澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -315-
“左翼”学生の登場は習政権瓦解の兆しか?

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 最近、中国では実に不可解な事件―労働争議―が起きている。
 労働争議自体は、全国各地で頻発しているので、決して珍しい事ではない。
 『中国労工通訊』のデータでは、今年(2018年)8月までの過去1年間、全中国で発生した労働者のストライキや抗議活動は1860回を超えるという。また、同データでは、2015年から2017年まで、労働者の集団抗議行動が6694回起きているという。その中では、5177回が賃金未払いのため、そして、303回が賃上げのためだった。両方の合計で80%を超える。
 だが、この度、紹介する事件では、なぜか“左翼”(日本語と逆で“右翼”。保守的な愛国主義者)の大学生が労働者を支援している。
 今年5月、深圳の佳士科技公司の中で、労働者の権利を守るべく労働組合を結成しようという動きが起きた。
 労働者側としては、賃上げ、賃金未払い、労働時間の短縮、労働者の福利厚生等を会社側と交渉するには、労働組合が存在した方が有利である。他方、会社側は労働組合が存在しない方が何かと都合が良い。
 中国共産党は、仮にも社会主義を掲げる以上、会社内の労働組合結成を認めるのが筋だろう。ところが、本来、中立であるはずの公安は、必ず会社サイドに立つ。地方政府と会社の幹部らは、共に共産党員で、裏ではつながっているに違いない。また、公安(ないしは会社)は、裏社会の人間を使って、労働者のリーダーを襲わせている。
 先月(7月)27日、深圳の佳士科技公司では、労働組合創設や権利保護を主張する労働者・学生達29人が公安に逮捕された(そのうち14人が釈放されている)。
 公安は、労働組合を立ち上げようとした会社のリーダー格の人間を殴打・逮捕している。労働者の当然の権利を阻止したのである。そして、労働者の中心的人物、沈夢雨(女性。中山大学修士修了)は未だ失踪したままである。
 更に、今月(8月)24日、今度は、労働者・学生達50人以上が、公安によって一斉に逮捕された。“左翼”青年の顧佳悦や楊少強は、北京へ送り返され、北京市房山区西潞派出所に拘束されているという。
 さて、ここで一つの疑問が浮かぶ。
 周知の如く、1989年、中国の民主化運動が「6・4天安門事件」で挫折した。運動の中心は、学生や市民だった。当時、学生だった柴玲(北京大学卒。北京師範大学修士)やウーアルカイシ(北京師範大学生)が運動の先頭に立っている。
 その後、現在に至るまでの約30年近く、中国で学生が先頭に立った運動があったか。今度、北京大学の卒業生である岳昕らが立ち上がった事を、決して軽視すべきではないだろう。
 興味深いのは、今回、マルクス・レーニン主義・毛沢東思想に心酔する“左翼”の学生が、労働者の味方になっている点である。
 本来ならば、“左派”の習近平政権と彼ら学生とは同じ思想を持つはずではないか。ところが、北京政府は労働者を弾圧し、一方、学生らは労働者の権利保護を謳う。両者の考え方は180度異なる。
 実は、“左翼”青年のウェブサイト「時代先鋒」は一旦当局によって閉鎖された。だが、すぐさま復活している。
 北京や南京でも大学生が深圳の佳士科技公司の労働者を支援する動きが出て来た。そのサイトを見ると、北京語言大学、北京科技大学、南京大学、南京中医薬大学等で佳士科技公司への「声援団」が組織されている。
 現時点で、彼ら“左翼”学生は、労働者を支援するため、経済的要求を行っている。だが、将来、政治的要求へステップアップする可能性も十分考えられよう。習近平政権にとっては、脅威になるかもしれない。
 同時に、やはり毛沢東主義者らの老幹部らも、わざわざ各地から深圳の佳士科技公司までやって来て、労働者にエールを送っている。
 本来ならば、習近平政権の1番のコア層である“左翼”大学生と引退した幹部らが、北京に対し“異議申し立て”を行っているのである。この事実は、強調してもし過ぎる事はないだろう。
 “左翼”学生や老幹部の行動が“自発的”にせよ、“外発的”(例えば、「上海閥」や「共青団」、或いは米CIAが彼らを扇動?)にせよ、ひょっとして、中国共産党の権力基盤が一部瓦解してきた証左ではあるまいか。