澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -322-
中国当局に拘束されたインターポール総裁

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2018年)9月下旬、孟宏偉・国際刑事警察機構(INTERPOL=本部は、フランス南東部のリヨン)総裁が一時中国へ帰国中、失踪した。
 2016年11月、孟宏偉(中国公安部副部長)はインターポール総裁に就任し、任期は2020年までとなっていた。だが、10月7日、孟宏偉は既にインターポール総裁を辞職しているという。
 孟宏偉の妻、格蕾絲がフランス警察当局に夫の失踪を届け、それを受けて仏当局が捜査を開始した。
 周知のように、中国では、范冰冰のような有名人や孟宏偉のような政府高官が失踪するのは決して珍しい事ではない。
 一旦失踪すると、大抵の場合、当局に調べられている。そして、中国共産党員ならば、必ず党籍を剥奪される。
 その後、容疑者は裁判にかけられる。ただ、裁判とは名ばかりで、実際は裁判官・検事・弁護士・被疑者等がシナリオ通りに演じる“ショー”に過ぎない。
 2013年、我々のイメージする“本当の裁判”を行おうとして抵抗した薄熙来(元、重慶市トップ)は、当初15年程度の実刑判決が出るのではないかと見られていたが、無期懲役へと罪が重くなっている。
 范冰冰の場合、パトロンと目される王岐山(国家副主席)が陰で動いたのか、拘留を免れた。
 実は、2009年、税法が変わり、初犯かつ脱税金・追徴課税・滞納金等を期日までに支払えば、刑事訴追されないことになった。
 しかし、2011年、有名芸術家の艾未未(北京オリンピックではメインスタジアム「鳥の巣」の設計を手掛ける)の場合、脱税容疑で81日も逮捕・拘束された。その後、艾は国際的圧力で漸く釈放されている。
 艾未未の追徴課税は約1億8000万円だった。ところが、范冰冰の追徴課税は約146億円である。いかに、范冰冰への対処は“寛大”だったか知れる。
 さて、今回、なぜ孟宏偉が中国当局に拘束され、調べられているのか。
 その理由は、孟宏偉が、かつて江沢民系「上海閥」の大番頭、周永康(元政治局常務委員、元中央政法委員会書記。現在、無期懲役で服役中)の部下だったからだろう。
 習近平政権は、特に腐敗のひどい「上海閥」を目の敵にしている。とは言っても、多かれ少なかれ、習主席自身も、習政権内部も、腐敗しているので、皆、五十歩百歩だと思われる。
 同様に、叩き上げのエリート集団「共青団」も似たようなモノである。かつて、2012年3月、令計劃の息子が「黒いフェラーリ事件」で亡くなった。その際、朱鎔基元総理が「『共青団』ですら、これほどまでに腐敗しているのか。」と嘆息したと言われる(令の息子が、数千万円もするフェラーリを乗り回していたからである)。
 習近平政権は、まず、孟宏偉をインターポール総裁に祭り上げ、孟が重要機密(例えば、大陸から海外逃亡した中国人犯罪者の居所情報を得るため)を中国へ流した後、孟を切り捨てたと考えられる。
 つまり孟宏偉は「上海閥」の周永康系ゆえに、習近平政権に拘束されたのである。仮に、孟が習派閥の一員ならば、拘束される事はなかっただろう。
 今回、不思議な事に、中央紀律検査委員会が、孟宏偉を、今年創設されたばかりの国家監察委員会(National Supervisory Commission)が調査していると“発表”したのである。
 以前は、昨年10月まで、王岐山がトップだった中央紀律検査委員会が、殆んどの事案について調査していた。
 ところが、同委員会のトップが、王岐山から趙楽際(政治局常務委員)へと交代した途端、今度は国家監察委員会が動き出したのである。
 国家副主席となった王岐山が、国家監察委員会を使って、今まで中央紀律検査委員会で行っていた調査を陰から操っている公算が大きい(同委員会の主任は楊暁渡だが、楊は中央紀律検査委員会の副常務書記で、王岐山の下で働いてきた人物である)。
 結局、今までの中央紀律検査委員会で行っていた権能を、全面的に国家監察委員会へ移譲したに過ぎないのではないか。
 思えば、鄧小平による「改革・開放」の中で、党と政府の分離が1つの重要テーマだった。ところが、習近平主席は、なぜか「党政分離」ではなく「党政一致」に拘っている。
 従って、「党政一致」という事ならば、中央紀律検査委員会と国家監察委員会の機能が不明瞭で、はっきりしないのも頷ける。
 中国は法治国家を自認しているが、「前近代的」な政治システムの中では、全てが法やルールで決まるのではなく、曖昧模糊とした“政治”で決まる。これも、習近平政権下で起きている「歴史の歯車を逆転させる」現象の1つではないか。