正の議論と繋がってくる。「国際紛争解決の手段としては~」という文言は、21世紀に全く合っていない。そもそも国際紛争解決の手段としての軍事力の行使は、現代は認められていない。侵略の手段としての武力の行使または武力による威嚇はすべきではない、という書きぶりにする必要がある。従って、国及び国に準じる者の議論は無意味である。
- ・憲法と能力(装備・権限)の範囲内でやれるのであれば、あとはどうするかは、時々の政治判断ということになる。
- ・交戦権を否定する専守防衛、すなわち専守防衛側が交戦権を制限するというのは、どれほどリスクが高いか、被害が大きくなるのか、沖縄戦や東京大空襲を経験しているのに理解されていない。現実離れした空想的な話がまかり通ってしまっている。
- ・最近は左翼だけでなく、右翼も空想的な話が多い。そのことが気にかかる。
- ・議員の世代交代が進んでいる。イラク派遣時の経験を持つ議員はほとんどいなくなった。
- ・今の国会でのPKOの議論は、国際紛争の議論ばかりで平和支援や人道支援の議論は乏しい。経験のない議員が多いこともあり、次の大綱の見直し時にはこうした点に焦点を当てたい。
- ・今後の国際平和協力を考える上での問題点として、制約された権限が挙げられる。捕虜になれない状態は立法府で議論すべき事柄である。さらに自衛官は国家の命として派遣すべきである。